18 穢れってなんですの?
「やだ、何これ?」
クリストファー様にべったりとくっついていたキャロラインが突然ソファーから立ち上がった。
なぜなら、ぼんやりしているクリストファー様から、黒い靄が立ち昇っていたからだ。
「これって穢れじゃないのか?」
「そのようですわね」
「なんでクリストファー様から穢れが発生しているのよ。ああ、そうか!」
「あ、待て!」
キャロラインはブラッド様が止めるよりも早く浄化魔法を使って穢れを消滅させてしまった。
「ああ、なんてことを!」
ブラッド様の叫び声と同時にクリストファー様は意識を手放し、ごろんとソファーから転げ落ちた。
どうやら、ゾンビ化が解除されてしまったらしい。
またしても、わたくしの足元で転がっているクリストファー様。霊魂もどこかに行ってしまったし、こうなってしまったらすべて最初からやり直すしかない。
「クリス様? クリス様、どうしちゃったの?」
「だから、今の殿下にとって浄化魔法は危険だって言ったんだ」
「そんな、私は穢れを祓ってあげようと思っただけなのに……」
クリストファー様の傍らに座り込んで、その顔を上から覗き込みながら悲しむキャロライン。彼女はクリストファー様が王太子だから誑かしたんだと思っていたけど、その姿からは愛情が見てとれる。ちゃんとクリストファー様を慕っているようだ。
「クリストファー様はブラッド様に任せておけば大丈夫ですわよ。キャロラインさんは邪魔にならないようにこちらへいらっしゃいな」
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、何とかする。オリビア・ローリット、殿下を広い場所へ運びたいから手伝ってくれ」
「ええ、わかりましたわ」
わたくしは魔力の糸を可視化できるように光魔法を組み込んだ状態で発生させてから、クリストファー様をブラッド様と一緒に、彼がお気に入りの庭園が見える窓辺まで引きずっていった。
それにしても残念だ。
まさか穢れが発生してしまうとは。
クリストファー様には、わたくしの『水』が使えるかもしれないと思ったのに。
長丁場になりそうなので、わたくしは部屋の外に待機していた侍女にむかってお茶の用意を頼んだ。
わたくしのもとで、倒れているクリストファー様と、介抱しているように見えるブラッド様について、それをわざわざ指摘してくるような者は公爵家にはいない。
うちの使用人たちはちゃんと空気が読めるから、二人のことは気にせず応接室でアフタヌーンティーのセッティングを進めていく。
「わたくしたちはゆっくりとお茶でもいただきましょう」
「……」
声を掛けてもキャロラインはブラッド様たちの方を見つめていて、お茶にもお菓子にも手を付けようとしなかった。
「キャロラインさんは本当にクリストファー様のことがお好きなようですわね」
「オリビアは心配じゃないの」
「心配はしておりますけど、ブラッド様がどうにかして下さると思っていますもの」
「そう……」
「ねえ、キャロラインさん。貴女は穢れって何だと思われます?」
「そんなの、時空の歪みから生まれるゴミに決まってるじゃない」
「ゴミ? あれは魔力が変化して発生しているのではないのですか」
「クリストファー様の身体に日本人が憑依したから、たぶん一緒についてきたのよ」
キャロラインが、わたくしには理解できないこと口にする。その日本人のことといい、キャロラインは何かを知っている?
それと、キャロラインが言うように、魔力と穢れが別物なら、わたくしの『水』には問題がないはずだ。
だったら使用方法や応用方法についてブラッド様に相談したい。
もしかしたらキャロラインからもいい情報が得られるかもしれないから、クリストファー様のゾンビ化が済んだら、三人で話し合おうと思う。




