16 わたくしでも傷つきますのよ
魔力切れのキャロラインは、ある程度身体に魔力が戻るまでは起き上がることができない。
わたくしたちにとって、魔力は動くために必要な燃料みたいなものなので枯渇すると動けなくなる。
体力と同じで、普通なら倒れるまでにはそれ相応の疲れが出るので、使い果たしてしまうことはあまりないのだけれど、わたくしと張り合うためにキャロラインは無理をしたらしい。
「あら? だとしたら、魔力が有り余っているわたくしは、実は食事をとらなくても生きていられるのではないかしら?」
「オリビア・ローリット、頼むからおかしなことを口走るのはやめてくれ」
「はん、それができたら、オリビアは本当に化け物だな」
クリストファー様の口から出た『化け物』という言葉は、もう何度目になるかわからない。
本人は『常人とは違う』という意味で使っているのだろうけど、こんなわたくしでも傷つくことはある。
「まあ、ほら、俺はオリビア・ローリットとの付き合いはまだ短いが、それでもいろいろ驚くことばかりだった。オリビア・ローリットほどの才能の持ち主だと、『すごい』とか『素晴らしい』じゃ誉め言葉として足りないくらいだからな」
ブラッド様はわたくしを慰めるために『化け物』が最上級の誉め言葉だと言った。確かにそう思っていた方が気分的には楽だろう。
しかし、わたくしはやられたらやり返す主義だ。
「でしたら、クリストファー様もすでに化け物ですわよ。だって、本当に食べ物が必要のない、逆に、物を口に入れたら駄目な身体になっているのですもの」
「はあ!?」
『お腹に食べ物がたまっていくだけだから食事はするな』それを、どう言ったらクリストファー様が納得するのか悩んでいたけど、このまま話の流れで化け物仲間に引き込んでしまおうと思う。
「クリストファー様はちょっと体質が変わってしまったみたいですの。身体を何者かに乗っ取られて、化け物になってしまったなんて誰かに知られたら大変ですわよね。ばれないうちに早く元のお身体にもどしませんと」
「いや、そんなはずはない!」
クリストファー様は、テーブルの上にあったわたくしのティーカップをおもむろにつかみ上げて、その中身を飲みほした。
「なんで、紅茶じゃなくてただの水が入ってるんだよ」
「ああ、それはオリビア・ローリットが出した水……」
ブラッド様がクリストファー様に同情的な視線を向けていた。
汚いものなど何も入っていませんわよ。失礼ですわね。
水なら吐き出しても問題ないだろうけど、それが固形物だったら……。
「信じてくださらないなら仕方ありませんわ。忠告を無視して、あとでつらい思いをするのはご自分ですわよ」
わたくしの発言にクリストファー様はとても嫌な顔をしたけど、わたくしがまだ、食べた物をどうにかすることができないのだから、身体に入れた物は吐き出すしかない。
クリストファー様の態度で、やる気も失せてしまったし。
その後、ここ数日のクリストファー様の行動を大まかに伝えた。穢れの研究をするとご自分の口から宰相に告げたことも含めて。
「なんでそんなことしなきゃいけないんだ」と言われたけど、聖女の肩書きを持っているキャロラインがそばにいるのだから、一緒に頑張ってみたら?
そう言っても、こちらが勝手に押し付けた話だし、嫌だと言うのなら、いつも通り「やっぱりやめた」と言えばいいだけだ。
そんな、とても婚約者同士とは思えないような顔つきと口調で話をしているわたくしたちのやり取りを、ブラッド様は口を出さずに静かに見守っていた。
「う、うーん」
「キャロライン、目が覚めたのか?」
ソファーで、クリストファー様に膝枕をされながら寝かされていたキャロラインの意識が戻ったのは倒れてから二時間後のことだった。




