15 お戻りになりましたけど……
「キャロライン!?」
「クリス様なの!?」
喜びのあまりキャロラインはクリストファー様に抱き着いた。キャロラインの名前を呼んだということは、本当にクリストファー様が身体に戻りましたの?
ところが……。
「ちょっ、クリス様、重いぃぃーーーぐえっ」
「あらあら」
クリストファー様が自分の身体に入ったのはほんの一瞬。
すぐに意識がなくなり、キャロラインの方へ倒れこんだ。それを受け止めきれなかったキャロラインとともに床に転がる。
「キャロラインさんでは、身体に霊魂をつなぎ留めることができないようだな」
「ブラッド様、助けてえ」
クリストファー様の下敷きになっているキャロラインが苦しそうなので、わたくしはブラッド様が手を出すよりも早く、クリストファー様に起き上がるように命令した。
「ダイジョウブデスノ?」
先ほどキャロラインが、クリストファー様の中には女の子が入っていると言っていたので、言葉使いはもう女言葉で構わないだろう。
「なんでー? また女の子じゃないのよ」
「それは、キャロラインさんが失敗したからではなくて」
「やっぱり付け焼刃では、うまくいくわけがないんだ。それでも一瞬は殿下だったんだよな?」
「そうよ。あれはクリス様だったわ。私にはわかるもの」
キャロラインは確信しているようだ。
「ということは、クリストファー様が、キャロラインさんには応えるということが証明されたのですわね。次は身体に定着してもらうことを考えませんこと」
「キャロラインさんは霊魂を身体にずっと押し込めていられそうか?」
「ずっと魔力で捕まえていろっていうならそれはちょっと……」
「難しいよな。常に魔力を放出しているとなると、そうとうな負担がかかるだろうし」
あら、わたくしはクリストファー様が倒れてから、ずっとそれをやり続けていますのよ? ライバルならそれくらいやってもらわないと。
「わたくしには簡単なことですのに」
「オリビア・ローリット、張り合わせるようなことは言わないでくれ」
「いいの、ブラッド様。私のことを気にかけてくれるのは嬉しいけど、オリビアができるんなら私にもできるはずなんだから」
その自信はどこからくるのだろう。
「クリス様、戻ってきて」
棒立ちしているクリストファー様と両手をつないで、再びクリストファー様の霊魂を呼ぶキャロライン。抱き着かないのは、また倒れてきた時に下敷きになりたくないからだろう。
とりあえず、キャロラインの好きなようにやらせてみることにした。わたくしとブラッド様はそれを黙って見ている。
「キャロライン? 私はいったいどうなっているんだ」
また、戻ってきた?
クリストファー様を呼び出すことだけは問題なくできるようだ。
「クリス様は異世界人に身体を乗っ取られてしまったのよ。こういうことは、たぶんよくあることなの。だから心配しな――――」
「キャロライン!?」
クリストファー様が戻ったのはいいけど、今度はキャロラインの方が魔力切れでクリストファー様の胸に倒れこんだ。だけど、さっきとは違ってクリストファー様が受け止めたので二人で床に転がることはなかった。
「どうしたんだ、キャロライン!?」
「ほんの少し前に魔力の使い方を伝授したばかりなのですもの。キャロラインさんはまだ扱い方がうまくできなくて、とても効率が悪いから力尽きてしまったのですわ」
「いや、そんなことできるのはオリビア・ローリットしかいないから。誰でもできるようになったら怖いわ」
「そうかしら?」
「それより、殿下? 貴方はクリストファー王太子殿下でしょうか?」
「ああそうだけど、誰だよおまえ?」
「ブラッド・ラムジーと申します」
訝し気な態度をとるクリストファー様に、ブラッド様が挨拶をした。ちゃんと会話もできてるのだから、これは成功で間違いない?
「お身体のお加減はいかがですの? クリストファー様は今まで意識がなかったのですけれど」
「意識が? そう言えばここはどこだ?」
「公爵家でしてよ。何も覚えていらっしゃらないのですか」
「うーん。確か、オリビアの部屋で話をしていたんだよな……」
どうやら、クリストファー様は霊体の時の記憶がないらしい。わたくしがクリストファー様の身体を使ってやっていたことを覚えていないのなら有り難い。
「キャロラインさんが言うには、クリストファー様は異世界人に憑依されたせいで、身体を乗っ取られてしまったそうなのです。それで、身体から霊体離脱しやすくなっているのですわ」
キャロラインが言ったことにしておけば、クリストファー様も話に疑いを持たず、耳を貸しくれるのではないだろうか。
異世界人の話は本当に言っていたことだし。
「憑依? 霊体離脱?」
「ええ、ですから、これから対策を練らないといけないのですわ。婚約破棄の話よりも先にそちらをきちんとしませんと、クリストファー様はまた身体と霊魂が離れてしまいますのよ。クリストファー様を元に戻すために頑張ってくださったキャロラインさんのためにもお願いしますわ」
クリストファー様は自分の腕の中で意識を手放しているキャロラインを見つめる。
「話だけはきいてやる。でもそれはキャロラインが目覚めてからだ。私はおまえを信じてはいないからな」
クリストファー様は普通に見えるけど、今はただ単に、ゾンビにクリストファー様を押し込めているだけだから、実際に生き返ったわけではない。
私が魔力で、クリストファー様が離れてしまわないように雁字搦めにしていて、魔力を送っているから、パッと見は生きている人間のようだけど、それをやめてしまったら、クリストファー様はまたどこかに行ってしまうだろうし、身体は死体に戻ってしまう。
まだまだ、わたくしはクリストファー様の面倒をみなければいけない。
わたくしのようにキャロラインが魔力を操れるようになれば、こんな面倒なことは任せられるのだけど。




