10 浄化魔法、わたくしたちにとっては厄介ですわ
「それで、どういうことかしら?」
ブラッド様とは出会ったばかりで付き合いが短いから、性癖まではわかっていない。だけど、きのうから一緒にいた印象だと、むやみやたら女性に抱き着くような、節操のない方には思えないのだけど。
本当にキャロラインのことを好きになってしまった。なんてこともないだろうし。
「キャロラインはやばい。殿下に近づかれるのは、とてもまずいんだ」
ああ、確かに。
「そうですわね。証拠もないのに、クリストファー様がおかしくなったのは、わたくしのせいだと言っていましたもの。大騒ぎされて目立つのは困りますわね。ゾンビ化したのはブラッド様ですから、わたくしに文句を言うなんて、言いがかりもいいところですわ」
「それは言いがかりじゃないだろうが、殿下におかしな行動をとらせているのはオリビア・ローリットじゃないか!」
「わたくし? 自分では一生懸命やっていると思っていますわ。ブラッド様はネクロマンサーだというのに、人ひとりを操る大変さをわかってくださらないのね」
「いや、オリビア・ローリットが頑張っているのはわかってるさ。だけど、絶対に君は真面目にとりくんでないよな?」
「そんなことは……ありませんわよ? その証拠にクリストファー様の言葉がきのうよりは滑らかになりましたでしょ?」
「ああ、それはまあな……って違ーう。オリビア・ローリットのせいで話がそれただろうが。俺が言いたいのはキャロラインがうるさいとか、そんなことじゃない。危険視しているのは彼女の浄化魔法のことだ」
「浄化魔法?」
「あれは黒魔法と相性が悪すぎるんだ。殿下のゾンビ化だが、キャロラインに浄化されたら、術が解けてしまうぞ」
「解けたらどうなるんですの?」
「死体がひとつ出来上がるな」
「まあ、それは大変」
たぶん、クリストファー様は糸が切れたように、その場でばたんと倒れてしまうのだろう。わたくしは昨日、それを体験したばかりだ。
「大げさに言ってるわりに、オリビア・ローリットはあまり驚いていないが、もしや気がついていたのか。それにしたって、誰かに殿下が死んでることを感づかれたら困るし、黒魔法をもう一度施すのだって簡単じゃないんだぞ。きのうはたまたま上手くいっただけたからな」
「浄化魔法のことは知りませんでしたが、そうなのでしょうね」
浄化魔法で術が解けてしまえば、わたくしが魔力の補充をやめた状態と、同じことが起こるのだと思う。下手をすると、その浄化でわたくしの魔力も同時に消されてしまう可能性もある。
それに気がついた時に、ちょっとだけ考えついたことがあった。
例えばクリストファー様が、キャロラインとふたりっきりでいるときにタイミングを合わせて魔力を切り、クリストファー様を元に戻せば、責任の所在が、わたくしからキャロラインに移るのではないか。
そうしたら、わたくしは王太子殺しから逃げきることができる。
だけど、殺人を他人に擦り付けることは、さすがにわたくしでも、ほんの少しだけ心が痛む。
それに、わたくしのそんな非道的な考えを、わたくしに恐れをなさなず、クリストファー様のことに付き合ってくれているブラッド様には知られたくなかった。
「それでキャロラインが浄化魔法を使おうとしたところに、止めに入ったとおっしゃるの?」
「そうだ。あれは殿下との間に割り込んだだけで、俺はキャロラインに抱き着くつもりはこれぽっちもなかったんだ」
「そうでしたの。でも、あれで彼女は誤解してしまったようですわね。クリストファー様だけでも、押しかけてこられたり、付きまとわれて大変なのに……そうだわ、いいことを思いつきましたわ」
「なんだ? また変なことを考えているんじゃないだろうな」
「ブラッド様がキャロラインを誘惑してくだされば、彼女の目がそちらへ向きますわよね。そうなれば、わたくしはやりやすくなりますわ」
「俺がやりにくくなるわ」
ブラッド様から間髪入れずに拒否された。
「冗談ですわよ。わたくしも本気で言ったわけではありませんのよ」
「オリビア・ローリットのことだから、どうだかな」
疑いの眼差しを向けてブラッド様はそう言うけど、もし、ブラッド様がこの案に乗ったら、自分から提案しながらも本当に嫌だったと思う。
だって、これ以上キャロラインに何かを奪われることは、わたくしは我慢できそうにない。
ブラッド様が私のものかと問われたら、それは何とも言えないところだけれど……。
「とにかく、これからはキャロラインの浄化魔法には気をつける必要がある」
わたくしたちの知らないところで死体に戻されたら、クリストファー様を生き返らせることができなくなってしまう。
「ええ、対策を練らなくてはいけませんわね」




