全面戦争のその先
だんだんと字数が減って行く現象⋯⋯
次は長くなるはず。
レイヴン教官と僕は一言も言葉を交わさないまま門の前に帰ってきた。
門の前には既に30人ほどの生徒が溜まっていた。それぞれ腰につけた巾着が膨らんでいるのを見る限りキューティーパインの内臓を集め終わったものたちだろう。
そして、彼らは近づいてくるレイヴン教官の気配を感じ、少し緊張した面持ちになる。
「すまない。この実習で死者が出た。この森では今まで発見されていなかった強力な魔物が出てしまった。実習前に規格外の化け物が出ると言ったがその魔物を超える奴が出てしまった。奴がここにこないとも限らない。早く門の中に入るんだ」
「しかし、教官。雄也がまだ帰っていません」
生徒の1人が焦燥感を露わにしている。きっと彼の友人が帰ってきていないのだろうか?
「あぁ、それならみんな死んだ。ここにいる32名以外の14名は既にこの世にはいない。私が持っているスキルは周囲の生きている人間の場所を詳細に表示するスキルだが、それにもう反応がない。きっとジャイアントボアにやられたのだろう」
「!!⋯⋯先生。あなたはその間何をしていたんですか。そのスキルがあれば殺された生徒の座標から大まかな敵の位置を把握できたんじゃないですか?なんであなたが倒さなかったんですか!」
その生徒が激昂する。
「倒せないからだ!私だってただそれを見物していたかったわけじゃない!あいつは!大人数十人でやっと倒せる相手なんだ。私が行っても無駄死にするだけだ。それよりも、まだ生きてる奴を優先するのは戦場では当然のことだ。覚えておけ」
レイヴン教官も顔を赤くしながら反論する。
きっとこの人だって人が死ぬのを当然に思っているわけじゃない。さっきのあの表情を見ていればわかる。
「そんなの、無茶苦茶ですよ!」
「ああそうだ。そんな無茶苦茶な世界に我々は今生きている。お前もその無茶苦茶な世界に召喚されてしまった不幸の身だ。この狂った世界が嫌いなら自分の手で壊して見せろ。そのために今我々は何万人もの死者を出しながら戦っている」
「⋯⋯」
その生徒は友人が死んだショックからか、それとも単なる疲れからかその場で気絶してしまった。周囲にいた人がその人を支えている。
レイヴン教官の言葉には皆不満を抱いているように見える。そりゃそうだ。この人が言ってうことは要するに僕らに死ねと言っているのと変わらない。口触りの良い言葉で英気を駆り立てようとしているだけだ。結局僕らもその数万人の死者に入るしかないのだ。
だが、ここで何か騒ぎ立てても何も変わらないと考えているのは同じらしく口を噤んだままだ。
レイヴン教官の呼びかけで門が開くと僕らはゾロゾロと門の内側へ入った。その後、校舎の中へ戻るとレイヴン教官が声を上げた。
「今日はもう宿舎へ戻って休むと良い。疲れているだろう。キューティーパインの試験の件は1度保留とする。この後私は上へジャイアントボアの出現情報を報告してくる。私に何か用がある者は私の執務室の机の上にメモ書きを残しておいてくれ」
生徒たちはゾロゾロとそれぞれの場所へ散っていく。その顔色はどれも良くない。
だが、宿舎と言われても僕はその場所を知らない。
「レイヴン教官。僕の宿舎はどこでしょう?」
「ん?⋯⋯ああそうか。すまない。お前の部屋は第3召喚兵士宿舎の223号室だ。えーっと、そうそうこれだ。ほれ、これがその部屋の鍵だ。それと小遣いも少し渡しておこう。この金で夕飯は自分で取ってくれ。宿舎の場所は校舎入口にある例の掲示板に書いてある」
「どうもありがとうございます」
僕はレイヴン教官から鍵と硬貨を受け取るとその場を後にしようと踵を返す⋯⋯が、その前にレイヴン教官に声をかけられた。
「悪いな。ここにきて早々にこんなことになってしまって。あの森はな、本来あんな強力な魔物が出るところではないのだ。つい昨日までキューティーパイン以外の魔物が確認されたことがなかった。だからあの森は新人の訓練に最適だったのだが、もうその限りではないようだ。スピッツの警告をもう少し深く理解するべきだった。⋯⋯すまない、ただの私の言い訳だ。お前も早く帰って休むと良い。明日からまた訓練続行だ」
「⋯⋯この街にきてからずっと思っていましたが、この街の人々は戦争や戦いで人が死ぬのが当たり前だと思っているように見えます。人が死んで悲しい気持ちはあったとしてもそれを諦めてしまっている。だが、教官は違った。先程、森で男女が死んだときにあなたの目に浮かんだ涙は本物だった。人が死んだ悲しみを真に捉えてそれを防ごうと尽力されてるのは僕にもよくわかる。教官は十分に頑張っています。それは誇りに思うべきです」
やらかしたな。途中で敬語を忘れてしまった。
「⋯⋯ありがとう」
少し微笑を浮かべるとレイヴン教官は廊下の向こう側へ消えていった。
僕も宿舎に行こう。
案内掲示板で宿舎の場所を確認する。どうやらここから西にある山の中腹にあるようだ。街の中心よりやや東のところだ。僕はそこまで歩いていく道中で、とある料理屋を見つけた。その店は日本で言う移動するラーメン屋やおでん屋のようなもので、車輪のついた小さな屋台の中にある鍋で何かのスープを煮込んでいるらしい。客はおらず、木で作られた簡素な椅子が3つ空虚に佇んでいる。
空を見上げると藍色にやや赤色が混じった空であった。相変わらず雲に覆われているが、少しは光が入り込んでいるため時間はわかるようだ。
もう良い時間だ。このまま店に寄って食事をして帰って寝よう。
僕は服についた血を軽く袖で拭い椅子に座る。そういえば、この麻でできた服は召喚時から着ていたな。あまり気にしなかったが僕は前の世界で身につけていた全てのものを無くしているようだ。
「⋯⋯らっしゃい」
鍋を丹念にかき混ぜている中年の男は無愛想にそう言った。
「ごめんな。こんな血だらけで。椅子が汚れてしまったらすまない」
「⋯⋯別に良いさ。この街には血で汚れてないやつの方が珍しい。常に鉄と硝煙の臭いしかしない。それより一杯20コリンだ。どうする」
20コリン?この街の金の単位だろうか。先程レイヴン教官から少しはもらったが足りるかどうかわからない。どの貨幣がどのくらいの価値なのかと言うのが不明だ。僕はもらった全ての金を卓上に並べる。
「これで足りるか?」
「⋯⋯お前は新人か。俺が金の使い方を教えてやる。いいか、これが⋯⋯」
その店頭のおじさんは僕に親切にそれぞれの貨幣の意味を教えてくれた。どうやらレイヴン教官からは100コリンもらっていたらしい。
おじさんはその中から10コリン貨幣2枚を手でつまんで持っていくと、歪んだ金属製のお椀にユッケジャンスープのような赤いスープを注いだ。そしてスプーンをそのお椀に差し込むと僕の前に差し出した。
「⋯⋯お待ち。お前もこれから苦労するな」
僕は差し出されたスープを口に入れる。
唐辛子と胡麻油の風味が口内を駆け抜ける。そして次にあっさりとした塩気が転がり込んできた。卵が程よくほぐれまろやかな舌触りをしている。
それらを1度飲み込むと店主に返事をした。
「前の世界の方が僕にとっては残酷だったさ。この世界はまだ居心地がいい。正義と悪がはっきりしすぎてる」
「⋯⋯お前も変わってるな。大抵のやつはここで泣き言を言うんだが。無理にとは言わないが少し聞かせてくれるか?」
「あまり前のことは思い出したくないんだ」
「⋯⋯わかった。だが、少し話すだけでもだいぶ違うぞ。俺は毎日この時間帯はここに俺はいる。何かあったら話を聞くぞ。俺はダグラスだ」
「僕はルーシア。ここの店のスープは美味しいな。また来るよ」
「⋯⋯それは良かった。また来るといい」
僕はスープを飲み終えると店主、ダグラスに会釈してその場を立ち去る。
宿舎はどこだ?地図は確実に覚えたはずなんだが⋯⋯。どこかで道を間違ったのか。
「マスター。私のスキルを使用してください」
のあ!?
⋯⋯アドニスか。この直接脳内に話しかけられる感覚は慣れないな。それにしてもスキルを使うってどう言うことだ?
「解析者をお使いください。このスキルによって先程の案内掲示板の内容をこのアドニスの刀身に表示することが可能です。私があらかじめ記憶しておきました。マスターの状況を分析して私なりに必要になりうる情報は全て記憶しています」
そんな便利機能まであるのか。
これはからは僕が頑張って覚える必要がなさそうだ。このスキルは当たりだったな。メインのあれはまだよくわからんが。制約が多すぎて使い物にならない気がする。
僕はアドニスを取り出して刀身を見る。純白の超純正聖魔鉄鉱の表面に青白い光が現れ、それらが変形し、掲示板で見た地図と同じものが出来上がる。
⋯⋯どうやら道を一本間違えたようだ。
僕は1度引き返し、区画を1つ通り越して歩いていく。
すると先ほどまでは見えていなかった古い木造建築の長屋のようなものが見えてきた。敷地は金属製の塀で覆われているが、門は開放されていて何人かの生徒が出入りしている。彼らのほとんどは黒髪で武器を持って入るもののベルトの締めが甘かったり瞬時に対応しにくいような装備をしている。おそらく彼らも召喚者だ。レイヴン教官もここが召喚者の宿泊所といっていたから当然か。
言われてみれば今日僕が行った学校のクラスの生徒の半数以上が召喚者であった。召喚者でこの世界の均衡をわずかに保っているのか。例のローブの男が言っていたことは本当のようだ。
「あの⋯⋯」
しばらく宿舎と出入りする人々を見ていると突然背後から声をかけられた。
咄嗟にアドニスの柄に手をかけ後ろを振り向く。しかし、そこには赤い髪の女性が立っていた。背中には黄金色の弓を背負っている。⋯⋯ん?この人どこかで見たな。
僕は警戒を解き柄から手を離す。
「す、すいません。驚かすつもりはなかったんです⋯⋯。あの、あなたはルーシアさんでよろしいでしょうか?」
女性はワタワタしながら話している。
「あ、ああ。そうだが」
「あ、えーっと、私はティナです。覚えていますか?」
そうか。あのキューティーパインのときに助けた人か。
「あ、あの先程宿舎に戻ろうとしたらきれいな剣が見えたので、あの剣はもしやと追いかけてしまいました。すいません」
道間違ったときにアドニスを抜いたからな。その時か。でも、どうしたのだろうか。
「別に大丈夫だ。それより、君は僕に何か⋯⋯?」
「あ、いえ。別にどうと言うことはないんですけど、今日のお礼をまだ言ってなかったなと。後者に戻るときも周りの人はみんな黙ったままで話しかけにくかったんです。すいません」
「そんなに謝らなくていいよ。君は何も悪いことをしていないんだ。胸を張っていいんだ。僕も話しにくいしね」
「あ、はい。⋯⋯ん、ん。今日のお礼をさせてください。私にできることならなんでもします」
なんでもって言われても⋯⋯。
見返りなんていらないのに。でも、そうだな。強いて言うなら
「僕はまだここにきたばかりなんだ。わからないことがあったら教えてほしい」
かな。情報は生きる上でも、戦闘でも大きな力を発揮する。
「そんなことでいいんですか?」
「むしろやや面倒なお願いだと思ったのだが」
「いや、もっと酷いものが来るのかと」
「なんだよそれ」
「でも安心しました。何かと私たちは召喚者様に迷惑をかけています。恨まれても仕方ないとは思ってはいますが、優しくされるとやはり嬉しいものですね」
ん?私たち?
もしかしてこの子あれか。この世界に元からいる人間か。
偉いな。それじゃあ僕に何されるかもわからないのにわざわざお礼をしにきたのか。
「僕はただ僕がしたいように生きてるだけだ。君を助けたのもただの気まぐれだ」
「でも、それでも私を助けてくれたのには変わりありません。そのお礼は相手がどんな人であってもするべきです」
「⋯⋯綺麗だなぁ」
「そう、ですかね。えへへ」
なんでいきなり照れるんだよ。
「もう時間も遅い。君も帰って休んだ方がいい。明日からまた訓練があるそうだ」
「この世界が死ぬ運命だったのをあなた方召喚者に責務を押し付けて無理やり延命させている状態です。本来ならこんなことに巻き込む権利なんて私たちにはありません。本当に申し訳なく思っています」
「別に君が謝る必要はない。それを言うなら僕らがここにきてこの世界を延命しているのも運命だ。誰のせいでもなければ、僕らを含む全ての人の責任でもある。僕はさっきも言った通り僕の好きなように生きているだけだ。僕が戦うのも僕の意思だ」
「⋯⋯ありがとね。あと、そうだ。はい、これ。あげます。服が血で汚れてしまっているだろうと思い買っておきました。サイズが合わなかったらすいません」
そう言うと彼女はスタスタとカンテラが照らす薄ぼんやりとした道に消えていった。きっと彼女の寮に戻ったのだろう。
僕の手にはきちんと畳まれた洋服がある。暗くてよく見えないが新品のようだ。せっかくもらったのだ。帰ったら着よう。⋯⋯なんか申し訳ないな。お礼ならこれで良かったのに。
僕も目の前にある宿舎に入る。中に入ると廊下にあるろうそくの火がゆらゆらと揺れているのが見えた。中も外観と同じく木造で、外気との差がほぼない。入ったらすぐに宿泊用の部屋が並んでいてロビーや受付なんてものはない。本当にただ泊まるだけの施設だ。
2階へ階段で上がり223号室を探す。廊下が歩くたびに軋み音を上げる。
しばらく歩くと223と書かれた金属プレートがかけられている部屋を見つけた。レイヴン教官にもらった鍵を使い中に入る。中の灯りは無く、真っ暗だ。
失敗したな。マッチとろうそくを買っておくべきだった。
僕はアドニスを引き抜き、それから放たれる淡い光でなんとか部屋の中へ入る。中は木の骨組みでできたベットと、小さな机と椅子があるだけだった。部屋の端に壺と樽と桶が置いてあるのがわかる。樽には水が入っていて桶には布切れがかけられている。壺がトイレで桶が洗面台のようだ。樽の中の水はおそらく飲料水も兼ねているのだろう。無闇に使わないようにしよう。
「まあ生活はできそうだ。ちょっと改良の余地はありそうだが⋯⋯」
僕は早速ベットに身を投げようと思ったが思いとどまる。そういえば服が血だらけだ。早速ティナがくれた服を着よう。でも、その前に軽く体を拭いてからか。流石に汗と血と泥でとんでもないことになってる。手に持ったアドニスを壁に立てかけ灯として使う。
僕は樽に入った冷たい水を桶ですくい、布切れを浸す。そして服を全て脱いで体を拭いていく。徐々に桶の水が濁っていく。ある程度汚れたら水を壺に流してまた樽から水をすくう。それの繰り返しである程度清潔な感じにはなった。
ティナから貰った服を広げてみると、それは綿でできた柔らかい質感の長袖、長ズボンの服であった。そして綿でできたフード付きのローブもあった。ローブ以外の服を着てみると少しサイズが大きかったが紐を締めれば問題無い程度だった。
ローブも試しに羽織ってみるとこれはサイズがちょうど良かった。着心地も良い。今度ティナに何かお返ししなきゃな。きっと高かっただろう。
僕はローブを脱ぎ椅子にかけるとベットに身を投げた。
ーーー翌日
ゴーンゴーンというベルが鳴り響いている。
その音で目を覚ます。耳を澄ますと廊下ではドタドタという足音や、床板が軋む音がする。きっとこれが起床の合図なのだ。
僕は顔を洗い、昨日壁に立てかけたままのアドニスを鞘へしまい肩からベルトをかける。そして椅子にかけてあるローブを見に纏うと部屋を出て扉の鍵を閉める。
「このまま他の人について行こう」
小声で1人つぶやくと、波のように宿舎を出て行く人の群れに混ざり僕は街中を通り抜けて行く。
しばらくついて行くと昨日行った校舎へたどり着いた。
この中に入ると先程まで固まっていた人々が解けそれぞれの教室へと散って行く。
僕もM組に向かい歩き出す。
教室の前まで行くとレイヴン教官とその生徒が固まっているのが見えた。何事かと近づくとどうやら揉めているようだ。人の固まりの隅に見たことのある赤髪を見つけた。ティナだ。彼女に状況を聞いてみよう。
「なにがあったんだ?」
「うひゃあ。⋯⋯もう、ルーシアさんですか。びっくりさせないでくださいよ。私もよくわからないんですけど、どうやら教官がまだ来ないらしく誰が呼びにいくのか決めているらしいです」
「それでこんなに集まっているのか」
「はい⋯⋯ところで、服、着てきてくれたんですね」
「そうだな、ありがとう。着心地も良いし。今度何か返す」
「別に構いませんよ。私が勝手に用意したものなんですから」
そんなことを話していると後ろからレイヴン教官の声が聞こえた。
「諸君聞いてくれ。今朝この街の東南部に超大規模の魔王の軍勢が現れたらしい。尖兵も次々に死んでいる。先程国の決定で全戦闘員を東南部に配置することが決定した。その戦闘員というのが召喚者全員を指す。つまり、訓練中の君たちも含むということだ」
レイヴン教官は青白い顔をし、震える声でそう告げた。