初戦闘と涙
結構グロいので注意。
「ここが訓練校になります」
しばらくフードの男の元へついて行くと、石造りの大きな建物が見えた。建物自体は無骨で校舎というよりも要塞のように見える。
言い忘れていたが、ここにくる前にフードの男に鞘を貰った。アドニスに合うように調整された簡素な皮の鞘だ。今は肩にかけたベルトに通して吊るし、背負っている。
「それではルーシア様。我々はここで戻らせていただきます。正面入口に入ってすぐ左手に案内板がございます。それを見ていただいてM組の教室まで行ってください。御武運をお祈りしています」
フードの男はそれだけを言うとすぐに今まで来た道を引き返して行った。
正直に言うとこのままどこかへばっくれたい。しかし、この世界で生き残る術など知らない僕にとってこの学校へ行くことは最良の選択肢だ。
校舎の中へ入るとまだ誰も居なかった。きっと授業中なのだろう。先ほどの言われた案内板を見てみる。どうやらM組は三階南にあるようだ。早速そこに向けて歩みを進める。途中で別の教室を少し覗いてみると、煌びやかな剣や戦斧、槍など様々な武器を持った人が真剣に教卓の前で話している教官を見ていた。黒板の方を見てみると何やら戦術を学んでいるらしい。液状のモンスターに対する抵抗方法のようだ。
僕は歩みを進めて三階南へ到着した。一呼吸入れ、木造の扉を開けて中に入る。
「し、失礼します。M組と言うのはここで合っているのでしょうか?」
「ん?貴様は誰だ?」
扉を開けると、綺麗な赤髪のメガネをかけた女性がこちらを見た。きっとこの人が教官だ。
「僕はルーシアです。さっきローブの男達にここに来いと言われてきたんですけど⋯⋯」
「ああ、例の新人か。話は聞いている。だが、少々タイミングが悪かったな。私たちはこれから魔物との実戦演習に行くのだ。貴様も来い」
え?実戦?
「ちょっと待ってください。僕は何も知りません。この世界のこともモンスターについても。それにさっき剣を作ったばかりですよ?すぐにせんt⋯⋯」
「ごちゃごちゃうるさい!大丈夫だ。これから狩りに行くのはキューティーパインというモンスターだ。体長50cmほどの小型モンスターで、奴らの攻撃は小石を投げられる程度の痛さだ。よっぽどのことがない限り死ぬことはない。習うより慣れろ。ここにいる奴らも貴様と同じくらいの新人だ。数回の座学しか受けていない。それにもし貴様に何かあったら助けてくれるだろう。⋯⋯だろ?」
教官は生徒たちが座っている方に睨みを利かせた。生徒たちは顔を上下に振っている。
⋯⋯校舎についてすぐに実践とか、ついてない。でも、話を聞く限りだと死にはしないだろう。やるだけやってみよう。誰も助けてくれなくてもなんとかなるはずだ。
「よし、それじゃあついてこい。おっと、私の名前を言い忘れてた。私はレイヴン。貴様の教官だ。そしてこれを持っておけ」
そう言うとレイヴン教官は僕に皮の巾着を渡しスタスタと教室を出る。生徒たちも次々と彼女を追いかけている。僕も取り残される前について行くことにした。
僕らは街を降りこの街を囲っている巨大な金属壁にまでたどり着いた。遠くで見ているとよくわからなかったが近くで見てみると壁の高さは200mを超しているように感じる。
「おーいスピッツ。ここの門を開けてくれ。訓練兵の実戦訓練に出かける」
レイヴン教官は壁の上に向かって大声で怒鳴った。
すると壁の上から人影が見えた。
「わかった。だが注意してくれ。ここら近辺の森も既に奴ら魔王軍の侵攻を受けている。数キロメートル先は既に前線だ。くれぐれも奥に行かないように」
「わかってる」
こうやりとりしている間にも僕らの隣には馬車が何台かで列を作り始めていた。見ると大きな木箱や樽が大量に積まれていた。きっと前線に持って行くのだろう。1番前の馬車に乗っている人が声を上げる。
「スピッツ!ここを開けてくれ!物資を運びたい!食料と水だ!」
「ああ、今開ける、待ってろ」
しばらく待っていると大きな音を立てながら門が開いた。
隣にいた馬車の列は進み始め土煙を上げながら僕らの横を通り過ぎて行く。
「よし、貴様らよく聞け!これから貴様らにはキューティーパインを1人5匹狩ってもらう。奴らの臓物をさっき渡した巾着に入れて持ってこい。終わったやつからこの門の前に集合すること。それで最初の試験は合格とする。スピッツの話を聞いていたと思うがこの森を抜けた先はすぐに戦場だ。無数の矢が飛び交い爆裂魔法が大地を焼く世界だ。死にたいなら行ってもいいがそうでないなら近寄るな。それとこの森には弱い魔物しか基本はいないが、たまに規格外の化け物が出ることがある。そういう時はとっとと逃げろ。戦おうとするな。いいな!」
「「「「「はい!」」」」」
教官に続いて生徒たちもみんな一斉に駆け出す。全体を見回すとざっと40人程度だろうか。これがM組のメンバーか。中には女子の姿も伺える。こんな人にまで戦いを強いるとは、この国がどのくらい瀬戸際なのかがよくわかる。
森に入るぐらいまでは皆一様に進んでいたが、しばらくすると徐々に分散し始めた。僕も少し道を逸れて本格的に森に入る。そして1度立ち止まるとアドニスを背中から引き抜いた。
純白の光が周囲をほのかに照らす。
「そもそもどんな魔物がキューティーパインなのかわからない。パインっていうくらいだから松の一種なんだろうけど。となると植物型の魔物か?」
「キューティーパインで検索中。⋯⋯現在データに存在しません。1度キューティーパインを狩ってください」
独り言を呟いていると脳内に突然声が響いた。
聞いたところ少女の声なのだが、どこから聞こえてきた。
「お前は誰だ!」
とっさに剣を構える。
構えるとは言っても構え方を知らないため、テキトウに握っているだけだ。少々へっぴり腰になっているのが情けない。
「私はアドニスです。あなたのパートナーです。現在、補助スキル「解析者」により所有者様と意思疎通が可能になっております。先ほどのこのスキルを使用してキューティーパインを検索しましたがヒットしませんでした。このスキルは所有者様が1度狩った魔物のみ詳細な情報を開示することが可能なスキルです。キューティーパインを1度狩る必要があります」
アドニスの例の補助スキルか。驚かせやがって。
再び周囲を見回す。すると草むらの中で何かが蠢いているのを発見した。大きさ的に人ではなさそうだ。僕はそこに向かいアドニスを振り下ろす。⋯⋯しかし、手応えがなかった。
「キシャア、ギュえ、ギュえ、ぐリュ」
少し横に視線をずらすと大きくて醜いパイナップルのような魔物が奇声を上げてこちらを伺っていた。きっとこいつがキューティーパインだ。⋯⋯全然可愛くはない。
「でえりゃ!」
僕はまたアドラスをそいつに向けて振り下ろした。だが、僕の切っ先が奴に届く前に奴は僕の脇腹に突進してきた。
「ぐふぉ⋯⋯」
畜生。痛え。なんだよ。小石を投げられるくらいの痛みじゃないのかよ。
こんなの大人に本気で殴られたくらいの痛みがあるぞ。ああ、くそトラウマが蘇る。でも今はこいつだ。集中、集中。
キューティーパインは僕の脇腹から退くと、少し距離を置いて威嚇している。
「いってえな⋯⋯」
このままでは拉致が開かない。僕が剣を振り下ろすよりこいつが逃げるほうが早い。
「もう少し振り方を抑えてみてはいかがでしょう。あの程度の魔物を切るのにそこまで振りかぶる必要はございません。少し小突くぐらいで切り裂けるはずです」
うお!?またアドラスの補助スキルか。びっくりさせやがって。
このスキルは戦闘のアドバイスまでしてくれるのか?意外と使えそうだな。
確かに、僕は今まで振りかぶりすぎていたかもしれない。もう少し振り幅を抑えて、姿勢を低くして⋯⋯今だ!
僕は奴に向かって突進し、剣を軽めに振り下ろす。すると奴の本体に少し切り傷がつくのを見た。アドラスの刀身にも一筋の血が流れている。切れたんだ。このまま次だ!
「ギュえ、!ギュえ、!、ギュおああ!」
奴は苦しそうな鳴き声を上げてこちらを見ている。
少々気の毒に感じるが、仕方ない。僕はそのまま奴に最後の一振りを⋯⋯刺す前に奴は僕の胸に飛び込んできた。
肋骨が軋み、肺の空気が一気に押し出される。呼吸のペースを乱された僕はアドラスの切っ先で全く別の地面を抉った。
「ぐふ⋯⋯ごはぁ」
先ほどの脇腹への一撃もあり、口の端から血が出てきた。
口内に鉄の味が広がる。懐かしい感覚だが、あまりいいものでもない。内臓がやられたのだ。痛みが体を駆け抜ける。苦痛で視界が歪み倒れそうになる。
「ギュ、ギュ」
奴は次の1発を喰らわせようと踏ん張っていた。
このまま次を喰らえば気絶してしまうかもしれない。そうなれば本当に死んでしまう。その前にかたをつける。
僕はアドラスを握り直し再び構える。
奴は湾曲しながら突撃してくる。素直に一直線に剣を振り下ろしたんじゃ確実に避けられる。なら、奴が飛び込んでくる軌道を誘導して、そこを叩く!
アドラスを斜め後ろに持ち替えて、そのまま奴に突進する。右脇腹の防備を甘くしてある。予想だと奴は⋯⋯よし、掛かった!右脇腹に向かって突進してきた!
僕は右後ろで構えていたアドラスを手前に引っ張り出して奴の顔面を真っ二つに裂いた。奴の血飛沫が僕の体に降りかかる。中の臓物もびちゃびちゃと音を立てて崩れて出てきた。
「キューティーパインの初討伐に成功しました。情報解析中、解析完了。次の戦いからは私が完全にアシストすることができます」
そりゃあ頼もしいが、今はこのドロドロの服をどうにかして欲しい。
僕は皮袋に奴の飛び出た臓物を入れる。僕が真っ二つに切ったせいで何がなんだかわからなくなっていたのでテキトウに入れた。
それにしても、キューティーとかいう割には中も外も恐ろしい化け物だ。
傷む胸を押さえながら次のキューティーパインを探す。だが、しばらく森を彷徨っていると遠くから悲鳴が聞こえた。
僕はその悲鳴の方向に向かって駆け出した。別に助ける義理もないが死なれても後味が悪い。
「やめ、て、たす、け、て」
声のする方へ着くと、1人の女性が倒れていた。近くではキューティーパインが威嚇の動作をしている。その女性の手には弓を抱えられていた。きっと近距離特化のキューティーパインの相手では分が悪かったのだ。
僕はキューティーパインに向かってアドラスを振り下ろす。だが、奴はさっきのキューティーパインよりも素早い動きで僕に向かって突進してきた。
「後ろに倒れてください」
唐突に脳内に声が響く。毎回びっくりするんだよこれ。
僕はその指示に従い後ろに倒れた。鼻の先をキューティーパインが飛んでいく。どうやら避けられたみたいだ。
「起き上がりながら斜め左上から切りつけてください」
後ろでキューティーパインが地面を蹴る音がした。
僕はまたもや指示に従いながら動く。すると剣を振っている途中で何かが引っかかる感覚がした。次の瞬間に顔面に生暖かいものが降りかかる。血だ。
どうやらキューティーパインを切ることに成功したみたいだ。
「あの、ありがとう、ございます」
そのままその場を立ち去ろうとすると後ろから声を掛けられた。
振りかえるとさっきの倒れていた女性がお腹を抱えながら立っていた。
「別に、ただそこにそいつがいたから切っただけだ」
「あの、内臓を持って行くのを忘れてますよ?」
「いらない。君にやる」
この女性は見たところ1匹も倒せてないみたいだ。僕はもう1匹持っている。それにこの人の悲鳴がなければ見つけられなかったんだ。僕はもらうわけには行かない。
「え、でも⋯⋯」
女性はうろたえている。
「いらないといっているだろう。君だってその体じゃ狩るのは難しいだろ。素直にもらっとけよ」
「あ、はい、でも⋯⋯わかりました、ありがとうございます。これは素直にもらっておきます。あの、あなたの名前は?」
「僕はルーシア。ただのルーシアだ」
「私は、ティナです。あの、今度お礼をさせていただくので、あの⋯⋯」
僕は彼女が何かを言い終わる前に森の中へ入っていった。
次の獲物を探さないとな。このままでは不合格だ。
しばらくまた森を彷徨うと、茂みの中で蠢く物体を発見した。僕は再び剣を下ろす。今度は音を立てないように近づき最小限の動きでそれを行えた。
ザクッと剣が震えると、地面が赤い血で染まった。茂みをかき分けるとキューティーパインが半分に割れて転がっていた。僕は臓物を回収し、次を探す。
何回かどつかれはしたが、大きな負傷もなく5匹分の内臓をかき集められた。
門の前に戻ろうと帰路に着く。
「だが、どうにも不気味な静けさだ。40人が大して広くない森の中にいるというのに」
帰り際に何か大きなものに足を引っ掛けて転んでしまった。
キューティーパインの臓物がその辺に散らばる。慌ててかき集めようと後ろを振りかえると、ありえない光景が広がっていた。
上半身が消え失せた男性の死体だ。少し時間が経ち乾燥し千切れた腸が腹から飛び出てる。下半身からは糞尿が漏れ出ていて異臭を放っていた。
「な、なんだこれは⋯⋯」
僕はその場で腰が地面に落ちる。
まだ生々しい。きっとついさっき、数時間前に起こったことだ。ちょうど僕らがキューティーパインを狩に森へ入った頃と一致する。ということはこの死体は⋯⋯。
今まで気にしていなかった血の鉄臭さが鼻を突き、吐き気を催させる。
「おえぇ⋯⋯」
その場で嘔吐してしまった。キューティーパインの内臓どころではない。
キューティーパインがこれをやれるはずがない。奴らは殴るだけだ。死ぬにしても撲殺が精々だろう。だけどこの死体は上半身が食いちぎられている。きっともっと別の魔物がいるんだ。
例えば、そう、巨大な狼みたいな⋯⋯。
「きゃああ!!」
「やめろ!こっちへ来るなぁ!」
遠くで悲鳴が聞こえる。
行かないと⋯⋯。
僕はまたもや悲鳴のする方向へ走る。今度はより早く行かないと、本当に命が危ない!
あの林を抜ければ⋯⋯。
ところが林を抜ける前に誰かに頭を掴まれ強制的に止められる。
「ここで黙ってみてろ!助けに行こうと思うな。私たちだけじゃ、あの魔物は手に負えない。せめて彼らの最後を見とるんだ」
誰だと思い頭を掴んだ相手を見ると、なんとレイヴン教官だった。
額に青筋を浮かべ向こうの方を睨んでいる。その視線を追うと、大きな猪から毛を全て剥ぎ取ったかのような魔物がいた。
そしてその前には1組の男女もいた。今にも飛びかかりそうな猪を前に男女は剣を構えながら震えていた。
「おい、こんなのがいるなんて聞いてねえぞ⋯⋯」
「私、ここで死んじゃうのかな⋯⋯」
隣で何もしない教官に些か腹が立ち訴える。
「教官、でも今助けに行かないと彼らは死んでしまいます」
「わかってるさ。でも、私でもどうしようもできないんだよ。あれはな、ジャイアントボアといって大人数十人が全力で戦ってようやく倒せる相手なんだ。きっと魔王軍が近くにいるせいでここに紛れ込んだのだろう。私たちが今行ったところで死んで終わりだ。ならせめて、彼らの最後を看取って私たちが生き残るのが筋だ」
くそ、どうにかできないのか。
だけど、確かに教官の言う通りだ。僕に何ができる。死んで終わりだ。なら、彼らの生き様を背負ってこれから戦うのが今の僕の役目だ。
教官は歯軋りしながら眼玉が飛び出るほどに猪を睨んでいる。
きっとこの人も奴を倒したいに違いない。でも、できないのだろう。
「うわぁ!やめろ!くるな!くるな!」
男の方に猪が近づくと、猪は突然光り輝いた。
そしてその光が猪の牙へ集ると1つの火の玉に収束する。
「なんだよ、それ、でも、俺の波動障壁で防いでやる。スキル!波動障壁!」
男が何かのスキルを唱えると男の前には正六角形の薄い金属皮膜が現れた。
「さっきのパイナップル野郎の突進じゃびくともしなかったんだ。今回だって⋯⋯ごふぁ、あぐ、あぅあ⋯⋯が」
男が言い終える前に猪はその火の球を男に向かって放った。男が展開していた金属皮膜も薄氷のように砕き、炎は男の胸をえぐった。男の体からは血が流れ落ち、池を作っている。吹き出さなかったのは猪の炎が傷口を焼いたからだろう。
「きゃあ!!」
女の方はそれをみて剣を捨てて後ろに走り去った。
猪もそれを逃すはずはない。猪はまたもや体が光り輝くと恐るべきスピードで女の腹を牙で突いた。
「あ、あぁあ!、あ、ぶえふぉ、ごふ、あ⋯⋯」
女は口から血を吐き出した。
腹に刺さった牙を必死に抜き取ろうとしているが、猪はさらに地面に女を擦り付け、女の体を2つに割いた。臓物が地面を塗りたくる。やけに生々しい水音が辺りに鳴り響く。
女は断末魔を上げながら息絶えた。2つの血の池が出来上がると、猪はそのまま森の中へ消えていった。
「⋯⋯帰るぞ」
レイヴン教官は重い足取りで立ち上がると帰り道の方へのろのろと歩いて行った。夕焼けに反射したお陰で気付けたが、教官は涙を流していた。
対して僕の頰には何も流れていない。ただ、カピついた血が覆っているだけだ。
僕は本当に人の心を失っているみたいだ。こんな残忍な奴がこの純白の聖剣を振るっていて良いものなのか。
僕はただ、レイヴン教官の後を追いかけることしかできなかった。
続きは近々書きます。