聖剣アドニス
この世にはあまりにも理不尽なことがある。
隣で笑っていた奴の首が吹き飛び血飛沫を上げるまでに数秒とかからない。5万人単位の部隊はたった1体の魔物の攻撃で蒸発し、後には何も残らない。
天空から降り注ぐ矢の嵐は止むことを知らず、地を、天を裂く程の爆発と閃光が地形を変え続ける。
魔法に制限がある人間と、無尽蔵に使える魔物。これらが戦争を起こせばどちらが勝つかなんて目に見えてる。そんなくそったれな世界に転生してしまった僕も、理不尽の一部なのかもしれない。
ーーー数日前、城塞都市アルダイン内召喚室
とうとう僕は自殺した。
高校生活で受けてきたいじめに耐えかねたのだ。昨日親友だった奴が僕を殴り金をひったくる。彼女だと思っていた奴が僕が殴られるのを嘲笑いものを投げつけてくる。そんな理不尽から逃げようとしただけだった。
不思議と飛び降りる時に恐怖は感じなかった。むしろ快感が体を駆け抜けた。このまま逃げられるという高揚感の方が大きかったのだ。地面に激突するときに確かに僕の頭がひしゃげ、脳が飛び出すのを感じた。
だが、今僕の目の前には光があり謎のローブを着た男どもがこちらを伺っている。
石造りの小部屋にいるということ以外暗くて何もわからない。ローブの男たちが持ってるカンテラの周りのみが少し照らされているだけだ。
見たところ僕は日本ではないどこかにいるようだ。それなら奴らから虐められることもなくなる。ここがあの世でなかろうがどこだろうが関係ない。
「成功したな⋯⋯」
「そうですね、しかもこのように召喚されても落ち着いているとは」
ローブの男共が何かを口にしてる。
召喚、と言ったらラノベとかによくあるあれか。まさかこんな非現実的なことが起こるとは。僕は死んで召喚されたのか?
ここで、ローブの男が何かを取り出す。どうやら何かの本のようだ。
「召喚して間もないですが、今我々には時間がありません。手っ取り早くこの世界やあなたが行うべき使命についてご説明させて戴きます」
僕の使命?僕はもう何もする気がない。何もしたくないのだ。
少し言い返そうとしたが、その前にローブの男が話し始めてしまった。⋯⋯話を聞いてみるぐらいはいいだろう。
「ここは城塞都市国家アルダイン。人類最後の国です。1000年前に魔王が現れてから我々は魔王の軍勢に土地を追われ続けました。幾度も連合軍を結成し立ち向かったものの彼らが持つ魔法の力には敵いませんでした。もちろん我々人類も魔法は使えますが、魔法陣を描いたり詠唱する手間を挟まなければならないのです。一分一秒が生死を分ける戦場では使い物になりません。せめて、武器や防具に加護を施すことしか叶いません」
いきなり魔法って言われても⋯⋯。
だが、僕がこうして生きている以上、魔法を使い召喚したのだろう。信じられないが、このような不可解な事象を引き起こす何かがあるのは事実だ。
「我々はとうとうこの地まで追い詰められました。しかし、この土地に眠っていた超高純正聖魔鉄鉱は魔物に対して有効だということが判明しました。これに触れた魔物は蒸発し、さらに魔物の魔法を跳ね返すことが可能なのです。この超高純正聖魔鉄鉱を用いた武器にはスキルという特殊な能力が宿り、使用者の運動能力をあげたり、一部の魔法を無力化することができるのです」
スキル、か。まるでゲームだな。
「その武器を使うことで我々はかろうじてこの土地を守り続けることに成功してきました。しかし、人口は減る一方でこのままでは人類存続が危ぶまれました。そこで、この世界の外部から人を集めて魔物を退治する人員を確保しようという話になり、古の魔導書から召喚魔法を見つけ再生し、このようにしてあなた様を召喚したのです」
ようはあんたらの都合で僕が勝手に召喚されたのか。
「この召喚は必ず死者の魂を呼び出して行っています。一度は落としたその命。最後に我々の世界を救っていただけますか?」
ほう。この世界のために死ねと。
別に死ぬのは構わない。だが僕にはこの世界を守る理由がない。何も僕だって好き勝手に死にたいわけじゃない。死ぬのにも理由が必要なのだ。
「僕はこの世界に対して何も思ってない。滅びようが救われようが知ったことではない」
「⋯⋯そうですよね。所詮あなたは別世界の人間。この世界を愛してるわけでもなければ憎んでるわけでもない。ただ無関心。⋯⋯なら、少しでもこの世界について知ってみてください。なんの罪のない人が蹂躙され死んでいく様を。愛する人が血肉の塊となって帰ってくるのをみて咽び泣く人の様を。あなたに少しでも善の心があるならば魔物に対する怒りが芽生えるはずです。そうすれば自然と世界を救いたいと思えるはずです」
「僕は人をもう信じないって決めているのだ。今更誰かの悲しみに共感できるほどの情を持っていない。悪いが他をあたってくれ」
「そうですか⋯⋯。しかし、召喚の儀には多くの魔鉱石を浪費します。そう易々と諦められるものでもないのです。言い方を変えましょう。世界を救ってください。これは国王からの命令です。あなたは前の世界で自殺していますね?もはや死ぬことに恐怖を感じていないのでしょう?ならここで魔物に殺されようと関係ないではありませんか」
「僕だって好きで死んだわけじゃない。ただ、奴らから逃げたいだけだった」
「奴ら、とは?」
「僕を虐めていた奴だよ。何もしていない僕を好き勝手に殴り付けて、金を奪って、嘲笑って、僕の居場所を次々に奪って。そんな奴らだ」
「それは魔物と何が違うのですか?我々も好き勝手に人を殺され、生きるための食糧や資源を強奪され、我々の帰る場所でさえも奪われた。あなたと同じです、ここの国にいる全員が。そんな理不尽があなたは大層お嫌いなようですが、我々も同じです。我々はそんな理不尽を打ち砕くために戦っています。あなたはその“奴ら”から逃げたかったのですか?違うはずです。本当は闘いたかったのでしょう?奴らと、そして弱い自分自身と。なら、せっかく譲り受けた第二の人生でリベンジしてみませんか?この世界のためではなくとも、あなたのために」
⋯⋯人のこと知ったようなこと言いやがって。
「逃げるのの何が悪い。僕は別に逃げることに背徳感も何も感じてないんだ。あんたらみたいに僕は強くない。戦おうと言う意思すらない。もう何もしたくないんだ。ほっといてくれ」
「⋯⋯ここで話していてももはや何も進みません。一度地上に出ましょう。あなただってずっとこの地下室に篭っているわけにはいきません。宿屋を紹介します。今日のところはゆっくり休んで考えてください。明日もう一度お伺いいたします」
確かに、ここで飢え死んだら馬鹿みたいだ。仕方がない、ついていくか。
ローブの男が扉を開けると薄暗い太陽光が入り込んでくる。今日は曇っているのか?
僕は階段を登っていくローブの男を追いかける。数百段ぐらい登るとようやく地上に出た。そして僕は言葉を失った。
「どうですか、これがこの世界の現状です」
目の前には死体の山ができていた。見たところ街の通りに普通に積み上げられているのだ。山からは血の川が流れていて道の側溝に向かって落ちている。山には布はかけられているが真っ赤に染まり中の死体の傷つきようがわかる。しかも、かけ方が雑なせいで隙間から死体がのぞいてるのだ。
目がくり抜かれた死体。四肢が溶かされ絶望に顔が歪んだ死体。頭が粉砕していてもはや人なのかもわからない死体。体の一部が変形している死体。死体、死体⋯⋯。
その山の隣にはけが人や未処理の死体が並べられていた。苦痛に声を上げる者や、もはや気絶してしまっている者もいた。中には下半身が吹き飛ばされ、内臓が溢れているものもいた。近くで子供が泣いている。親子なのだろうか。
顔を背けようと空を見上げる。
だが、空は厚い雲に覆われ黒く淀んでいる。雷の光が垣間見える。気分が晴れるものではなかった。
「空も、数百年の間ずっと晴れないままです。戦争により生じた粉塵や、魔物が起こした魔法の残りがこうやって都市の上空を覆っているのです」
僕が空を見ているのを見たローブの男は僕の方を向いてそのように話した。
すると道の向こう側からけが人が運ばれてきた。見たところ両腕が潰れている。腹にも穴が空いている。出血も激しくもはや助からないのは自明だ。
その人が床に置かれると近くの家から1人の少女が走ってきた。その少女は先程運ばれたけが人をみると目に涙を浮かべ抱きついた。
「お父さん!なんで、こんな⋯⋯。帰ったらいっぱいご飯一緒に食べようって約束したよね⋯⋯。だから、死なないよね。死んじゃダメだからね⋯⋯。私が許さないよ。お父さんの大切な本だって焼いちゃうんだからね。そしたら私のこと叱らなきゃダメなんだからね。だから、ねえ、何か言ってよ!」
そのけが人は静かにその女の子に微笑みかけると糸が切れたかのように体から力が抜けた。
「いや、うそ、なんで⋯⋯」
女の子は嗚咽を零しながら死体に抱きついている。
「これが、この世界の現状です」
ローブの男は再び口を開いた。
遠くから爆音と人々の怒号が鳴り響いているのが伝わる。
なんだってんだよ。こんなクソみたいな世界に召喚されて、世界を救えって。なんなんだよ。理不尽にも程がある。くそ⋯⋯わかったよ。理不尽に殺されたこの命、てめえらのために使ってやる。僕に何かできるなら少しは手伝ってやる。
「おい、ローブ。僕は何をすればいいんだ」
ローブの男はふっと口元を緩めるとスタスタと先に進んでいった。
「こちらへ来てください。まずはあなたの超高純正聖魔鉄鉱の武器を作ります。それによって生じたスキルを調べてそのスキルに特化した訓練をします。あなたは召喚されたと言っても我々と大して変わりありません。一般の訓練校に入校し短期訓練をした後でどこかの部隊へ配属し戦うことになります」
ああ、そうかよ。チートも無いのか。
もういい、なるようになればいい。
「その超高純正聖魔鉄鉱の武器ってどうやって作るんだ」
「そもそも、その魔鉄鉱は通常の魔鉄鉱とは異なり使用者の魂と共鳴することで真価を発揮します。なので通常の武具のように誰かが作ったものを使用することはできません。自らの手で鍛え上げた武器しか使用できないのです。そのため、あなたにはまず魔鉄鉱を掘っていただきます。これから地下坑道に案内するのでそこでご自分が納得行く超高純正聖魔鉄鉱を選び出してください。それから次の段階をご説明いたします」
武器なんか打ったことないぞ。⋯⋯どうにかなると信じたい。
しばらくローブの男達についていくと、大きな縦穴が見えてきた。巨大な木製のリフトが上下に動き煌びやかな鉱石を搬出している。おそらくあれが超高純正聖魔鉄鉱だろう。
「ここです。この縦穴は鉱山の一部に過ぎません。下に降りると数多の横穴が広がっていてアリの巣のように複雑に広がっています。奥の方へ行くと人が通れるか否かと言うほどの細い通路もあります。これはあまり言えないのですがあなたには特別にお教えします。人間が掘り起こした道以外にも天然の道があり、天然の道にある魔鉄鉱は質が良いものが多いのだそうです。それではあなたにこのツルハシを差し上げます。満足のいく魔鉄鉱を掘り出したら我々の居るところに来てください。ここで待っています」
ローブの男達は僕にツルハシとカンテラを渡すとそう言って座り込んだまま黙ってしまった。
魔鉄鉱を掘り出せと、わかった。
僕は発掘場の縦穴のスロープを下り、横穴に入る。
通路はカンテラが吊るされていて薄ぼんやりと明るかった。鉱石を抱えた人々が奥の暗がりから出てくる。きっと彼らもこれから武器を作るのだろう。
「確か、天然の道にあるやつの方が良いんだっけ。せっかくなら、奥へ行って質の良いものを取ろう」
僕はだんだんと道が狭くなっていく坑道を突き進む。
だんだんと人通りも少なくなり、道のカンテラの明かりも無くなってきた。
道中の壁面には赤や青、緑色に淡く輝く純白の鉱石があった。きっとそれらが魔鉄鉱とやらなのだろう。だが、どれも僕の感性にはヒットしなかった。なんて言うのだろうか、魂の共鳴とローブの男が言っていたがまさにそれだ。その魂の共鳴が起きた感じがしないのだ。
もっと奥に行けば何かある気がしてならない。何かに誘導されている気もする。だが、僕はその導きに従いどんどん奥に進んでいった。
遂にはカンテラの明かりが一切なくなり、人の声も聞こえない所に来た。ここが天然の道か。
「綺麗な所だな」
少し歩くと大きな地底湖がある所に出た。様々な色の魔鉄鉱が放つ光が湖面に反射、屈折して独特の雰囲気を醸し出していた。
鍾乳洞から水が滴り落ちて空洞に響く。僕は先ほどから心、胸の奥底で何かが蠢くのを感じている。それは僕に魔鉄鉱のありかを教えているのか、どこに行けば良いかを導いている感じがするのだ。
それはこの地底湖でさらに大きくなり、今ではとある魔鉄鉱が特別に光り輝いているように見えた。
僕は胸のざわつきが示す魔鉄鉱に近づく。すると腕が勝手にツルハシを持ち上げ、その魔鉄鉱の周りの岩を砕き始めた。その魔鉄鋼は今までのものとは異なり、何色にも輝いていなかった。ただただ純白で透明な石だった。
僕はがむしゃらにその魔鉄鋼を掘り進めた。何がそんなに僕を突き動かすのかわからなかった。だけど、この魔鉄鉱でなければならないと思えた。きっとこれが魂の共鳴なのだろう。
何時間経ったかはわからない。今は手もとに削り出した一塊の魔鉄鉱があった。米袋ほどの大きさがあるにも関わらず不思議と重くはなかった。
それを持って坑道を逆走していく。だんだんとカンテラの明かりが見え始め、人々が横行する音が聞こえた。縦穴のスロープを登りローブの男達のところへ戻った。外は既に真っ暗であった。
「おい、戻ったぞ」
「遅かったですね」
ローブの男達は寝ていたようで、目元がよぼついていた。外の暗さを考えると5時間は地下にいたようだ。よくここまで集中力が続いたものだ。
「それでは、次のステップへ案内⋯⋯したい所ですが時間が遅くなってしまったので、続きは明日にしましょう。とりあえず宿屋に案内します。その魔鉄鉱は部屋に置いておいてください」
ローブの男は再び町を練り歩き始めた。
またけが人が運ばれ並べられている。道は地で赤く染まり、靴がベチャベチャとくっつく。鉄の臭いで満たされたこの街は吐き気を誘発させる。現に、このような夜にもかかわらず飲み屋に人はあまり入っていない。騒ぐ人もいないようで町は静かだ。ただ遠くの戦線から響く残響がこだましているだけだった。
「ここがあなたの宿です。チェックインの際にあなたの名前を登録する必要があるのですが、あなたの名前をお伺いしても良いでしょうか?」
名前、か。前世の記憶が蘇るから前の名前は使いたくない。
せっかく新たな人生を歩むと決めたのだ。新しい名前を作ろう。
「ルーシア。僕はルーシアだ」
「ルーシアですか。良い名です。それでは先にお部屋にお入りください。残りの手続きは我々がしておきます。これがあなたの部屋の鍵です。水はロビーにの樽にあるので自由に持って行ってください。排泄物は部屋にある壺にしてください、明日職員が回収し処分します。風呂は桶に水を張って体を拭くだけにしてください。食事は今日は配給できません。すいません」
ローブの男は鍵を遣すと、ロビーの方へ歩いて行ってしまった。
僕も部屋の番号を探し出し、部屋に入る。
中は簡素なベットと小さな机と椅子。そして桶と壺が置いてあった。一気に中世風の暮らしだ。別にもはや何も期待してないので何があろうと構わない。もう僕は死んでいるのだから。
魔鉄鉱を床に置きベットに身を投げる。
些かいろいろあり過ぎて疲れた。もういい、寝よう。
寝る直前に魔鉄鉱が光った気がした。
ーーー翌日
「おはようございます。それでは武器を作りにいきましょう。我々についてきてください」
宿屋から出ると早速ローブの男達が待ち構えていた。
空は已然として薄暗く、もはや夜が明けたのかすら疑わしい。腕に抱えた魔鉄鉱は昨日に比べて重さが減っているよな気がする。体積には変わりがなさそうなのだがこれは一体⋯⋯。
「まず、武器の作成についてご説明させていただきます。特殊な炉により1度魔鉄鉱を溶かします。そのあと不純物を取り除いて再び精錬。この時魔鉄鉱と所有者の魂の共鳴により魔鉄鉱は所有者の方に1番ふさわしい形に変形します。それを所有者様が叩き形を整え、聖水で焼き入れすれば完成です」
結構アバウトな作り方だ。そんなもので武器ができるのか?
まあいい、やるだけやってみよう。
今日も町は死体で溢れかえっている。ただ、少し気になるのはこの勢いで人が死んでいったらあと数日でこの街の人がいなくなるのではないかと言う点だ。
「なあ、この町はこんなに死者が出て大丈夫なのか?」
「そうですね⋯⋯。ルーシアさんのように他の世界からの召喚者で死者の数を補っているのが現状です。ほとんどの方がルーシアさんのように協力的ではありますが、抵抗した場合は我々は彼らの記憶を消し、この世界を守るための傭兵として使っています」
ふーん⋯⋯。
結構こいつらも下衆なことしてんな。
まああれか。死者の魂のみを使っていることを考えるとまだ良心的なのか。僕だって、意識があったとしても死人と変わりはしない。
「ここが作業場になります」
しばらく歩いていると大きな煙突が何本も立ち並ぶ作業場に着いた。
中ではハンマーを生成した鉱石に叩きつけている男や、溶かして型にはめている人がいた。
「何をすれば良い」
「まず炉へ御案内します。炉の中にその魔鉄鉱を投げ入れてください。そうして下の穴から流れ出てきた純粋な魔鉄鉱に名前を付けて唱えてください。その名前をつけた段階であなたにあった武器への変形が始まります。そしてその魔鉄鉱とあなたの魂は結ばれ死地を共にするパートナーとなります」
「わかった」
死地を共にするパートナー、か。
下手に人間の相方よりもよっぽど良い。物は使用者には向かうことはないからな。
僕は案内された炉の中に純白の魔鉄鉱を放り投げる。魔鉄鉱は炉の中で次第に熱され、溶け出し、徐徐に下の穴から流れ出てきた。
溶けてきた魔鉄鉱はあらかじめ魔法陣が彫られているお椀の様なものへと溜まっていった。そして全ての魔鉄鉱が溶け出し、お椀を満たした。
「それではルーシア様。名前をつけてください。ここでつけた名前はそのまま武器の名前となります。そして、つけられた名前は武器完成後のスキルにもある程度の影響があることが確認されています。くれぐれも変な名前をつけないようお願いいたします」
名前。何が良いだろうか。今現在これがどんな武器になるかわからない以上何とも言えない。何かの花から名前を取るか。
アドニスなんてどうだろう。花言葉は悲しき思い出。僕にぴったりだ。
「アドニス。君はアドニスだ」
僕は魔鉄鉱の液体へ話しかける。
本当にこんなことで武器ができるのか不安に駆られていると、魔鉄鉱は1度強く光ると自ら勝手に動き出し、その姿を変えていく。さざ波のように、風のようにくねくねと曲がっていく。
しばらくそれを眺めていると最後に1つの形へ収まった。
ロングソードだ。無駄な装飾が一切なく、ただただ真っすぐな純白の聖剣。刀身には薄らとADONISと文字が彫られているのがわかる。
「おお、これは、なんとも美しい聖剣ができましたな。⋯⋯さて、次はその出来立ての聖剣をこの金槌で打ってください。大丈夫です。そのアドニスが打ち方を教えてくれます。その通りに打ってください」
僕はローブの男から金槌をもらう。
まだ熱いアドニスを金床へ移動し、刀身に金槌を振り下ろす。最初は何処に打てば良いかわからずがむしゃらに打ち付けていたが、次第に勝手に腕が動くようになっていた。こんなことをするのは初めてのはずなのに繊細でそれでいて力強く剣を打っている。純白のロングソードは打つたびに淡い光を放ち、まるで音楽を奏でるかのような拍の取り方をしている。
刀身はより強く、より硬く凝固していき、次第に形が完全に整った。
「それでは最後に、この聖水にその聖剣を入れてください。焼き入れをします。ここで、武器の色が決まります。色もスキルに関係する重要な要素です」
僕はアドニスを聖水につける。蒸気が一気に立ち込める。だが、聖水の中でアドニスはより一層輝きを増し、蒸気に反射してなんとも幻想的な雰囲気を醸し出していた。最後にアドニスは淡い金色が混じった白色光を放つ聖剣となっていた。しかし、刀身そのものは依然として純白のままだ。金属光沢が放つ純白はなんとも言えない美しさがあった。
「ほほう、これはこれは⋯⋯。おめでとうございます。武器が完成しましたね。これから柄の取り付けをいたします。それは私どもがやりますが、何かご要望はありますか?」
柄か。せっかく刀身が無装飾の綺麗な形をしているのだ。せっかくならバランスをとって1番単純なものをつけてもらいたい。
「この剣に合うような単純なデザインのものでお願いしたい。無駄に装飾品が付いてるのはやめてほしい」
「畏まりました。少々こちらでお待ち下さい」
そういうとローブの男は向こうへ行ってしまった。
それにしても、僕がロングソードソードを使うなんてな。しかもあんな純白のなんて僕には似合わない。なんであんなものと共鳴してしまったのだろう。
ここで他にも武器を作ってる人も召喚者なのだろうか。もしそうだとしたら、どうして戦おうとするのだろうか。やはり、ただの良心からか、それとももっと別の何かがあるのだろうか。僕も、なんだかんだ言って乗せられた口だ。それぞれの理由があるのだろう。
「完成しました。こんな感じでよろしいでしょうか?」
ローブの男の手には柄がつけられたアドニスがあった。柄は小判型の取手に滑り止めの紐がくくり付けてあるだけの簡単なものだった。柄の色は黒色だ。刀身とは正反対の色が逆に個性を引き立てている。
「ありがとう。気に入った」
「それは何よりです。それでは早速ですがスキルの確認をしましょう。既にルーシア様の魂にはこのアドニスのスキルが刻印されています。確認方法は単純です。このアドニスに『スキルオペレーション』と唱えてください。そうすれば何かしらの方法でスキルを伝えてくれます」
スキルか。これから戦う上で1番重要なものだ。あまり期待はしないが、せめて使えるものが出てほしい。
「スキルオペレーション」
すると、アドニスの刀身に文字が浮かび上がってきた。元々刀身に刻印されてるADONISの文字とは違い、光が浮かんでいるだけの儚いものだ。
メインスキル「福寿死斬」
この剣に切断された相手に祝福された絶対的死をもたらす。
ただし、このスキル発動可能条件は以下の3つである。
1、対象の体力が使用者の体力より低い。
2、このスキルの使用を宣言して対象に与えたダメージが所有者の体力を上回っている。
3、???
補助スキル「解析者」
常時発動。使用者の必要に応じて対象を解析する能力。成功可能領域は、自身が1度倒した、又は回収した物に限られる。
また、当武器と使用者との意思コミュニケーションを可能にする。
なんとも分かりにくい説明のスキルだ。
最初のアムールブラストの発動条件の三つ目はなんだ。わからないじゃないか。
それにこの補助スキルの意味がいまいちよくわからん。
「ほほう。このメインスキルは強力ですね。通常はメインスキルのみが発動するのですが、ルーシア様の場合は補助スキルも現れていますね。補助スキルは10人に1人の割合でしか発現しない大変レアな物です。もっと幸運な者になると補助スキルを複数持つ人もいるそうですよ」
ふーん。まあ、そこそこ良かったのか。
でも使ってみないとわからないな。実際この補助スキルがなんの役に立つのかイマイチピンとこない。それにメインスキルの制限も多い。何かと使い勝手が悪そうだ。
「それでは武器が完成したので、早速訓練校に通っていただきます。今日は午後からの参加ですね。我々の世界では常に人が死に、新たに入ってくるため、訓練校への入校と卒業は個人によって変わります。つまり、教室は常に授業をしているけど生徒の鍛錬度合いによってクラスメイトが常に変わり続けているのです。あなたはM組への編入が既に決まっています。早速挨拶にいきましょう。そして私どもはそれで失礼します。次の召喚者が待っているので。お金は訓練校で受け取ってください。宿舎も訓練校に付属しているのでそちらを御利用ください。詳しいことは教官から聞いてください」
とうとう訓練校とやらに行くらしい。
トラウマが背筋を駆け抜ける。学校と言ったら嫌な思い出しかない。でも、何故かこのアドニスを握っていると勇気が湧いてくる。自分はやれると思ってしまう。
僕はローブの男どもについていくことにした。
少し設定と文章を書き直しました。