かわいすぎるんですけど!
ギルドでの換金も無事に終了し、ほくほくな気分で帰る。
あたりはすっかり暗くなっている。
それなのにも関わらず、森の入口にある木の根元あたりにかがんでいる女の子がいた。
その子はじーっと根元をみている。何をしているかわからないが、日が暮れていることにも気づいていないのかもしれない。早く帰らないと家の人が心配するだろう。
私は女の子に話しかけた。
「もう日が暮れてるよ。お家に帰ったら?」
私の声に女の子が振り向く。
女の子の髪は手入れがされていなくてボサボサのまま、腰あたりまで伸びていた。
しかし、綺麗な夜色をしていた。
瞳は虚ろだが、まるで満月のように丸く穏やかな黄色だった。
痩せすぎているものの肌は白く、この暗闇ではまるで光っているようだ。
栄養不足で容姿の手入れされていない様子ではあるが、顔立ちはとても整っていて可愛らしい子供だった。
「あら、とっても可愛い子!あなたみたいな子が遅い時間に一人でいたら悪い魔獣さんに襲われちゃうよ?」
まぁ、私がいるから仮に襲われても余裕で守ってあげるけどね!
その子は黙ってじーっと私を見つめている。
警戒しているのだろうか。
でも、帰るのならこの時間で一人は危険だ。
警戒心をといてもらって、帰り道につきそうくらいのことはしないと。
「遅くまでお仕事して偉いね。」
とりあえず褒めて、頭を撫でてみる。
少女は手が触れそうになった時にびくっと大きく震えて固まったが、何度か頭を撫でるとそっと私の顔を見上げてきた。
子供の扱いはよくわからないが、イメージ的にこんな感じでいいだろう。
それになんだかとっても可愛くて庇護欲を誘う子なのだ。
「・・・偉い?私が?」
少女は満月のような瞳をまんまると見開く。
表情の動きがない分、大きく見開いた目が引き立つ。
虚ろだった瞳に夜空の光がうつされて、きらめく。
なんだか不思議な子。
ちょっと褒めて頭を撫でるだけでこんなに驚くなんて。
「うん、偉い偉い。」
なんだか面白くなってそのまま頭を撫で続けた。
夜空色の髪は不思議と滑らかでなで心地が良い。
少女は慣れてきたのか目をつむり、されるがままになっている。
「・・・本当に可愛い。」
思わず私はぎゅっと抱きしめた。
「私の名前はディオッサっていうの。22歳よ。あなたは?」
少女はまた瞳をまんまると見開く。
名前を聞かれたことに驚いているようだ。
「・・・ランって言います。12歳です。」
失礼ながら手入れされていない様子や襤褸の服を着ていたことからてっきり浮浪児かと思っていた。
敬語が使えるということはそれなりのしつけを受けているのだろう。
「あら!敬語も使えるのね。すごい!」
思わず言った言葉に、少女は俯く。
この世の終わりみたいな雰囲気をだしている。
「私なんて全然すごくないです・・・。」
この子はいったいどんな世界で育ったんだろう。
まだほんの子供なのに。
きっといろいろな思いを背負っているだろうことが伺えた。
「ううん、すごいよ!ランちゃんは可愛くてすごい!」
そういって抱きしめる。
自分で自分を卑下する言葉を使わないで、という言葉の代わりに抱きしめる。
「そんな可愛いランちゃんはここで何してるの?」
「えっと、追い出されて行くとこがなくて・・・。」
「まぁ!ひどい奉公先ね。こんな可愛い子を追い出すなんて信じられない!」
やはり、ろくな環境ではないようだ。
こんなに可愛らしい女の子なのに。
「でも、こんな時間に女の子一人じゃ危ないよ。一人で帰るのが怖いなら一緒に謝りにいってあげようか?」
少女一人だとまた折檻されるかもしれないが、私も一緒にいけばなんとかなるだろう。
まぁ、今夜だけのことだろうけど。
少女の肌をよく見ると古傷や青あざが多い。
頭を撫でようとしたときの怯えようからいって、日常的に暴力をふるわれているのかもしれない。
「・・・帰りたくない、です。」
少女に浮かぶ満月の瞳が潤む。
表情の変化があまりない少女がこれほど怯える環境。
まぁ、現代日本でこの状況で連れ去ったら誘拐だろうけどこの世界だし連れて行っても大丈夫かなぁ・・・。
日本では神待ちとかいって、少女が家出先を確保することを言ってたけど、少女が被害にあったり、相手の大人が逮捕されたりしてどっちもどっちだなぁって思っていたけれど。
あの少女たちもこの子のように帰りたくない事情があって、誰でもいいから助けを求めるほどつらかったのかもしれない。
私はこの少女に手を伸ばしていいものか考える。
この世界は10歳頃に見習いとして奉公先をみつけ、早ければ12歳、遅くても15歳頃には就職先をみつけるのが常識だ。貧しい家の場合は、10歳を迎えた途端外に追い出してしまう家もあるという。まだ食糧事情に明るくない、貧富差がある世界ではやむを得ないことなのかも知れない。
私が小遣い稼ぎをしているギルドも10代前半からパーティに入ってスキル職を目指している子が多い。
良いも悪くも、平民は実力で職を掴む世界だ。親の仕事をすればいいっていうもんじゃないから、能力が低い子は苦労する。
特にこの子は夜色の髪だ。
私は黒髪黒目が当たり前の日本の価値観があるからかなんとも思わないし、むしろ安心する。
でも、暖色系のパステルカラーの髪が当たり前の世界で。
こんなにもはっきりとした夜色の髪だと生きづらいだろう。なんかこの世界では黒髪が忌み嫌われるからとかいう理由で私の黒髪と黒瞳の色も変えたみたいだし。
「うーん・・・行くところがないなら、とりあえず私のテントに来る?」
まぁ、もう夜も遅いし、この子の家の人も寝ているだろう。
明日の朝目が覚めてから送り届けるか一緒に来るか改めてきいてみればいいかな~。
「・・・いいんですか?」
顔をあげた少女の満月の瞳がきらめき、頬が赤く染まる。
希望を見出した表情は僅かながら微笑んでいるようだ。
長らくの間笑うことなんて忘れていた人の笑顔ってこんな感じじゃないかな。
「送っていってもいいんだけど、奉公先は謝ったら許してくれるところじゃないんでしょ?」
「・・・なんでわかるんですか?」
「わかるよ」
少女に自分がつけていた外套をかけた。
春が近いとはいえ、こんな薄手の格好で外に追い出すような家に返したいとは思えない。
「うぅ・・・っ」
少女の目からポロポロと涙がこぼれる。
私は黙って私の背中を撫でてくれる。
どんな言葉よりもそばにいてくれることが慰めになることもあることを私は知っている。
「わ、私のこと要らないって。もう帰ってくるなって・・・。もうずっと何年も言われてるの・・・。」
「そっか。」
「も、もう帰りたくない。あそこは私の家じゃないの・・・。」
あぁ、なんてことだろう。
てっきり奉公先を追い出されたかと思っていたが、きっと彼女は自分の家族に虐げられていたのだ。
実の親なのかどうかまではわからない。
けど、彼女は家族に虐げられていたことに気づいてほしくなさそうだ。
私はこのまま気づかないふりをしよう。
そしてこの幼気な少女に本当の家族以上の愛情を注いで笑顔を取り戻してあげたい。
私も逃亡した独り身だし。
旅は道連れ、世は情けっていうし!
一人だけのあてのない旅より、二人でいろんなことを楽しみながらする旅の方がきっと楽しい。
それになにより可愛いし!!
私は言葉にはしなかったが、その決意が伝わるように願いながら少女が泣き止むまで背中を撫で続けた。
とりあえず、これでディオさんのお話はおしまいです!
ランちゃん視点でのディオさんとの女子旅のお話を連載中です。
よろしければぜひ遊びに来てください。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
次回はちょっとしたおまけエピソードです。