第八話です。
『大図書館』
次の日、5人で食事を済ますと、ダンもコジロウもそそくさと私用に出かけて行ってしまった。
「あんちゃん、俺は鍛冶屋に相棒を取りに行ってくるから、またジェネに案内してもらうんだぜ」
「…」
うまくやれよ~、とダンが捨て台詞を吐きながら宿から出て行った。コジロウもそれを見送るとすぐに出て行ってしまった。
「コジロウはたぶん道場よ」
ジェネが補足してくれた。昨日も顔を出していたようだが、剣道場のような施設があるのだろうか。
「ステラは?今日も図書館?」
僕が尋ねると、ええ、とステラがいつもの色っぽい笑みを浮かべて答える。
「ねね、僕もついていってもいいかな?」
「えー、図書館なんて面白くないわよー!」
ジェネがぶー垂れている。それを見てステラが子供を優しく叱るようにジェネを諭す。
「ジェネ~?あなたも少しは本を読んだ方がいいわ、仮にも私たちのリーダーなんですから」
うう、とばつの悪そうにしているジェネが、僕に助けを求めるようにチラチラ見てくる。
「うーん、この世界についてわからないことだらけだし、行ってみたいんだけどなあ?」
なんとなく追い打ちをかけてからかってやる。するとステラが、グッジョブ、と言わんばかりにウインクしてくれた。
「あー!もー!わかったわよお、行けばいいんでしょ!行けばあ!」
僕がとどめの一撃を刺し、僕とジェネとステラの三人で『大図書館』へと足を運ぶのだった。
傘を開き、僕たちは歩きだした。『大図書館』は僕たちが入ってきた検問所から右手、『神殿』からみて西側にあるらしい。
「ステラはどんな本を読んでるのー?」
興味本位で質問してみる。
「うーん、魔道学の本が多いけど、物語も読むわよ」
「あんなの読んでたら頭が痛くなるわ!」
ステラとの会話にジェネが不満げに割り込んでくる。
「お得意の魔道でなんとかできるわよねえ?ジェネ~?」
ステラの皮肉交じりの返しにジェネが、うぐっ、と図星を突かれていた。
そんなふうに楽しくおしゃべりをしながら歩いていると、ステラがある建物を指さした。
「あれが『大図書館』よ」
指さした先にあるのは、大きい城に近い建物だった。
『神殿』の半分くらいの高さだろうか。真ん中には大きな時計塔、面積も十分なくらいで、しっかりと整備された美しい庭園が広がり、まわりにはなぜか噴水のようなものが何本も天高く噴出している。ディ〇ニー感がすごい。
「す、すげえ……」
僕は思わず感嘆を漏らす。僕が田舎住みだったということもあるが、異世界はやはりスケールが違いすぎる。
「『神都』のなかでは『神殿』の次に大きい建物なのよ」
「無駄にね!むだに!」
ジェネ~?とステラがまたジェネを叱っている。しかし、僕はそんなことは目に入らないほど『大図書館』を見つめながら驚嘆していた。
「雨脚も強くなってきたし、入りましょうか」
「う、うん!」
そして、僕ら三人は『大図書館』の中へと入った。
なかは、想像以上だった。壁一面に敷き詰められた大量の本の数々に、エントランスの中心には大きな階段が堂々と存在感を放っている。そのまわりには読書スペースだろう、イスと机が立ち並んでいる。何階建てなのだろうか、一番上の階の中央の踊り場にまで本棚がずらりと並んでいるようだ。そして司書の人だろうか、制服を着た女性が10人くらい、エントランスの両端でカウンターで書類をまとめていたり、本の整理をしているようだった。
「大きいね!!」
「でしょお?『神都』の脳とも呼ばれているのよ」
でもよく見ると、何か違和感があった。階段がエントランスから伸びている、あの大きな階段しかない。ざっと10階以上はあるというのに。
「ステラ、二階までしか見れないの?」
僕が質問する。
「ううん、ちがうわ。あの壁の本棚がつながってないところがあるでしょ?」
そういいながら、ステラが4点を指さす。
「あそこが『原始階段』になっていて階上にあがれるようになっているの」
「げんしかいだん……?」
聞きなれない単語に思わず反復すると、今度はジェネが教えてくれる。
「昨日、『神殿』でもやったでしょ。上昇する地面のことよ」
あーあれか、と僕が納得すると、ステラが補足してくれる。
「『原始階段』。昔、『法都』から伝わった技術なの」
「へえ、あれが『原始』の技術なんだあ」
僕たちは階段を上がり、『原始階段』を使って、ステラが読みたい本の階へ到着する。僕もなにか読もうかと思って吟味していると、ジェネが聞いてきた。
「ヨーイチ、あんた文字は読めるわけ?」
言われてみると確かにそうだ。ジェネの容姿が前の世界と同じだったから、言葉が通じることに違和感を覚えなかった。しかしよく考えてみれば『神都』は明らかに僕の元いた世界とは別の発展を遂げている。
「んー、どうだろ」
あいまいな回答をしながら、適当に目の前にあった本を一冊手に取る。パラパラと軽く本を眺める。
読めない……。
ジェネの予想通りだった。理解しがたい言語の羅列がその本には印刷されていた。
「よ、よめない……」
「あはは!やっぱりそうよねえ!」
ジェネに笑われる。今日は僕が優位に立っていたからかなんとなく悔しい。するとお目当ての本を見つけたのか、ステラがこちらに分厚い本を三冊ほど抱えてやってくる。
「ジェネ、あなたは読めるんだから読み聞かせてあげなさいな」
「ぅえっ!?」
なるほど、名案である。ステラの提案に少々勝ち誇っていたジェネは、豆鉄砲を食らったかのような声を上げる。
「一階にあるおとぎ話がいいんじゃないかしら?」
「ちょっ!いやよっ!」
ジェネはどうやら本当に読書が嫌いらしい。
「あーあ、ヨーイチくんかわいそー、鬼リーダー、小姑ジェネ~」
わざとらしくステラがジェネをあおる。
「も、もお!わかったわよ!読めばいいんでしょ!読めば!」
さすがはステラだ。博識さはジェネの扱いにまで長けているようだ。
そんなやり取りをして、僕らはまた一階まで下りた。ステラは一階の座席に座ると、胸から眼鏡を取り出して本を開いた。僕とジェネは本を選んでいた。
「ほら、どれがいいの?」
「んーと……ごめん読めない」
申し訳なさそうに僕は照れ笑いをする。仕方ないわねぇ、と呆れられながらジェネが一冊手に取り、ステラが座っている向かいに座った。机をはさみ向かい合うとちらりとステラを見る。眼鏡のステラも理知的で美人だ。
「ほら、読んであげるから」
「ありがとう」
読み聞かせてもらうなんて何十年ぶりのことだろうか。ジェネの可愛らしい声で物語は始まった。
本の内容は、魔王と勇者が最初に争っていたが、最後には和解し、大団円で幕を閉じるという良い意味でおとぎ話らしい、ありきたりな内容であった。
「この世界にも魔王がいるの?」
読み終えると僕が素朴な疑問を投げかける。読みつかれたのかジェネはぐったりしていて答える気力はないようだ。それを見かねたステラが答えてくれた。
「いることにはいるけど、通称ね。人型の『神獣』を魔王と呼ぶのが一般的なの」
「しんじゅう……?」
また聞きなれない言葉に反復して質問する。
「『神獣』っていうのは、簡単に言えば災害みたいなものね」
そう言うと続けざまにステラが解説してくれた。
『神獣』はモンスターとかではなく、神の使いという扱いで、人々に試練をもたらす存在らしい。そしてそれは4種類。“人”、“猫”、“犬”、“天”というかたちで分けられている。“天”はいわゆる天災のことで、地震とか洪水とかをひっくるめた実体のない試練。ほか三つはそのまま名前の通りそのかたちで現れるらしい。“人”は『魔王』、“猫”は『ケット・シー』、“犬”は『クー・シー』と一般的に呼ばれている。一説では“犬”は幸福をもたらすとかなんとか。
「実物を見たことはないけどね」
最期にそう付け足し、解説をし終えたステラは自分の本に目を落とした。ジェネもようやく回復したのか、むくっと机から顔を上げる。
「こんなところにいたら、あたしのからだがもたないっ!」
元気を取り戻したかと思えば、いきなりそう言ってジェネは立ち上がり、僕の腕をつかむ。
「ステラ、悪いけどこの本も戻しといて!」
「はいはい」
ジェネのお願いをステラは本を読みながら軽く受け流す。
そして僕はジェネに引っ張られるまま『大図書館』をあとにしたのだった。
つづきます。