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第七話です。

『空席』



 『神都しんと』に急いで直行した僕たちはずぶ濡れだった。急いで宿に逃げ込む。


「もお!最悪だわ!」

「へくちっ!はあ、風邪ひいちゃうわあ」


 びしょ濡れの美女二人がうんざりしている。そんなことよりもステラのくしゃみが可愛らしい。ギャップ萌えというやつなのか、これが。


「あンちゃン、俺らも着替えッかア」

「…」

「だね、このままじゃさすがに風邪ひいちゃうよ」


 そう言って僕らはそれぞれの部屋へ向かったのだった。宿に備え付けられているシャワーを浴びて着替えると、ダンが独り言のように口を開く。


「こリャ、仕事は無理だなア」

「…」


 ダンもコジロウもちょっと嬉しそうだった。冒険者にとっては雨の日が定休日らしい。そして休日がうれしいのは全世界共通のようだ。


ドンドン!


 乱暴に扉を叩く音とともに可愛らしい声が聞こえる。


「あんたたちぃー、今日休みだから―!」


 帰り道のせいで昼を過ぎてから知らされる休日であった。日本なら、くそ上司だ、ブラックだ、などと叩かれるだろう。まあ働いたことないけど。


「あとヨーイチー!ちょっと来なさーい!」

「えっ?」


 リーダーのご指名に、ダンとコジロウが首でクイクイとゴーサインを出す。

 僕は恐る恐るジェネのもとに向かう。


「ほらっ!街の案内してあげるから!」

「え、あ、うん。ありがとう」


 ジェネに傘を手渡される。そして雨の降る街に僕とジェネは繰り出した。




 やっぱり『神都』は何度見ても楽しい。日本にはなかったものがここにはたくさんあるのだ。


夢、希望、ドリイイムッ!!


「ねね、前にステラが言ってた『法都ほうと』ってのはこことは違う国なの?」

「くに?よくわからないけど、『神都しんと』からみて東に行くとあるわ」

「へえ、ここと何か違うの?もしかして獣人がいるとか!?」

「え、なんでわかったの?まあ『法都』と『神都』は研究しているものが違うだけよ」


 雨の降る街を歩きながら、ジェネに質問責めしていく。


 回答を聞く限り、“原始”を研究して発展したのが『法都』で、“魔道”を研究して発展したのがここ、『神都』ということだった。『法都』は、はるか昔に『神都』から移住した人間が築いたんだとか。


「どっちも『始典』を基にしているのは変わらないわよ」

「へえー、そうなのかあ」


 ジェネと会話しながらしばらく歩くと、最初に案内されたときにいけなかった街の中央に近づいてくる。街の外からでも見えていた大きな塔のような建物に向かっているようだ。

 また質問をする。


「あの塔みたいのはなんなの?」

「あれは『神殿』よ。今日はあそこに案内しようと思ってたの」

「高いねえ……」

「ここの人はあれを目印に街を歩くのよ」

「なるほどねえ」


 雲に届きそうなまでの高さだ。雨のせいで華やかさはあまりない。


「着いたわ。ここが入り口よ」

「へえ……でっかいなあ」


 間近で見ると本当に高い。それに意外と横も大きい。異世界の東京タワーって感じだ。

 僕がその『神殿』に気を取られていると、ジェネが急かす。


「ほら、入るわよ」

「う、うん」


 ゴクリ、となんとなく唾をのむ。大きな入り口からではなく、脇にある小さな入り口から普通に入る。




 なかは驚くほどに殺風景だった。広すぎる空間の中心にイスのようなものだけがぽつんと寂しそうにたたずんでいた。日が出ていないせいで『神殿』内は薄暗く、広い空間に物が一つだけという異常さで物々しい雰囲気が漂っていた。


「ほら、こっちに来なさい」


 僕があっけにとられているとジェネが僕の手を引いて、中心に向かっていく。

 徐々に近づいて見ていると、本当にただのイスらしかった。


「あれは……?」

「『空席』よ」


 今はそんなこと聞いてるんじゃない、と僕が言うよりも先にジェネが続ける。


「過去に神様がいたとされるイスなのよ」


 イスまでたどり着くと、ジェネが優しくそれに触れる。すると、イスの周りの地面が淡く発光し始める。


「え、これは!?」

「大丈夫よ。いいものが見れるわ」


 薄暗い塔内にそれは幻想的に作動する。


 ゆっくりと円状に切り取られた地面は上昇していく。そして塔の頂上に到着したところで停止した。円状の地面は頂上の円周にぴたりと合致し、僕が元いた世界の自室程度の小さな一室に変わる。

 まわりはガラス張りで『神都』が一望できた。高所恐怖症なら間違いなく失禁するほどの高さだ。


「す、すげえ……」

「きれいでしょう?『神都』だけじゃなくて周囲の村も見れるの」


 ジェネのバフのおかげで視力も上がっているため、この高さでも雨の『神都』を歩いている人をはっきりと確認できる。


「『法都』はー?どこどこー??」

「あっちの方角だけど、鉱山をはさんでいるから、ここからだと見えないわね」

「そうなんだあ」

「あの鉱山のふもとから左手のあそこ。今日、急いで帰ってきた村ね」


 そういってジェネは指をさす。あそこの人間まではさすがに確認できなかったが、村の位置は何とか把握できた。『神都』のまわりを見ると山々に囲まれていて、そのふもとに大きな湖があったり、たくさんの村々が見えた。


 僕が目をキラキラさせながら夢中になって眺めていると、ジェネが恥ずかしそうに口を開いた。


「あの、さ。助けてくれてありがとっ……これが、その、お返しだから……」


 ジェネが頬を赤く染めている。しかし、あれは僕が気をそらしたせいもあるのでマッチポンプ感は否めない。だがジェネがかわいすぎて、恥ずかしくなってきた僕は、外を眺めながら『神殿』から見える建物について質問してその恥ずかしさをごまかすのだった。


 僕が存分に質問した後、二人で外を眺めているとジェネが口を開いた。


「さて、そろそろもう一つの目的を始めましょうか」

「え、なになに??」


 僕が興味津々で尋ねる。それにジェネが質問で返してくる。


「ヨーイチ、あたしたちの仲間になる気はある?」


 ジェネの質問に選択の余地はない。答えるまでもなく、僕の答えはイエスだった。首をうんうんと縦に揺らす僕を見て、ジェネが嬉しそうに笑う。

 そして会話を続けた。


「今からするのは、冒険者の通過儀礼みたいなものよ」

「え、もしかして試験があるの!?」


 僕は少年漫画でよくある命懸けの試練とかを乗り越えなくてはならないのかと思い、身構える。するとジェネは大きく首を振って否定する。


「あたしに忠誠を誓うのよ」

「うえぇ……」

「ちょっ!!なんでそんなに嫌そうなのよっ!?」


 気持ちが顔に出てしまったようだ。少しばかりショックだったのか、ジェネが慌てている。



 ゴホンッ、と軽く咳払いをして、まじめな顔になったジェネが続ける。


「忠誠といってもそこまで重いものじゃないわ」

「うん?」



「あたしと一緒に戦って、どんな状況に陥ったとしても仲間を見捨てないことを誓いなさい。それだけよ」



 なんとなく理解した。ジェネの芯がしっかりとしているのはきっとこの忠誠を自分自身に強く課しているからなのだろう。そして僕を正式な仲間に引き入れてくれるということは、ジェネが僕を認めてくれた証だ。

 元いた世界では考えられなかった。誰かに認められることがこんなにも嬉しいことだったなんて……。




 『空席』の前で儀礼は行われた。僕はジェネの前にひざまづき、ジェネは悠然と僕を見下ろす。


もう失敗なんてしない。この世界で僕はやり直すんだ。


 その決意とともに、僕はその忠誠を自分の胸に強く誓った。



 そして僕がジェネの左手を手に取る。その薬指に優しく口づけを交わした。






 『神殿』からの帰り道、雨はまだ止まない。



 馬が二頭、大きな馬車を引いて僕ら二人とすれ違う。布を被せられた荷台の隙間からは小さな子供がぼろぼろの服を着てこちらを羨ましそうに覗いていた。


「あれは?」

「奴隷よ、珍しいもんじゃないわ」


 ジェネはまたどこかやるせないような顔をして答える。


「そんな……」

「まさかあの子たちにも何かしてやれ、とでも言うんじゃないでしょうね?」


 僕が通り過ぎた奴隷の子供たちを目で追っていたために、ジェネに先手を打たれる。

 村の一件でも感じたが、ジェネもできるならば救ってやりたいのだろう。これ以上は聞くな、と無言の圧力を感じた僕はそれ以上の言及をしなかった。


 しばらく歩いていくと、子供くらいの人影が現れる。


「うッ!!!」


エンド……いや『終焉』だ。


「はあはあ……!」


恐い。


 僕は進行方向にいる『終焉』に嫌悪感と恐怖を隠せない。思わずその場から逃げ出してしまいそうになるが、ジェネに腕をつかまれる。


「大丈夫よ、大丈夫」


 僕の必死の形相にいち早く気づいたのだろう。ジェネが僕の手を強くつかみながら、優しい口調で落ち着かせてくれる。

 ジェネの手から伝わる熱に、はりつめていた緊張は徐々に融解していく。魔道の類ではない。その優しい熱に僕はすぐ落ち着きを取り戻し、宿への帰路を再開した。




「あ、ダン!!」

「あんちャンじャねエか!オいおイ、デートはもう終わッたのカア?」


 宿屋が見えてきたところで、偶然鍛冶屋から出てきたダンに笑いながら冷やかされる。


「で、デートじゃないわよっ!バッカじゃないのっ!!」


 顔を真っ赤にしたジェネがぷいっとそっぽを向き大きな声で否定する。そんなジェネを見てダンが大笑いする。


「冒険者の忠誠を誓ったんだよ!」

「おおォ!あンちゃンもこれで俺たちの仲間ッてワケだなア。まァ俺は出会った時から生キ別れた兄弟だと思ッてたがなア!!」


 僕の報告にダンは心から喜んでくれた。それを見て思わず、こちらまで嬉しくなる。


「ま、そういうわけだから!あんたが守ってやんなさいよねっ!」


 ジェネの忠告に、はいはい、とダンがニコニコして答えた。ダンは防具も見るからと言って、塔の方向に歩いて行った。ダンの巨体のせいか傘が小さすぎてギャグのようになっていた。




 宿に着いた。

 けっこうな距離だったが、疲労感は全くない。ジェネの魔道のおかげもあるが、こんな美少女が隣を歩いてくれたら疲れはどこかに飛んでいく。


「それじゃ、この雨じゃ明日も休みね。また案内してほしかったら、あたしに言いなさい?」

「うん、今日はありがと!」


 ジェネは身に着けているものを自分で整備できるから暇らしい。手をひらひらと振って女部屋に戻っていった。僕も部屋に戻る。コジロウもどこかに出かけているようだ。

 部屋が貸し切りなのを確認すると、ダンにもらった短剣を抜き、軽くポーズをとる。はたから見れば目も当てらない痛さだが、異世界に放り出されてこれをしない奴がいるだろうか。コジロウにもらった防具をひと撫でし、僕は満足する。



 そして戻ってきたダンとコジロウと一緒にトランプに似たカードゲームをやりながら、夜は過ごしたのだった。

つづきます。

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