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第六話です。

『神との約束』



「まったく何回気絶したら気が済むのよ、こいつは……」

「一回目はあなたでしょう?ジェネ~?」

「はっはっは!あんちゃンに助けられちまったなア!」

「・・・」


 意識の末端で声が聞こえる。


「う、うーん……」


 闇の世界に光が差し込んでくる。


「あっ!おきたっ!」


 可愛らしい声が聞こえてくる。光にまだ慣れない僕は起き上がろうとして上体を起こす。


頭がふらふらする。やばい、たおれる。


むにゅんっ


 その甘い香りと極上の柔らかさに僕の意識はもう一度闇へと引きずり込まれ……


「ちょっ!!なにすんのよっ!!!」


どすっ!


「うぐっ!!!」


 鈍い音ともに鈍痛がからだに走る。その衝撃によって僕はようやく覚醒する。


「いでえええええ!!!」


 僕は思わず叫ぶ。遠くで男女が一人の仲間を叱責している。


「ジェネっ!やりすぎよっ!!」

「おいおいィ、胸にダイブくらいは許してやれよオ」

「・・・」

「だ、だってぇ……」


 3人に責められ、さすがのジェネも申し訳なさそうにもじもじしている。

 どうやら気絶した後、僕が目を覚まさないものだから、仕方なく『化けイノシシ』を置いたまま村に帰ってきたみたいだ。


 僕が頭を押さえながら戻ると、ジェネは頭を下げて謝った。


「ご、ごめん……ヨーイチ」

「え?あ、いいよいいよ。目もすっかり覚めたし」

「よかったわあ、ジェネの魔道でも目を覚まさないから死んだのかと思っちゃった」

「ワはは!あんちゃンがイノシシごときにくたばるかよオ!」

「・・・」


 みんな心配してくれたいたようだ。素直にうれしかった。


「さあ飯だ飯ッ!村の男どもが俺たちの倒したイノシシを回収したらしいからなア!きっと豪勢だぜエ!」


 ダンが威勢よく言うと、僕らはディナーに足を運んだのだった。



 夕飯はこの村で出された料理とは思えないほど、肉と酒にあふれていた。うまかった。


「約束の報酬じゃ、冒険者さんや」


 と村長がジェネに手渡した。中身を確認すると書類のようなものにサインしていた。案外しっかりしているようだ。



 がやがやと宴会のように飲み食いした後、酒に強くない僕は一足先に部屋に退散するのだった。

 部屋に戻る途中、お酒が飲めずに僕より先に退場していたジェネが廊下の窓から月を見ていた。階段を昇る足音で気づいたのだろう、僕の存在に先に気付いたジェネが口を開く。


「今日は、その、ありがとね」

「ほへ?でもあれは……」


 僕は酔っていたせいか言葉が追い付かなかった。


「助けてくれてありがとって言ってんのっ!」

「あれはジェネのバフが……」

「おやすみっ!!」


 僕の言葉も聞かずに、顔を真っ赤にしてジェネは女子部屋に慌てて戻るのだった。そして僕も男部屋に戻るとベッドに突っ伏し、すぐさま眠ってしまうのだった。




 目が覚めた。また微妙な時間に目が覚めてしまった。

 きょろきょろと部屋を見回すとダンとコジロウがあられもない姿でベッドに横たわっている。コジロウはともかく、ダンのサービスシーンは最悪であった。


「誰得だよ……」


 ぼそっとつぶやくと、僕は催してきたので外に設置されてあるトイレに向かう。

 昨晩と同様に少女が祈りをささげていた。祈りの邪魔をしてはかわいそうだろうと思い、今回は寄り道せずにトイレに向かう。



 その帰り道、今度は僕に気付いた少女から声をかけられた。


「あ、あの!イノシシおいしかったです!ありがとうございましたっ!」

「え?」


 肉はジェネの提案で村の住民全員に配られた。あの巨体を5人で完食しろというのも拷問に近かったからだろう。


「ああ、僕は大したことしてないし……」

「いえ!すごいです!母もおいしいおいしいって食べてくれましたよ!」

「そっかあ、お母さんの具合はどう?」

「今日のごちそうで少し元気になったと思います!」

「それはよかったね」


 元気になったといっても、快方に向かっているということではないだろう。健気すぎるその少女の頭をまた僕は撫でる。


「それじゃあね、お祈りもほどほどにね」

「えへへ、ありがとうございましたっ!」


 少女と別れ、僕は部屋に戻るのだった。


「薬草か……明日、ジェネに頼んでみるか」


 僕は目閉じた。




ばっ!


 今日は叩き起こされたりしないぞ、という覚悟をもって僕は起き上がる。すると案の定ジェネが叩き起こす寸前だった。


あぶないあぶない。


「おはよう」

「お、おはよう」


 きょとんとした顔のジェネに僕は言い放つ。すると後ろからもほかの面々の声が聞こえるのだった。


 朝食も昨日の残りということもあり、豪華なラインナップだった。その優雅な朝食中、僕はジェネにお願いしてみた。


「ジェネ、報酬の薬草を少し分けてくれないか?」

「ダメよ」


 肉をハムスターのようにほっぺをぱんぱんにしてほおばるジェネはゴックンと飲み下すと、まじめな顔でそう言った。あたりまえだ。出会って数日の怪しげな男に、せっかくの報酬をやる道理などあるはずがない。

 だが僕は引き下がらない。


「たのむ、少しでいいんだ」

「ダメよ」


 ジェネは頑なに首を縦に振らない。それに見かねたダンが僕に問いかける。


「あんちゃン、どうしたんだア?急に薬草が欲しいだなんてよオ?」


 病気にでもなっちまったか、とダンが笑う。

 僕はジェネに説明する。少女の母親が病気だから分けてくれ、と。それを聞いてもなお、ジェネは揺らがない。


「ダメなものはダメよ。残酷かもしれないけど、村長がその人を助けずに私たちの報酬にしたのはなんでだと思う?」

「う、それは……」


「苦しんでる人を助けるのは素晴らしいことよ。でも全員を救うことはできない。ましてや名前も知らない少女に、命懸けで戦ってくれた仲間の努力をタダで与えることはできないわ」

「ぐぬぬ……」


 ジェネの言うことはもっともだった。いつもは傍若無人だが芯がしっかりしている。僕はジェネに優しく諭されてしまった。

 ジェネの言う通り、僕は少女の名前も知らなければ母親も見たことはない。しかし、でも、こんな異世界に来てまでわけのわからない理不尽なんかに葬り去りたくはないのだ。


「それにもしその子が嘘をついていたら、それこそ大変なことになるわ」

「そう、だな……」


 僕はその時だけは納得したふりをした。しかし、僕を諭したジェネの方がどこかやるせない表情をしていたように見えた。



 残りの朝食を食べながら考えていた。


『魔導書』に必要な生命エネルギーとは?なぜ二日前の“約束”はなぜ果たされなかったのか?


 そして僕は過去の例をたどった。


 一度目の“約束”はエンドに追い詰められていて冷や汗とか痙攣とか失禁とかそれはもう酷かった。二度目の“約束”は『何もない世界』に絶望して涙を流していた。三度目はライトノベルを読もうとしていた時だったか、親指を切っていた気がする。そういえば親指を切っていた。汗、涙、出血。

 そして僕はある仮説を立てる。生命エネルギーではなく、生命情報が必要なのではないだろうか。



 僕は朝食を済ませると4人に、部屋に忘れ物をした、と言って実験を決行する。

 ベッドに腰を掛けるとステラにもらった革袋から、『魔導書』を取り出す。ダンにもらった短剣で親指を少しばかり切る。少量だが出血が始まる。


「人々が水に困らない世界にしてくれ」


ポタンッ


 親指から滴る紅い血が『魔導書』に一滴落ちた。



――――白い光があたりを包み始める。雪のように白い光だ。



 僕はその光のまばゆさにまた目を閉じた。




 目を開けた。すぐさま自分のからだをまさぐり、異常がないか確認する。

 どうやら僕は何ともないようだ。雨は降っていない。しかしどんよりと灰色の雲が村の上空を覆っていた。


ドンドンドン!


「ヨーイチー!雨が降りそうだからさっさと出るわよー!」


 ジェネの声が部屋の扉の向こうから聞こえた。


「今行くよ!」


 支度は朝食の前に済ませていたので、ベッドから立ち上がるとすぐに向かった。途中、階段で足を踏み外してダンが大笑いする。


 空は今にも雨が降り出しそうだ。急いで村の入り口付近の厩舎へと、僕たちは歩き始めた。


「また近くを通ったら立ち寄ってくだされ」


 村長にそう言われると僕たちは馬にまたがる。その頃にはもう、ぽつりぽつりと少しばかりの雨が降り出していた。


「降ってきたわ!行くわよ!」


 ジェネの掛け声とともに馬を走りださせる。雨の気配に誘われて村人たちがみな外に出払ってきていた。

 しかし、毎晩夜なべで祈りをささげる少女はまだ寝ているのだろうか、どこにも見当たらなかった。


 駆け出してすぐに村の方へ振り向くと、雨は降り出し始め、村人が両手を上げて歓喜しているのが見えた。


 その中に『終焉』が一人、こちらを見つめているような気がした。



つづきます。

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