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第五話です。

『化けイノシシ』



「おきなさい!ヨーイチー!!もう朝よー!!」


 真っ暗な世界にジェネの声が響く。


「う、うーん……」

「ジェネよオ、あんちゃンは昨日が初仕事だったんだゼ?もっと女らしく起こしてやれんもンかねエ」

「・・・」

「あたしの魔道で疲労は回復してるはずよ!いいから起きなさいっ!!」


ドゴオ!!


 鈍い音とともに僕は二階の寝室のベッドから放り出され、そのまま開け放たれていた窓から落ちる。


「えっ!!!???」


 目を開けた時には僕は落下している。走馬灯が駆け巡る。


「ああ、僕の異世界生活はここで幕を……」


べちんっ!!


 今度は別の鈍い音が村に鳴り響いた。


ああ、死んだんだ。僕は……


 遠のいていく意識の中、落下してきたであろう二階の部屋の窓から声がする。


「おいオイ、いくらなンでも蹴り起こす女がいるかよ……」

「・・・」

「死にゃあしないわ!あたしの魔道でどうにでもなるもの!」

「お、お前なア……」

「・・・」


 地面に叩きつけられたカエルのような態勢のまま天からの声に耳を傾けるのだった。

 最高の世界で人生最悪の目覚めを経験した。




「2回目はなしよ!」

「2回って、最初は……?」

「昨日の出発するときよ」

「あ、ああ、たしかに……」


 ジェネに叱られながら回復魔道で体を治療してもらっていた。そして僕のからだを全快にさせるついでに、スライム狩りの時のバフもかけてもらう。


「よし……と、感謝しなさいよねっ!」


誰のせいで……


 と言いかけそうになるが、やめておいた。なんとなく危険なにおいがしたからだ。とんだマッチポンプ女である。


 質素すぎる朝食を済ませたあと僕らは村の村長に依頼を受けた。


「冒険者さんや、この村の近くに『化けイノシシ』が出たんじゃ、討伐を頼みたい」


『化けイノシシ』!?……つ、つよそうだ。


 もちろん、と僕は即答してやりたくなるが、それを聞いたジェネが口を開く。


「報酬は?この村にそんなモンスターを倒した代価になるような財源はなさそうだけど?」


 意外だった。いや冒険で生計を立てていく上ではあたりまえなのか。ジェネの傍若無人な態度からは想像できないほどに打算的だった。


「もちろんある……これじゃ」

「ステラ、なにこれ?」


 村長が取り出した木箱にはびっしりと、草のようなものが敷き詰められている。僕の代わりにジェネがステラに問う。


「薬草ね。これは万能薬に必須なものよ。『神都しんと』でも『法都ほうと』でも高値で取引されているわ」

「そうじゃ、この村でしか育たない薬草じゃ」


 さすがはステラ、博識だ。なんでも知っている。


「ふーん、いいわ。引き受けましょう。いいわね?みんな」

「そうね」

「オーけーだ」

「・・・」

「お、おう」


 そうして僕たちは『化けイノシシ』退治に出発した。




「魔道って僕にも使えたりしないの?」


 道中の休憩地点に到着すると、僕は興味本位で尋ねてみた。


「ぶワッはっは!魔道ってのは男に使えるもンじゃあないぜエ?」


 ダンに笑われてしまうが、ステラがすかさず否定する。


「男に使えないのはジェネが使ってる“活性系”の魔道だけ。私のような“操作系”の魔道は男でも使えるわよ」


 威力は弱いけどね、と付け足す。そう言ってステラは魔道について語ってくれた。


 ステラいわく、『原始』を操るのが『魔道』らしい。『原始』、つまり炎、水、風、土、など元からある物を自由にコントロールするものなのだとか。ゆえに僕の知っている魔法のように、何もない空間に炎は起こせないし、水も出せたりはしない、ということだ。


「ジェネの魔道は?」

「あれは“活性系”といって物事の本来の能力を高める魔道よ。私は使えないわ」

「そうなのかー」


 そして、ジェネの魔道は回復させるというより、本来備わっている自然治癒能力を高めているということのようだ。要は死んだらゲームオーバーだ。


「ちょっとだけ教えてあげる」

「え、本当!?」

「はッはっは!無理無理!俺にもできないンだからなア!」


 ステラの誘いに乗り気な僕をダンが笑っている。


「あんたはガサツなだけでしょ。コジロウは少しだけど使えるでしょうがっ」


どすっ!


「・・・」


 ジェネがダンをまた森の奥へ蹴り飛ばした。なんとなく風が強くなる。これがコジロウの魔道なのだろうか。

 すると、ステラが僕の後ろへ回り込み両手をつかむ。


「手はこう。意識を集中するの」

「ひゃいっ!?」

「ち、近くないかしら……!?」


 いきなり手を優しく握られた僕は、情けない声が出してしまう。僕とステラの密着度合いを見て、なぜかジェネが焦っている。

 ……当たっている。やわらかい何かが、僕の背中に。心臓が高鳴って集中どころではない。


「これをもって……」

「ふぇ?う、うん……」


 ステラがそう言って金属製のライター、だろうか。片手に収まるくらいの大きさで、手にはよくフィットする形状だが、ライターにしては大きめだ。

 それを僕の右手に持たせて点火する。そしてステラが聞き取れない呪文を僕の耳元でささやく。


「‥m%a&?・よ。唱えて?」


 こんな至近距離だけでもドキドキが止まらないというのに、耳に甘い息がかかり、僕の理性が爆発する。

僕は……僕は…………



………僕は鼻から真っ赤な鮮血を噴き出して気絶した。


「わっ!だ、大丈夫!?ジェネ!早くっ!」

「わ、わかってるわよ!!」

「・・・」


 意識が遠のいていく中、そんな声を聴きながら僕は闇に沈んでいったのだった。幸せだった。

 どうやら僕に“魔道”はまだ早いようだった。




 そんなこともあったが、僕たちは『化けイノシシ』が住む大洞穴の前にたどり着いた。

 入口はとても大きく半径5mはあるであろう。奥の方は真っ暗な闇に包まれている。日は真上に昇っている。ジェネが僕にリーダー命令を下す。


「ヨーイチ、あんたは見学よ」

「ええ、足手まとい……?」

「はっきり言ってそうね」


ガーン……まあ当たり前の話だけど……


 落ち込む僕に気付いたのかすぐにジェネのフォローが入る。


「今回の標的が危険すぎるだけよ。討伐するのが精いっぱいってだけだから」

「そ、そっかあ……」

「しっかり目に焼き付けとくといいわ。……でももしもあたしたちが殺されたら素早く逃げなさい」

「え!?」


 そこまでの敵なのだろうか。僕は最悪のシナリオを想像して身震いする。



「さて、作戦を言うわ!」


 ジェネがそう言ってほかのメンバーに作戦を告げる。

 大洞穴で眠っている『化けイノシシ』をステラの炎で燻り出して、そこを叩くとのこと。単純だが理にはかなっていると思う。ステラは後方で援護射撃と司令塔、ダンとコジロウが切り込む。ジェネはそれに合わせて動くらしい。




―――そして作戦が始まった。


 ステラがなぞの呪文を点火させたライターに向かって唱える。すると炎は青く変色し、龍のような形に大きく広がり、洞穴へと一直線に向かって行く。不意打ちである。内心卑怯だなとか思っていたが、炎の熱にたまらず飛び出してくる生物を見た途端、そんな感情はどこかへ消える。


 大洞穴の入口を窮屈そうに飛び出してくる。4m以上もある大きな猪だ。


「あれが、『化けイノシシ』……」


 某アニメ映画で見るような大きな猪を実物で見れるとは思わなかった。勢いよく大洞穴から飛び出したせいか、獣臭さがこちらまで届く。

 大洞穴の上にスタンバイしていたダンが飛び出してきた大猪に身の丈ほどもある大剣を上空から振り下ろす。刃は大猪の背中に深々と突き刺さる。


「ビギャアアアアアアア!!!!」


 大猪の悲痛な叫び声が聞こえる。十分な距離をとっている僕ですら鼓膜が破れるのではないかと思うほどの咆哮だった。

 イノシシが激痛にひるむ一瞬、続けざまにコジロウが目にも止まらぬ素早さで大猪の足の腱を的確に切り落とす。


「ビィギャアアアアアア!!!!」


 今度は咆哮とともにその巨体が地面に伏す。動けなくなった大猪の両目にジェネが小さなナイフを華麗に突き刺す。


「ギィエエアアアアアア!!!」


 その一連のチームワークに僕はあっけにとられてしまう。その間、詠唱し続けていたステラが最大火力の魔道を放つ。


「………」


 驚くほどあっさりと大猪はその場にうずくまる。スムーズな4人の動きのせいであっけなく終わったように見えるが、1人でも呼吸を乱せばこちらがやられていただろう。

 素人の僕にでもわかるくらいその連携は美しく、華麗だった。


 4人は勝利の喜びを笑いながら分かち合っているようだった。それを見た僕は4人に駆け寄っていく。


「おーーーい!やったねー!」


 のんきな僕の声を聴くと4人は僕の方を見て笑ってくれた。


 すると、4人の後方で倒されたはずの『化けイノシシ』がゆっくり、ゆっくりと起き上がる。


「なっ!?」


 僕の呼びかけのせいで4人は気付いていない。


まずい!まずい!まずい!


 僕は焦る。完全に立ち上がった『化けイノシシ』は4人を標的にとらえている。僕は全速力で走る。ジェネの頭を狙って『化けイノシシ』が大きな口を開く。


ダメだ。間に合わない!!速度が、速度が足りないッ!!


 脳裏をよぎるのは最悪のシナリオ。僕は必死でスピードのことだけを考える。するとどこからか突風が追い風となって僕の背中を強く押した。否、吹き飛ばした。


「ぐぉぉおおおおおお!!!」


 その勢いに身を任せ、腰の短剣を引き抜くと僕は一直線に『化けイノシシ』の脳天めがけて空中を突進した。


ザシュッ!!!


「ビギェェェャアアアアアアアアアッッッ!!!」



 それが『化けイノシシ』の断末魔となった。

 鼓膜を破るほどの断末魔と4人の仰天の表情を最後に僕はまた闇に沈むのだった。


つづきます。

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