第三話です。
『神都』
『神都』に到着し、検問を終える。
「ここが『神都』……!」
城壁の中に入ると、僕が渇望していた景色が広がっている。カルチャーショックな非現実に浸っていると、ジェネが僕に聞いてくる。
「ヨーイチは、こっちの世界?が初めてってことはここも初めてってことよね?」
「うん!すごい!圧巻だよ!」
「なら、あたしたちが案内してあげるわ」
その提案に僕が首を縦に振らない理由はなかった。
「本当!?ありがたいよ!!」
「いいわよ、そうしないとうちのでかいのがうるさいしね」
おうよ、とダンが丸太のように太い腕を堂々と見せてくれる。
そして厩舎に馬を預けた4人が僕を案内してくれた。すれ違う町の人々は全員絵に描いたように美男美女ばかりだった。老人、子供でさえ華やかに見える。歩けば歩くほど目に映るファンタジーに僕は4人に質問責めする。
「あ、あれは!?」
「『魔道芸』ね。魔道でパフォーマンスをして稼いでいるのよ」
ステラが答えてくれる。
小さな人だかりができている。その真ん中で、女性が水とボールを自由自在に操り、踊っている。
「かっちょええ!」
「ここの鍛冶屋は超一流なンよ。さすがはあンちゃん、見る目が違うなア」
ダンが答えてくれる。
店の規模は大きく、あえて外からよく見えるようにしているのだろう。中では男たちが鉄を打っている。
「いい馬だあ!」
「・・・」
コジロウがうなずく。
すれ違いざまに、大きな馬車を引いている筋肉隆々な馬に思わず感嘆する。
「めっちゃかわいい!」
「『モンスタードール』ね!ちゃんと動くのよっ!」
ジェネが少し興奮気味に答える。
店の外から見えるショーウィンドウに、綺麗に陳列されたぬいぐるみがこちらを覗いている。
街で見るものはどれも目新しく、僕は終始、子供のように目をキラキラさせていた。
「ねえ!あれ……ッ!!!」
しかし僕の天国は早くも終わりを告げる。
……エンドだ。
遠くにいるが僕はわかる。人でも動物でもない顔を晒してまで僕を探しにきているのだ。
考えるよりも先に、僕は4人を置いて駆け出していた。
「えっ、ちょっと!!」
「どうした!?あンちゃん!」
「……もしかしてあれかしらね」
「・・・」
逃げ出した僕は路地裏に逃げ込みうずくまった。そしてすぐにジェネたちに見つかる。
「ちょっと!なんなの!?もう!」
「……エンドだ」
「はあ?」
「エンドがいるんだよっ!!!」
僕は恐怖でつい声を荒げてしまう。僕の怒声にジェネたちはビクッと体を震わせたが、すぐに心配そうな顔つきに変わる。
「エンドって……『終焉』のこと?」
「は?」
こんな時に何をくだらないことを言っているんだ、と思ってジェネの顔を見上げるが、彼女はただ心配そうな顔つきで僕を見つめていた。冗談を言っているわけではないことは明白であった。
「あの『終焉』は悪さするようなものじゃないわ」
「『終焉』って……」
どうやらエンドと『終焉』は似ているが別のものらしかった。モンスターでも人間でもない“何か”なんだとか。この世界はわからないことが多すぎる。
しばらくジェネに背中をさすられ、落ち着きを取り戻す。
そして僕は、それも醍醐味か、などと無理やり自己完結し、案内を再開してもらった。
『終焉』を見る度、恐怖で鳥肌が立ったが、案内を終えると、ジェネたちが泊まる宿に一緒に寝泊まりさせてもらうことにしたのだった。
……もちろん男女別の部屋である。
しかしコジロウが先陣を切ったダンに当たり前のようについていく。
「えっ、男女別じゃないの!?」
それを見て、僕が慌ててダンに問う。しかし、ダンはなにを言っているかわからない、と言わんばかりに不思議そうな顔をする。それを聞いていたジェネとステラが大笑いする。
「あははっ!コジロウは男よおっ!」
笑いすぎて涙を瞳にためたジェネが僕に教えてくれた。僕はその事実に数秒、コジロウを口をぽかーんと開けながら、まじまじと見やる。
「ええー!!なんだってぇー!!!」
「・・・」
人間というのは衝撃を受けると、本当にこんなセリフが出るのだとひしひしと感じながら、僕は宿中に驚嘆を轟かせるのだった。美しい黒髪を頭の後ろに結い上げ、小柄で美しい顔立ちの女性は男であった。
「ご、ごめん。コジロウ」
「・・・」
失礼なことを言ってしまった僕はコジロウに頭を下げる。しかしコジロウは何も言ってくれない。
「はっはっは!気にしてねエってよオ!」
ようやく理解したダンがコジロウの意志を代弁してくれる。コジロウの方を見やると目を閉じて頷いてくれた。
それを確認すると僕は安心して男部屋に入室していくのだった。
その夜、ダンからいろいろ聞いておいた。ステラは頭が良すぎるし、ジェネはかわいすぎる。ダンの話が一番聞きやすかった。
ジェネたちは異世界モノでいう冒険者というくくりで、僕を拾ってくれたのは依頼の帰り道だったそうだ。なんとジェネがリーダーらしい。そしてここは冒険者なら無料で寝泊まりできる宿とのこと。明日も依頼があってジェネたちはそれに向かうらしい。
「あの……明日、僕もついていっていいかな?」
行く当てもない僕はダメもとで申し訳なさそうにダンに頼む。
「冗談言ってンじゃねエ!!」
やばい。怒らせてしまった。急いで謝らなければ。
「そ、そうだよね!ご、ごめんなさ……」
「あったりめエよ!連れて行くに決まってンだろうが!!」
「・・・」
「ふぇ?」
コジロウもうんうんと首を縦に振っている。どうやら初めから僕を依頼に連れて行ってくれるつもりらしかった。
「つッても依頼は危険と隣り合わセだ。とりあエずはコジロウのおさがりでも着てナ!」
「・・・」
「ヨし、コジロウの許可も出た。俺のじゃアちとでかすぎだからな」
「ふ、ふたりとも……」
ダンが、冒険のあいうえおを手取り足取り教えてやるぜ、なんて言って元気づけてくれる。
こんなに優しい世界がかつての僕にあっただろうか。思わず目が潤んでしまう。
「ははは!なに泣いてンだよ!!」
「・・・」
「ありがとう……!」
装備はどういうのがいい?とか、女の好みは?とかくだらない話もしていたら、いつの間にか夜は明けていた。
翌朝、宿に併設されてある倉庫からコジロウがかなり使い古した装備を持ってきてくれた。
コジロウの好みだろう、胸当てのような急所を守るためだけの軽装な装備だった。しかし、男のロマンの塊のようにかっこよかった。
僕が準備に手間取っているとジェネが急かす。
「ヨーイチー?いつまでやってんのよー!」
「ジェネ~?いい女っていうのは、いくらでも待つものなのよお?」
二人の声が宿の外で聴こえる。僕はダンとコジロウに手伝ってもらって装備を身に着けさせてもらっていた。アレがついているといっても、ジェネやステラに負けないほどコジロウは美しい。なんとなく恥ずかしくなりながら、僕は装備をつけてもらうのだった。
「ぐえっ!き、きつくない!?」
「・・・」
「あの……」
「はッはッは!そのくらいでいいのよオ、装備ってエのはよオ」
「そ、そうなのか?」
「・・・」
ガチガチに紐を結ばれ、ハムになった気分の僕にダンが、しばらくすれば慣れる、といって元気よく笑っていた。そしてコジロウが最後に僕のコートを軽く羽織らせてくれた。
「ほらッ、あんちゃンの最初の相棒だ」
といって、ダンが自分の腰に身に着けていた短剣を僕に渡す。
「おらア、こいつ一本で十分だからなア」
ダンが背中の大きな大剣を自慢げに叩く。そして僕の冒険の準備は完了した。
「おっそーい!まったく!」
「あらぁ、案外似合ってるじゃない?」
「そ、そうかな?」
お世辞だとわかっていても、こんな美人にこんなこと言われて照れない男はいるはずがない。
「もお!さっさとでるわよっ!」
「はいはい」
「おウ!」
「・・・」
「うん!」
こうして僕の最初の冒険が始まった。
つづきます。