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第二話です。

『異世界転移』


 目を開けるともうエンドはいなかった、ジェネも。

 ……いやもう何もなかった。何一つ。灰色の世界。



 さっきの極限だった恐怖心は消え、僕は放心状態になる。世界は無になり、僕の心も無になる。


 しばらくそのままでいると、何も考えずに何もない世界を歩いていく。


「異世界転生に失敗したのか……?」


 誰に問うわけでもない。僕は停止した思考で乾ききった独り言をつぶやいた。



 砂なのか、コンクリートなのかもわからない地面を歩きながら、徐々に思考が回復してくる。しかしこの状況に思考が追いつくことはなかった。


「はは……ゆめか。ゆめにきまってる……」


 理解できない状況をなんとか飲み込もうと、自分自身に言い聞かせるようにぼそっとつぶやく。


「ははははは!!!!!!」

「あーはっはっは!!!!!」


 わざと大声を出して恐怖心を紛らわす。


「怖さの趣向、変えて来たね!!!」

「そうね!!これは怖さのベクトルが違うね!!」

「自分の夢ながらセンスあるなあ!!」


 とうとう一人芝居を始める。


 この何もなくなった世界で僕はさっきとは全く別の極限状態だった。

 今更になってエンドのことを思い出し、慌ててあたりを見渡す。どうやら本当にエンドのいない世界には飛んだらしい。



 しばらく歩き、僕は『何もない世界』に座り込むと、おもむろに左手の『それ』を眺める。『それ』はこの『何もない世界』でも美しく妖艶でさえあった。

 そして僕はここへ来た時と同じように『それ』に頼みこむ。


「元いた世界に戻してくれ………」


喉から手が出るほど望んだはずの異世界転生は失敗に終わったのだから。



――――なにも起こらなかった。



 なぜか涙が出てくる。恐怖とか後悔とかそういうものからくるものではなかった。ただ虚しいだけの嗚咽もない、稀代の名俳優かのような静かな涙だった。


 『それ』に涙が降り注ぐ。



――――もう一度白い光が周囲に満ちていく。



 驚きと名の知れぬ感動で涙はひいたのだった。そして僕はそのまぶしさに目を閉じた。





 目を開ける。見慣れた景色。雑多でいたるところにライトノベルや、ゲームソフトが散乱している。本棚は整理整頓もされていない。

 僕は自室に戻っていた。


「ははは……」


 乾いた笑いが漏れる。一連の非日常に疲れ果て、しばらく放心していると、あることに気付く。


「エンドはっ!?」


 きょろきょろと部屋を見渡す。なぜかいなくなったようだ。



 落ち着いてきた脳内で冷静に状況を考察するも、僕の出せた結論はなんとも非科学的なものだった。


「ゆめだ、これはゆめだったんだ」


 聞いたことがある。こういうのを白昼夢というのだろう。40年余り生きてきて、初めて見る白昼夢は静寂を絵に書いたような、深々と雪の降る深夜のことだった。


 そして脳が疲弊しきっていた僕は、『それ』だけは実在していることに何の疑いも向けなかった。

 机の上に真っ黒なコートをようやく脱ぎ捨て、『それ』をその上に放り投げる。疲れからか、珍しく日が昇る前に泥のように眠るのだった。




 翌朝、といってももう昼を過ぎている。クリアになった思考回路で僕は改めて考えていた。


ジェネは?エンドは?どこに消えたんだ?


 しかし何一つ答えが出せない。それどころか思考はめちゃくちゃになるだけだった。わかっていたのは『それ』だけは確かに残されているということだけだった。



――――ピンポーン



 唐突に鳴り響くインターホンに、ビクッと過剰に反応してしまう。昨晩の件があったせいだ。そろりそろりと忍び足で玄関に向かうが、距離を無駄に大きく取り、まず大声で返事する。


「はぁーい!今行きまぁーす!」

「あーい」


 玄関の向こうで応答が聞こえた。どうやらエンドでもジェネでもないみたいだ。念のためにドアスコープから来客をおそるおそる確認する。


 荷物を届けに来てくれた配達の人のようだ。

 この時ばかりは他人というものが恐怖ではなく安心の対象として見れた。一生添い遂げてほしいくらいだった。


「お届け物だす」

「ッ!」


 どこの訛りだろうか、安心感と相乗して思わず吹き出しそうになってしまう。荷物を受け取るとこれでもか、というくらいゆっくりとサインを書いた。


「ありがとうござんました!」


 ぺこりと深くお辞儀をして配達員さんは去っていく。最後まで笑いそうになってしまう。配達員さんのおかげでだいぶ落ち着けたような気がする。



 僕は部屋に届いた荷物を持っていくとカッターを取り出し、段ボールのテープを切り裂く。


「いてっ」


 安心したせいで手元が緩慢になってしまった。親指を少し切ってしまう。


「やべ、血出てきた」


 あまり深くはなかったのでぺろぺろと傷口をなめながら、片手で段ボールを開ける。


「おーきたきた!!」


 『転生したらヒロインと入れ替わって最強になっちゃった僕です』最新刊。アニメ化も決定している。僕が今一番ハマっているライトノベルだ。


 僕は深く考えずいつものルーティーンに戻ることにした。考えるのが怖かったのだ。

 ジェネは思い出すだけで心臓が脈を打つほど美しかったが、エンドは思い出すだけで心臓が潰されそうになるほど恐かったからだ。

 推しのライトノベルの表紙をベッドに横になりながら眺める。


「ああ、僕もこんな異世界に行けるなら失敗なんかしないのにな……」


ごとんっ


 『それ』が置いておいた机から落下する。ベッドから起き上がり枕元にラノベを置く。

 置き場所が悪かったのかな、と傷口がまだ開いたままの左手で持ち上げる。おそらく昨日放り投げたコートの上に置いてあったせいで、コートごとずり落ちてしまったのだろう。



――――もう一度真っ白な光が僕を包み込む。雪のように美しい光だ。



「えっ??」


 驚きを隠せないでいる僕は真っ黒なコートと『それ』を両手に持ったまま立ち尽くす。



――――光は輝きを増していく。



 そのまぶしさに僕は目を閉じた。







 目を開けるとそこはなにもなく一面、灰色の世界……ではないようだ。



「ここ、は……?」


 ここは森の中だろうか。あたりには緑が広がり、空はこれでもかというくらい蒼く、澄んでいる。心なしか空気が格段にうまい。


 すると大きな足音が遠くの方から聞こえてくる。緑に囲まれたこの場所から立ち上がる。『それ』を左手に持ったまま、コートを羽織ると、僕は音に向かって歩き出した。



 エンドがいることを警戒し、草むらの隙間から覗き見る。

 どうやらこの森を突っ切るように山道があるようだ。


 そこに馬を引き連れた3人ほどの人間がいる。女が2人、男が1人という編成のようだ。おおがらな男は鎧を着て、大きな剣を背負っている。女は不思議な刺しゅうを施されたローブ着ている。もう一人の女は和服に近い格好に剣を腰に差している。どうやらエンドではないらしい。


 しばらく眺めていると僕は違和感に気付く。馬と人間の数が合わない。荷馬ではないことは明らかだった。思考を巡らせながら眺めていると、後方で足音がした。


 僕は急いで振り返る。だがもう遅かった。


「ッ!?」

「なにしてるのかしら?」


 首を強くつかまれ、僕は動けない。呼吸ができない。


く、苦しい……!


 苦し紛れに両手を上げ、敵意がないことを証明する。


 僕の必死のジェスチャーが伝わったのか、息苦しさからは解放された。と同時に山道に投げ飛ばされる。


「うぐっ!!」

「みんな、警戒よ!怪しいのがいたわ!」

「ゲホッ、ゲホッ」


 さっきまで握りつぶされていた首まわりをなでて、僕はせき込む。

 ひらけた場所に出た僕は、さっきまで様子をうかがっていた3人の注目の的になった。そんなことも気に留めず、出会いがしらに首をいきなりつかむようなアバズレ女の顔を見上げる。


 その女の肌は透き通るように白く、金色に近い茶髪はさらさらと肩のあたりまで伸びていて、瞳は蒼と碧が入り混じり幻想的でさえあった。


「え……ジェネ……?」

「はあ?なんであんたあたしの名前知ってんの?」


 衝撃を隠せなかった。今、左手に握りしめている『それ』を渡した張本人が甲冑のコスプレまでして目の前に現れた。


「あン?お前の知り合いみてエじゃねえか」

「ジェネ~?昔の男がいたからってやつあたりはダメよぉ?」

「・・・」


 仲間だろう。うちの男女二人が冗談っぽくジェネに向かって話しながら、即座に抜いていた短剣をゆっくりとしまう。残りの女も理解したように日本刀のような剣を鞘に納める。


「ちょっ!あたし知らない!こんなやつ!!」

「はいはい、もう休憩終わるからいくわよー」


 仲間のうちの1人がジェネに言い聞かせる。ものすごい美人だ。程よく赤みがかった髪の毛は腰までのびて美しく陽光を反射する。左目の泣きぼくろが色っぽさを際立たせている。あと巨乳だ。


 というか、その三人はジェネに引けを取らないほど、どの人も絵に描いたように顔が整っていて、華やかさがあった。


「んー?でもそのあんちゃんの服、珍しいもン着てんなア?」

「こらっ、他人の恋愛沙汰に首突っ込むもんじゃないわよ!」


 女の言うことを聞かず編成隊で一番おおがらな男が僕に近づいてくる。男は身の丈ほどもある大剣を背負っていて、間近で見ると2メートルはあるだろうか、クマのようにでかい。


「ちょっ!あぶないってば!」

「あー?お前の知り合いなンだろ?」

「ちがうし!」


 必死にジェネは忠告するが、大男は僕をじろじろと見やる。


「おい、あんちゃん。どこで買ったんだア?その服」

「え、いやこれは母親が……」


 こんな状況で僕はなぜか正直に解答してしまう。


「アッハッハ!!そうかい!そうカい!!おらァ、母親を大事にする奴が大好きなンだ!!」

「え、はあ……」

「気に入ったぜ、あんちゃン!ジェネに捨てられてここまでついてきたんだろうが俺がジェネなんか目じゃねエほどの女紹介するぜっ!!」


 大男の威勢のいい笑い声は山中に響き渡るほどだった。


「だーかーらー、知らないつってんでしょうがっ!!」


 どすっ、とジェネが大男に中段蹴りをくらわす。その脚力によって大男の巨体は森の奥に消えてしまった。


「あら……?その人が持っているのって……!」


 今度は奥にいた女がこちらに寄って来る。


「……『魔導書』じゃないかしら!?」

「えっ??」


 僕がきょとんと女に視線をやると、どうやら僕の左手に握りしめられている『それ』のことを言っているようだ。


魔導書……?見るからに書物ではないことは明らかだが……


「『始典してん』の『魔導書』が実在のものだったなんて……!」

「ステラ、なに興奮してるのよ!そんなものあるわけないじゃない!」


 ステラという名前なのだろうか。赤髪の女性はずいぶんと鼻息を荒くして、僕の左手を見つめている。エ、エロい……。


「てゆーか、なんであたしの名前知ってたわけ??」


 ジェネがじーっと僕を見つめる。


 正直、聞きたいのはこっちの方だったが、リスクだの利益だのを考える余裕と冷静さをなくしていた僕は、包み隠さず、正直に話すことにした。



 どうやらそれは功を奏したようで怪しいものでないとわかるとジェネは友好的に話してくれた。


「ふーん、ヨーイチっていうのね」

「あ、ああ」

「あたしはジェネ。まああんたは別の世界のあたし?を知ってるみたいだけどね。こっちがステラ、あのでかいのがダン、無口なのがコジロウよ」


 ジェネが仲間のことを紹介してくれた。


 ニコニコと妖艶な泣きぼくろ美人がステラ、森に消えてイノシシを狩って帰ってきた大男がダン、日本刀のような剣を差して美しい黒い長髪を風にたなびかせているのがコジロウというらしい。


「あたしたちは『神都しんと』に向かうんだけど、あんたもくる?」

「え、でも……」

「あン?俺が連れてくに決まってンだろうがア」

「あー、はいはい。だそうよ」


 ダンに気に入られたおかげで、半ば強引に僕はジェネご一行に同行することになったのだった。僕もこの世界について何一つわからないので願ったり叶ったりだ。

 ステラに『魔導書』の存在が知られると危険だからと、動物の皮で作られた小さな革袋を渡された。それに『魔導書』を入れ、僕は腰に身に着けた。




 道中でステラに『魔導書』のことを聞いてみた。


 どうやら僕がいた世界の聖書にあたるものが『始典してん』。その作中に出てくるのがこの『魔導書』なんだとか。そして『魔導書』は『神に約束を守らせる』という強力な力があるらしい。

 つまるところ、魔法のランプとか、すでに7つそろったドラゴ〇ボールみたいな力があるということだ。

 代償に大量の生命エネルギーを使うから人間には使えないとも言っていた。正直ゾッとする話である。


「それ、絶対に身から離さない方がいいわよ」

「え、うん」


 ステラが『魔導書』をいれた腰の革袋を指さし、僕にくぎを刺す。

 話を聞く限り、かなりのチートアイテムのようだし、僕はおとなしくステラの忠告を心に刻んだ。ステラが悪い人間でなくてよかった。




 しばらく馬に乗せられると大きな城壁が見えてきた。


「あそこが『神都しんと』よ!」

「おおおおお!!」


 馬の激しい走行音のせいか、年甲斐もなく興奮した雄たけびを上げてしまう。


 見ると僕が望んでいた異世界と何ら変わらない街の城壁が広がっている。街の中心には城壁よりもはるかに高い塔のようなものも見える。検問所が設置された入り口からは、ファンタジーをふんだんに詰め込んだような街の景色が垣間見ることができた。


「ひゃっほーーーーい!!!」

「ははっ!あんちゃン!!ノリノリだねエ!!!」


 また意味もなく叫んでしまう。さすがに聞こえてしまったのか、ダンに笑われてしまう。

 だが今の僕はそんなこと気にも留めない。僕は異世界に入門したのだ。できるなら生まれ直したいものだったが、もう僕の過去を知る人間も笑う人間もいないのだ。



 僕はただただ自由だった。


つづきます。

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