第十五話です。(手抜きプロット)
走るとすぐに森を抜け、『神都』が見えてくる。
僕はもうおかしいとは思わない。鉱山も村も検問所も城壁もない。『神都』に僕が入ると、そこはもう『神都』ではなかった。人間はいない。いるのは『終焉』だけだった。
「はは……ははは……」
渇いた笑いが漏れた。もうとっくに恐怖心は麻痺してしまっていた。疲弊によって僕は走ることをやめ、トボトボと『神都』の中心にある高い、高い『神殿』にむかって歩き始めた。
向かう途中『終焉』にぶつかっても気にも留めない。僕はただ『神殿』だけを見つめていた。
たどり着くとすでに生気を失った僕は『神殿』に入る。『終焉』でごった返していた街とは違って、なかは驚くほど静かで誰一人いない。僕はふらふらと中心にあるイスに向かって歩いた。そしてその『空席』に優しく触れる。昔、ジェネがしてくれたように。
すると『空席』の周りの地面が円状に切り取られて上昇していく。僕は泣いていた。悲しいとか悔しいとか怖いとかではない。ただどうしようもなく涙があふれていた。
頂上までたどり着く。そこから『神都』を見渡すと、人間は一人もおらず、『終焉』だけが街にあふれかえっていた。
ジェネと来た時には鉱山が邪魔で見えなかった『法都』は、鉱山がどこかに消え失せ、『神都』に隣り合うような形で存在を確認できた。『法都』も『終焉』であふれかえっているようだった。
「ははは……なんだこれ……」
形容しがたい喪失感、いや虚無感のようなものに襲われる。僕はふらふらと『空席』に腰を掛けた。
――――ようやくつながった。
どこから聞こえるとも知れぬ声に僕は驚きも恐怖も感じなかった。ただ懐かしいような声がした。
「だれ……?」
「ぼくはエンドだ」
その声とともに僕の前にぼんやりと姿が現れる。『終焉』と同じ形、大きさ。僕はそれを見ても何一つ感情が動くことはなかった。
「君のそのコートに残留思念を乗せておいたんだ」
「ざんりゅう、しねん……?」
「ぼくの元いた世界の特殊な技術さ。君の意識に直接話しているから言葉の壁はない」
コートをちゃんと着ておいてくれてよかった、とエンドは呟き話を続ける。僕は理解できないままエンドの声に意識を傾ける。
「君の持っているそれ。『魔導書』って君は呼んでいるのかな?」
僕の手中にある金属のような物体だ。僕は力なく肯定する。
「君はそれを“異世界に転生する”とか“神に約束を守らせる”とか、そんな力があると思っているみたいだけど、それは違うんだ」
「?」
「それは“世界を再構築する道具”なんだよ」
「……」
「僕はそれを『創世器』と呼んでいたが、君の言葉を借りて“世界を転生させる道具”『転世器』と言った方がわかりやすいかな?」
「……」
エンドの話はこういうことらしかった。
『魔導書』、いや『転世器』は、使用者の記憶や妄想、思想、願望を“世界”として投影する力がある。しかし、使用者の不完全さによって、完璧な記憶、妄想を投影することは不可能で、それをなんとか補うために世界に“ヨレ”が生じるらしい。
そして“ヨレ”は使用者の脳内のバグとして世界に投影される。僕の場合は『終焉』、つまりエンドとして投影されたということだ。
「生成された世界の住民にとってはそれが完璧で完全なんだけどね」
そう言いながらエンドは苦笑いしているように見えた。
しばしの沈黙の後、僕が理解する時間を設けてくれたのだろう。エンドは再び語り始める。
「ぼくは君のように再構築を繰り返し、世界を破綻させた」
「元いた世界に戻そうとしたころには、もう戻せないほどに世界に“ヨレ”が生じていたんだ」
「そして僕は少しずつその“ヨレ”を修正していこうとした」
「でもダメだった。一つ修正すれば二つ、三つと“ヨレ”を増え、ぼくは自分が創り出す世界に取り残されていった」
辛そうとか、苦しそうとかではない、エンドの言葉の節々にあるのは寂寥感、物寂しさだけだった。
そして僕は問いかける。
「なら、僕がいた世界はエンドが創り出した世界、ってことなのか……?」
その問いにエンドは少しばかり逡巡し、口を開いた。
「……昔話をしよう」
「ああ……」
「ぼくは元いた世界に戻るために、世界を修正し続けた。その過程で特殊な“ヨレ”に出会った。それが『ジェネ』。君たちのモデルになった生物だよ」
「……」
「ジェネには君が初めてぼくを見た時と同じ感覚で見えていただろう。そしてぼくも同じだった。でも、ジェネはぼくを包み込んでくれた。それは温かく、甘美なまでの幸福だった」
「自分自身が創り上げる世界に孤立し、崩壊しかけていたぼくの精神が救われた気がした。ぼくはジェネをこの再構築の旅に同行させることに決めたんだ」
「君も触れているものは、次の世界へ持って行けることくらいは気付いているだろう?」
冗談っぽく僕に問いかけて話を続ける。
「ジェネと故郷を求めて再構築し続けるうちに、ぼくは元いた世界なんてどうでもよくなっていた」
「え……?」
「ぼくはジェネが生きやすい世界を創り始めた。君たちのところでいう“愛”ってやつなのかな?ぼくは顔も判別できない“ヨレ”を愛してしまったんだ」
「……」
「それを良しとしなかったジェネはぼくから『創世器』を奪い、逃走した。そこで譲渡されたのが君、というわけだね」
「そう、だったのか……」
「恨んではいない。むしろ感謝している。ジェネにも君にも。おかげでぼくは呪いから解放された気分だよ」
言葉とは裏腹に申し訳なさそうにしているように見えた。
「なあ……」
僕は立ち上がり、街を、いや世界を一望できる窓に歩み寄っていく。そしてぼくは藁にも縋る思いでエンドに問いかける。
「僕が創りあげたこの世界は……エンド、君がいた世界を完成させたんじゃないのか……?」
最期の希望だった。救われたかった。救いが欲しかった。このバグだらけの世界を生み出した自分に対して、エンドに救い上げてほしかった。
エンドはしばらくの沈黙の後、言葉を紡ぐ。
「………よく似ているが、ぼくの世界とは全く別の世界だ」
「はは……そう、か………そう、なんだな………」
エンドの答えは僕の望んでいたものではない。でも、それでよかったのかもしれない。
僕は渇ききった笑いをこぼしたあと、その場に泣き崩れた。
エンドは僕が転生させた世界を眺めながら、僕に伝えた。
「……あとは君の好きにするといい。ぼくを救ってくれてありがとう」
最期にそう言い残すと、うすぼんやりとしていたエンドの幻影はどこかへ消えてしまった。
涙が引くと僕は立ち上がり、またふらふらと『空席』に腰を掛ける。
「神が座っていたイス、か………」
皮肉なものだ。今ここに座っているのはこの世界の神、本人だ。
自分自身で世界を崩壊させた、不完全で欠陥品の神様なんだから。
僕はおもむろに『転世器』を取り出す。短剣で左手の親指に小さく切り傷をつけると、鮮血を一滴たらす。今までで一番紅い赤だった。
「元の世界に戻してくれ」
――――世界は真っ白な世界に埋め尽くされる。
僕は目を閉じた。
つづきます。