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第十二話です。

『ケット・シー』



 そんなこともあって2週間くらいが経った。奴隷商の引く馬車はめっきり見なくなった。そしてジェネが僕らに告げた。


「『法都ほうと』にむかうわ!」


 僕の成長を伺いながら頃合いを見て『法都』も案内するつもりだったらしい。全員でいつもの掛け声をすると、僕たちは出発した。


 『法都』へは鉱山を超えなければならない。ついでに依頼もこなしていくので、前に寄った村で足並みを整えて、入山するとのこと。山を越えたらすぐにでも『法都』が見えてくるんだそうだ。


 出発するとすぐに僕は『神都しんと』を見やる。出発したらしばらくは戻ってこれないと、ジェネが言っていたので少し名残惜しかったからである。ちらっと検問所の奥に目を凝らすと、また『終焉』に見送られたように見えた。なんとなくだが、ここに初めて訪れた頃よりも『終焉』が増えたような気がした。




 依頼をこなしながら村に到着すると、以前訪れた時よりもあきらかに活気を取り戻していた。村長からは、冒険者さんが幸運を運んでくださったんじゃ、と感謝の言葉をもらった。そして僕らは村人大勢から手厚い接待を受けたのだった。



 その晩、早々にお酒につぶれた僕は先に就寝し、例のごとく尿意によって微妙な時間に叩き起こされてしまう。部屋を見ると男が二人、あられもない姿でベッドに横たわっていた。


「またかよ……」


 そう呟いて、僕は部屋を出た。トイレに向かって外に出る。なんとなく、あの時の少女の影を探してしまう。しかし、もうお祈りはしていないようだった。


「もう水にも困っていないみたいだしな……」


 独り言を言いながら自己完結してトイレを済ませる。その帰り、視線を感じてその方向を見ると『終焉』が闇に紛れてこちらを見ていた。


「ひっ!!!」


 済ませたはずの尿を思わず漏らしそうになりながら、僕は部屋に全速力で戻った。





 翌朝、登山決行の日だ。よく晴れた朝だった。


「モンスターも今までのより強力だから、気を引き締めていくわよ!」


 ジェネの忠告は主に僕に向けてのようだった。厩舎の前でルートを最終確認する。そして僕らは馬にまたがって走りだした。




「うりゃー!」

「とりゃー!」

「ふんっ!!」

「せいやー!」


 登山中にも村の村長から受けたモンスター討伐依頼をこなしていく。ジェネの忠告もあって過剰に警戒していたが、杞憂に終わってしまうのだった。

 そして僕たちは依頼をひと段落させて、馬を引きながら山を登っていた。


「あそこが野営予定地点ね!」


 山の中腹くらいまで登っただろうか。ジェネが山の7合目のあたりを指さす。あそこから坑道と称してトンネルが山の向こう側までつながっているらしい。




 襲ってくるモンスターたちを振り払いながら、日が落ちる前に到着できた。


「トンネルのなかに野営地があるから、そこに寝泊まりするわ」


 トンネル内に入っていくジェネに僕たちがついていく。登山の途中で、コジロウの剣にぶつかったりして切り殺されそうにもなったが、なんやかんや楽しいハイキングとなった。


 中にある野営施設は、過去に鉱夫の寝泊まりにも使っていたためか、案外快適なものだった。

 眠りにつく前に外へトイレを済ましに出ると、ステラが月を眺めていた。モンスターの急襲にそなえて交代制で見張りをつけているのだ。月明かりに照らされる彼女はいつも以上に色っぽく見えた。そして僕に気付くと、こんな質問をされる。


「もしかして、『魔導書』を、つかったの?」

「え、いや、どうかなあ?」


 なんとなく怒られるような気がしてすっとぼけてしまう。不意を突かれた質問だったので、顔に出てしまったのだろう。ステラが笑って続ける。


「うふふっ、よかったわ。実は、不安だったの」

「不安?」

「私は、『魔導書』の力も、使い方も、詳しくは知らない。でも、それが『始典』の通りで、もし、あなたが悪用し始めたら、って考えていたから」


 ごめんなさい、とステラがまじめな顔をして謝ってくれた。僕は慌ててステラに頭を上げさせると、今度はいつもの妖艶な笑顔で笑ってくれるのだった。



ドゴオオン!!!



 突如として轟音が山中に鳴り響いた。野営地で休んでいた3人も慌ててトンネルから飛び出してくる。


「何の音っ!?」


 僕とステラにジェネが現状を確認する声が聞こえた。僕は絶句していた。ステラもあっけにとられている。僕らが返答をするより早く、あとから現れたジェネたちも状況を瞬時に飲み込むのだった。



――――巨大な黒猫がいた。



 正確には猫のような生物がいた。

 闇にぼやけた輪郭に大きな瞳が一つだけ。月明かりを強く反射する大きすぎる単眼は、僕らを威圧するのに十分すぎるほどだった。そしてその大きく開いた口は牙はない。夜の闇すら飲み込むほどの暗黒。たとえるならブラックホール。人間をキャットフードの一粒のように飲み込むだろう。


「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛お゛お゛お゛!!」


 その鳴き声は僕がよく知る猫のそれではない。鼓膜を叩き付けるようなその咆哮に僕とステラはいまだに理解が追い付かない。ジェネのバフが切れてしまっていた僕の鼓膜は簡単に破れる。一瞬にして脳は震え、目の焦点が合わなくなる。


「なにやってんの!!!!」


 トンネルの入り口付近にいるジェネの呼びかけにステラは反応する。すばやくトンネルに逃げ込もうと駆け出すが、僕は突如として現れた絶望に立ち尽くすことしかできない。それを見たステラは僕の腕をつかみ取ろうとする。


「ステラッ!!走りなさいっ!!!」


 ジェネが僕の腕を掴もうとするステラを制止した。自分自身にバフをかけていたジェネが一瞬で僕のところまで駆けつける。僕の胴を躊躇なく右腕で抱え、巨大すぎる猫に背を向けるようにターンする。その勢いで『魔導書』が革袋の中から宙に放り出される。


「ぐっ……!!掴んでっ!!」


 ジェネの言葉は聞こえない、だが一瞬、スピードを緩めてくれたおかげで『魔導書』をつかみ取る。耳からあふれていた鮮血の一滴がそれにふりかかる。


「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛お゛お゛お゛こ゛!!!」


 僕のためにスピードを緩めたために巨大な前足が勢いよく振り下ろされる。



――――やばい!直撃する!!



 バフもないというのに景色がスローモーションに見えた。フリーズしかけていた思考で生命の危機を明確に把握する。


「とべエエエエエエエエ!!!!!」


本能で僕は叫んでいた。



――――真っ白な光が僕とジェネを包み込む。



 ジェネはその光景に困惑することなく、走り続けていた。僕はいつものようにまばゆさに目を閉じるのだった。





 僕のからだは宙を舞い、地面に叩きつけられ、数メートル近く転がった。


「うぐッ!!」


 激しく転倒した痛みに悶えながら目を開ける。


「ここ……は?」


 目を開けるとさっきまでの全力疾走を停止し、ぺたんと地面に座り込むジェネがいた。そのジェネに僕は投げ飛ばされたみたいだ。ジェネはさっきの化け猫が現れた時よりも状況が呑み込めていないようできょろきょろと周りを見渡している。


 僕はもう一度ここに飛んだらしい。『何もない世界』だ。一面灰色の景色が延々と広がっている。からだ中の痛みを一つずつ確認しながらジェネのもとへ歩いていく。


「ヨーイチ……ここって……」


 ジェネが尋ねてくる。しかし鼓膜が破れてしまっている僕は聞き取ることはできない。なんとなく口の動きや表情から予測してあいまいな答えで返答する。


「『何もない世界』だよ」


 状況をまだ飲み込めていないまま、ジェネがぼろぼろな僕を回復してくれた。


「ヨーイチ、ここが、あんたが元いた世界……ってことなの?」

「え?」


 なんとか理解したような顔のジェネは不安げに問いかけてきた。僕は予想外すぎるジェネの想定にさっきまでの絶望感は融解し、思わず笑って答えた。


「ちがうちがう、僕がいた世界じゃないよ!」

「そ、そう、なのね……」


 ジェネは心底、安堵しているようだった。しかしまたジェネが不安げに尋ねる。


「ステラは……無事かしら」

「……きっと、大丈夫さ」


 ジェネの震える声に、僕は根拠のない薄っぺらな気休めしか言うことができなかった。

 僕を回復しながら、徐々にリーダーとしてのジェネの表情が戻ってくる。


「さっきのはたぶん『ケット・シー』、災厄の象徴。神獣種と呼ばれているわ」


 『ケット・シー』、前に『大図書館』でステラが話していたものだ。災害、あるいは災厄。そして人間に与えられる試練。


「倒せるの?」

「無理よ。あれが新種のモンスターなら話は別だけど、風貌からしてありえないでしょう」


 僕はジェネに問うと、即答で返ってきた。

 そして完全に回復してもらった僕は前の世界に戻る準備をする。

 最初にここに来て元の世界に戻ったとき、敵、つまりエンドは消えていたが、今回はどうなっているのかわからない。ジェネに最大限のバフをかけてもらう。逃げることが最優先だが、最悪の場合戦闘するしかない。


「戻ろう」


 そう僕がつぶやいてジェネの手を取る。あらかじめ短剣で切っていた親指を『魔導書』にあてる。



――――白い光が僕たちを包み込む。



 今回はまばゆい光に耐えながら目を開こうとするが、やはり耐えきれずに瞑ってしまう。



つづきます。

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