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第十一話です。

『奴隷幼女』


 僕が初めてこの異世界へと転移した日から、2か月ちかくが経過しようとしていた。


「どりゃー!」

「うりゃー!」

「せいやー!」

「えいやー!」


 『スライム』はとっくに卒業し、僕はもう『ハウンドウルフ(狼型モンスター体長2メートル)』も倒せるほど強くなった。ド〇クエで言うレベル30くらいだろうか。



「あンちャンも、もう手馴れて来たもンだナア!」

「そうねえ、最初のスライムに、溺れかけてた頃と比べると、見違えたわあ」

「…」


 休憩中に褒められる。だが僕はジェネを見ながら謙遜する。


「いや、これはジェネの魔道のおかげだし……」


 ジェネのバフがなければ、軽い筋トレくらいしか運動していなかった40代が、こんなに機敏な動きをできるわけがない。


「うーん、相性がいいのかしら?あたしの魔道がステラとかよりも断然効いてるのよねぇ……」


 ジェネが不思議そうに僕を見つめてくる。ちょっと恥ずかしい。

 結論から言うと『化けイノシシ』のときに教わった魔道を、あのあとステラに何度もレクチャーされたのだが、僕にはその道の才能が全くないようだった。その代わりというのもなんだが、ジェネのバフだけは、尋常ではないくらい効果を発揮しやすい、とジェネ自身が言っていた。情けないことこの上ない他力本願主人公である。


「さて、もうひと頑張りよっ!」


 ジェネが威勢よく立ち上がると僕たちもそれに続く。




「あンちゃンのおかげでだいぶ早く依頼ガ楽になッたゼエ」

「そうか?僕なんてまだまだ……」

「そうね、だいぶ戦術の幅が広がったのはでかいわ」


 予定よりも早く依頼を終えた僕たちは『神都』に着くと、余った時間でゆっくりと街を歩く。

 この世界にも慣れ始めてきたが、依頼で出払うことが多く、まだまだ目新しいものが残っていて、見飽きることはない。


「じャアな!ジェネ、あんちャン!オらァ、ちと野暮用があるンでお別れだア」


 そう言ってダンが曲がり角を曲がり、人ごみに消えていく。ステラは魔道図書館に行ったし、コジロウは道場に顔を出しに行ってしまって、僕とジェネの二人きりになってしまった。



 なんとなく気まずい沈黙が続いたまま歩いていると、最初の案内の時にみた『モンスタードール』の店の前まで来る。モンスターをデフォルメしたぬいぐるみたちがたくさん並んでいる。ジェネは興味津々で眺めているのを僕が見かねて声をかけてみる。


「寄ってく?」

「ふぇ!?い、いいわよっ!興味ないしぃ?」


 嘘である。鼻息を荒くして見ていたのを僕は知っていた。こう強がっているのを見るとちゃんと子供らしいところもあって、より可愛い。


「給料もこの前もらったし、買い物してみたいんだ。付き合ってくれないか?」

「そ、そうね!いつもあたしたちといるものね、仕方ないからついてってあげる!」


 下手に出る作戦成功だ。なんてちょろいんだろう。



 お店の中にはもふもふとしたぬいぐるみがたくさん置いてある。


「なあ、ジェネ?」

「うんわぁ!ちょーかわいい……!!」


 ジェネは子供みたいに目を輝かせていた。僕の呼びかけに気付くと手に取っていた『ハウンドウルフ』のぬいぐるみを急いで商品棚に戻した。しかし僕の目はごまかせない。


「それがいいの?」

「は、はあ!?ぜんっぜん欲しくなんかないし!」


 めっちゃ欲しそうである。チラチラ見すぎだ。わかりやすくて助かる。僕はその『モンスタードール』を手に取ると会計に向かう。会計をすまし、店から出ると物欲しそうに見つめているジェネにそれを手渡した。


「はい、プレゼント」

「え!?い、いいの??」

「ああ、世話になってるしね。ほかのメンバーにもなにかあげたいんだ」


 そういって一抹の照れくささを僕は紛らわす。受け取った本人はとても嬉しそうだった。



 歩きながら、ジェネに3人の趣味を聞いてみる。


「そうねえ、ステラはぁ……」


「キャアアアア!!!」


 ジェネが話し始めるところで叫び声のようなものが聞こえた。僕はジェネを置いて、声のした方へ駆けだす。


「あ、ちょっと!」




「きったねえ奴隷がっ!俺の服に泥つけやがってよお!おらあ!」

「う゛っ゛!う゛ぐぅ゛!」


 声が聞こえた方にたどり着くと、そこには髭を生やしたおやじが一人の幼女を嬲っていた。


「お、おい!あんた……!」

「ああ?なんだあてめえ?こいつの飼い主かあ?」


 僕が腕をつかみ、そのおやじを制止する。酒臭い。かなり酔っているみたいだ。


「飼い主って……相手は子供だろ!」

「子供だぁ?そこに落ちてるクソ以下だろうがっ!」


 そういっておやじは道端に落ちていた犬のフンを見やる。それにつられ僕が目をそらすと、おやじが僕の顔に唾を吐き捨てる。


「てめえ……!!」


 思わず僕が手を上げそうになったところに、ぬいぐるみを抱えたジェネが僕の後を追って遅れてやってきた。


「ちょっとなにやってんのよ!」

「ジェネ……!こいつが……」


 加勢しに来てくれたのかと思ったが、ジェネは僕の方を押さえつける。


「連れがいんのかあ?おおん、いい女じゃあねえかぁ」


 ぺろり、とおやじが舌なめずりをする。ジェネがそれを見ると嫌悪感をあらわにして睨みつけた。

 するとジェネがさっきまで抱いていたはずの『モンスタードール』がおやじの眼球めがけて、もふもふな前足で勢いよく攻撃する。


「いでええ!なんだあ!?こいつ!!」


 おやじはいったんその場にうずくまり、すぐに立ち上がると悪役の定番セリフのようなものを言い放って走り去っていった。


「まったく、いきなり走り出したかと思えば、また路地裏なのね……」

「この子をあいつが……!」


 イラ立ちを隠せない僕は弁明をしようとするが、頭に血がのぼっていて言葉が紡げない。


「しかたないわよ……前にもいったでしょ、あの子は奴隷なの」

「で、でも……!」


 ぼろぼろでところどころ擦過傷が目立つ子供を見ると、申し訳なさそうにうつむいている。


「全員を幸せにすることなんてできないわ」

「くっ……!」

「それに今のあんたはあたしたち4人の命も背負ってるの。行動に責任を持ちなさい」


 ジェネに諭され、僕はようやく落ち着きを取り戻した。

 すると、奴隷の子供が僕のコートの袖をくいくいと引っ張り、ぺこりと頭をさげてどこかへ去ってしまった。


「……話せないのよ」

「そう、なのか……」


 そんなこともあり、日が傾いてしまったために僕たちは宿に戻ることにした。その道中、納得はしていなかった僕はジェネに質問する。


「なんであの子は奴隷なんだよ」

「生まれた時から決まってるの。理由なんてないわ」

「そんな理不尽って……!」


 あるかよ、とジェネにどうしようもない怒りを八つ当たりしかけるところで、僕は停止する。自分の行いを客観的に見つめ直したからではない。ジェネを見れば、僕なんかよりよっぽど悔しそうに歯を食いしばっていたからだ。


「ごめん……」

「あの程度なら日常茶飯事よ。死んでしまう子もいるわ」


 もうなにも言い返せなかった。こんな華やかさを絵にかいたような異世界でも理不尽はたくさん存在している。




 宿に着くと、プレゼントありがと、とジェネに笑顔で言われながら僕は部屋に戻った。ダンとコジロウはまだ出払っているようだ。僕はおもむろに革袋から『魔導書』を眺めていた。


 今日のことが頭にフラッシュバックしていく。あの奴隷の幼女と自分を重ねてしまう。理不尽に淘汰されていた自分を。思わず目が潤んでしまう。


神がいるんなら……


「理不尽な階級なんてない世界にしてくれ」


 瞳にため込んでいた涙が『魔導書』に一滴、落下していく。



――――真っ白な光がまた僕を包み込む。



 美しすぎる光景に僕はまた目を閉じる。




 目を開ける。


「オイおイ!あンちャン、ナニ泣いてンだ!?」

「・‥」


 部屋に戻ってきたダンとコジロウが、僕の無様な泣きっ面を見て慌てている。ジェネがまたやったか、なんて聞かれながら二人に心配された。それがなぜかおかしくて笑ってしまった。


「ちょっとホームシックになっただけだよ」


 と僕が冗談めかして答えると、その日は僕が元いた世界について語りながら夜は更けていったのだった。

 その途中、ダンが言っていたことが耳に残っていた。


「ヘえェ!ナンだカ『法都ほうと』みてエなトコだナア!?」


 なにかと話の節々に登場する『法都』で研究されている“原始”というのは、僕がいた世界の“科学”にあたるものらしかった。たしかによく考えてみれば、宿にはシャワーがあるし、ダンやコジロウにもらった装備品も鉄でできている。僕が元いた世界にもあったような技術はそこから来ているのか、と自己解釈しながら聞いていた。



つづきます。

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