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第一話です。

『始まりと終わり』



―――――世界は5分前に創造された



 なんて仮説があるが、僕は全否定する。なぜなら、僕だけがこんなにも不幸で、手詰まりで、顔面崩壊の人生ハードモードはあまりに理不尽すぎるからだ。もし僕が神様ならこんなに不完全な世界は作らない。


 ニュースを見れば同じ日本人で同い年の男がノーブル賞を授与されているではないか。頭の出来から違うのだ。同じ人間という種族なのに関わらず、だ。

 ああ、嫉妬だ。これはただの嫉妬だよ。僕が悪いんじゃあない。この世界を作り出した神様が全面的に悪いのだ。


 僕ならホイホイと、こんな理不尽な世界を創ったりしない。




 高校卒業後大学受験に失敗。1浪、2浪……と重ねる度にプライドバリアの罠にまんまとはまり、順当に志望校のハードルを上げた。まともに受験勉強をしていたのは6浪で最後だった。


 現在43歳、無職。もちろん職歴もない。今は両親が残した遺産で食いつないでいる。


「ああああああああ!!!!!!!!!」

「くそくそくそくそくそっ!!!!!!」


 変わったことといえば、昔と比べて意味もなく叫んでしまう日が多くなった。

 こういう時は決まって、自慢のPCで『なろう小説』でも見て心を落ち着ける。連絡を取る相手などいなかった。というより取りたくなかった僕は携帯など10年以上も前に解約した。


「きっと俺も、異世界転生できたら失敗しないのに……」


 最近は口癖のようにこんなセリフを呟くようにもなった。


「ああ、こんなはずじゃなかったんだ」


 今度は涙が出てきた。感情の起伏がおかしいと感じるのは最近に限った話ではない。10年前にはすでにおかしくなり始めていた。『知識袋』では精神科を勧められる始末だ。

 外に出られたら苦労はしない。自意識過剰なのはわかっている。だが不可能なのだ。ようやく人気が消える深夜帯でしか僕は外出すらできないのだから。



 ルーティーン化した軽い筋トレと、録り溜めていたアニメを消化する。そして小説の中に逃げ込めば時間は一瞬だった。


「飯、買いに行かなきゃ」


 そうつぶやくと財布の中身を確認し、僕は母親が最後に買ってくれた黒いコートを羽織る。


 玄関を開けると真っ白な雪が降りだしていた。まだ積もってはいないみたいだが、街灯の明かりをぼんやりと優しく反射する雪は、深夜の静寂と相まって幻想的そのものだ。何十年と観ても見飽きることはない。

 そして近くのコンビニエンスストアに向かって歩き出すのだった。


「あったけえ……」


 店内に入店すると、暖房が適度に効いていて快適そのものだ。平日のこの時間帯はほかの客はいない。僕は買い物かごを手に取り、約1週間分の食料をかごに放り込む。店員の顔を見ないようにうつむき、素早く会計を済ませる。



 店から出ると、歩いてきた来た道を寄り道せずまっすぐ進む。少し積もっただろうか、雪はまだしんしんと降り注いでいた。

 すると遠くの街灯にうっすらと照らし出された二人の人影が見える。子供と大人のようだ。しかし、こんな時間にありえない。


まさか幽霊……か?


 その可能性に怖気づいた僕は足がすくんで動けなくなる。

 蛇に睨まれた蛙のようにただ目で追うことしかできない。並んだ街灯に順々と照らし出される二人は、どうやらこちらに走って向かってきているようだった。


 ベージュ色のコートを着る女と真っ黒なコートで全身を覆う子供。親子で鬼ごっこでもしているのだろうか、子供が女を追いかけるような形でこちらに向かってくる。

 なおも僕のからだは動かない。


「あなたっ!きなさい!」


 僕が足を震わせながら動けないでいると、近づいてくる女が叫ぶ。

 その声にようやく現実に戻された僕は、目を凝らす。どうやら二人は実体があるようで“人間じみている”というのは変だろうか。とりあえず女は人間であることは間違いないようだった。


 幽霊ではないことを理解すると、僕は『あなた』と呼びかけられた人間をきょろきょろと探す。もちろんこの時間帯のこの町には誰もいなかった。

 どうやら僕に向かって言っているようだ。


「はひっ!?」


 こんな状況に慣れていない僕は、思わず声がうわずって情けない返事をしてしまう。


 子供はフードをすっぽりかぶっていて顔は見えないが、女は女子大生くらいだろうか、かなり整った顔立ちをしている。というか知らない女の子に声をかけられるなんて初めてだ。しかもこんな美少女に。


「いいから来るのっ!!」

「えっ!?ちょっ!!」


 女にいきなり腕をつかまれると、僕は鬼ごっこに強制参加させられることとなった。唐突に始まったこのシュールすぎる出来事に僕は考えることをやめて、それに従うのだった。



 15分間ちかく走ってだろうか。鬼役の子供が見えなくなるほど引き離してしまった。


「はあはあ……いい、んですか」

「なにが?」

「いや、おこさん、じゃ……」

「ちがうわ」

「……えぇ?」


 僕が息も絶え絶えになりながら問いかけると、即答された。女子大生くらいの女は息一つ切らしていない。若さって素晴らしい。


「あなたの家はどこ?」

「へ?」


 何の脈絡もないその質問に疑問符だけが浮かぶが、一周したのだろうか。逃走経路の終着点のここが僕の家の目の前だった。


「ここ、ですけど……」

「あがらせてもらうわね」

「え?そ、それは……」


 僕が返答しかけたところで、その女の子にさえぎられる。


「ここが入り口?」

「え、はい」


 僕がその勢いに流されるまま肯定する。それを聞いて女の子はずかずかと玄関に上がり込む。普通なら通報ものだが、対人を相手にすることに慣れていない僕は何も言えないのだった。


 怪しすぎるが、可愛いは正義、ということで仕方なく僕は客室に座らせてあげるのだった。

 形はどうであれ、僕は人生で初めて女の子を自分の巣に連れ込むことに成功した。しかも超ド級美少女。


 客室にあがらせるとヒーターの電源を入れながら、確認のために女の子にもう一度同じ質問をする。


「あの、なぜおこさんを、あんな……」

「子供じゃないって言ってるでしょう?」

「え、あ、はい」


 なんだか訳ありのようだ。育児放棄だろうか。女の子の若さゆえに少しだけ不安になる。


 なんとなくいたたまれないので僕は台所に逃げ込んで温かいお茶を淹れる。そして女の子の前に優しくお茶を提供する。

 室内灯ではっきりとなった彼女の美貌はまばゆいくらいなものだった。


 透き通るような白い肌に、程よい大きさの胸、金色に近い茶髪はさらさらと肩のあたりまで伸びていて、ぱっちりと大きな瞳は蒼と碧が入り混じり幻想的でさえある。


「ありがとう。私は『ジェネ』、追ってきたあの子は『エンド』よ」

「は、はあ……僕は『日野陽市ひのよういち』です」


 普段から『なろう小説』を読み込んでいる僕は名前の奇抜さ程度で怖気づいたりはしない。むしろハーフだ、とか言われた方がこの整った顔立ちにも合点がいく。瞳の色も日本人のそれではないのは明白だった。

 その美少女、ジェネが目の前に出されたお茶をすする。それを見ながら僕は問う。


「あの、なぜ追われているんですか?」


 その質問にジェネがお茶を置き、僕をじっと見つめる。


「あなたならきっと……」


 しかし、質問の答えは乱暴すぎる音で中断される。


ドンドンドン!!


「わっ!」

「来たっ」


 ジェネが僕の口を勢いよく押さえつける。いきなり飛びかかってきたので僕はジェネにのしかかられるような形で倒れこむ。


 ……当たっておる、むにゅっと、至上の感触を僕は体でひしひしと感じていた。そして追い打ちのごとき妖艶な芳香によって僕の理性はヒートアップする。


「んーー!んーーー!」

「少し静かに……!」


 耳元でかわいらしい声に静かな注意をされる。息が耳元にかかってこそばゆい。もう僕に悔いはなかった。

 緊迫した表情のジェネとは対照的に人生で一番幸せなひと時だった。


―――……ガラガラガラ


開いた!?


 あまりの急展開に鍵を閉めるのを忘れていた。幸せな感覚に浸っていた僕もようやく焦りだす。


―――ズル、ズル、ズル……


 何の足音なのかわからない。さっきの子供ではないのだろうか。しかし、光源が漏れていたのか、まっすぐこちらに向かってくることだけはわかった。

 そしてこの客室の前で立ち止まる。ジェネが密着しているからではなく、僕の心臓は強く脈打っていた。


―――バンッ!!


 勢いよく客室のふすまが開く。現れたのは先ほど追いかけてきていた子供だった。

 現れた子供はすかさず僕を押さえつけていたジェネに飛びかかる。二人は僕をおいて部屋に転げる。


「くっ……!!」

「かエ・・・しテっ」


 ジェネの拘束から解かれた僕は、取っ組み合いを始める二人を起き上がって眺めている。そしてジェネがその子供、エンドだったか、エンドを蹴り飛ばす。いや、ジェネも蹴り飛ばされたようだ。


 二人は向かいの壁に叩きつけられる。壁に叩きつけられたエンドは深々とかぶっていたフードが脱げ、顔があらわになる。僕はエンドを見やる。




――――この世のものではなかった。




「ひいっ!」


 エンドのあらわになった容姿に僕が思わず声をあげると、一瞬だけエンドがこちらを見たような気がした。しかし、およそ目に該当するものは視認できなかった。


「陽市っ!!!受け取って!!!」

「えっ」


 ジェネが突然、金属のような物体をこちらに放り投げる。僕が危うく落としそうになりながら受け取る。


「逃げなさいっ!!!」


 ジェネのその言葉を聞いて、追跡者のエンドをすぐさま見やる。顔すらあるのかわからないエンドは確かにこちらを向いているのだけはわかった。


「……わね」


 僕は客室から急いで離脱し、本能的に二階の自室に戻る。今度は鍵を急いで閉めると左手に握りしめた金属のような『それ』を見つめる。

 『それ』は楕円形に近い形に加工された金属のようで、暗い自室の窓から差し込む街灯の明かりを怪しく反射し、妖艶なほどに美しかった。


―――ドンドンドン!!


 『それ』に見惚れていると、自室の扉を乱暴に叩く音に僕の心臓が跳ね上がる。僕は考えるより先に、扉から一番遠い部屋の隅にしゃがみ込んだ。


 体は震え、嫌な汗がジェネから受け取った『それ』にしたたる。


―――……ガチャリ


「なっ!?!?」


 扉を破壊しそうなまでの音は消え、扉がゆっくり、時が止まって見えるほどゆっくりと開く。

 理解が追い付かない。


なぜ開いた?鍵は?ジェネは?どうなる?どうすれば?


 思考はフルスロットルで回り、一瞬でオーバーヒートする。


―――ぴた、ピた、ぴタ……


 エンドはゆっくりと近づいてくる。震えは、異常なまでの痙攣に変わっている。


「かエ・・・シて・・・」


 エンドがそうつぶやくと手をさしのばしてきた。・・・いや手ではない。手のような“何か”だった。


焦燥、恐怖、動悸、発汗、戦慄、僕はもう生きた心地がしない。


 激しすぎる震えのせいだろうか、接していた本棚から分厚いライトノベルがエンドの頭上へと落下する。

 僕が今一番ハマっているライトノベル『転生したらヒロインと入れ替わって最強になっちゃった僕です』だ。来春にはアニメ化も決まっている。

 分厚いラノベはエンドの頭のような部位に直撃する。おかげでエンドは一瞬ひるむ。


 しかし僕の置かれている状況は何一つ好転などしていない。

 全身の汗と痙攣。もう心臓は限界だ。気付くと僕は失禁してしまっていた。


「カえ・・・」

「うわああああ!!くるなああ!!!!!!」


 コートをつかんだエンドの“手のようなもの”を振り払い、僕は絶叫する。エンドは僕に強く振り払われ少し後退する。



 今思うとなぜそんな行動をとったのかはわからない。最期に見たライトノベルのせいだろうか。ジェネから受け取った『それ』に向かって僕は叫んでいた。


「転生しろォ!!!!こいつのいない世界にィ!!!!」



――――僕の周りに白い光が満ちていく。雪のように白い、真っ白な光が。



 エンドは必死になり、『それ』を奪い取ろうとするがもう遅い。エンドの手に似たものは空を切り、その場にぺたん、と座り込んでいた。


 まばゆすぎるその景色に僕は思わず目を閉じた。

つづきます。

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