夕暮れと始まり
私はハルヒと一緒に病院を出た。外はもう赤く染まっていた。
「大島さんにあったんだ。」
ハルヒが話し始めた。
「最初、大島さんが私に気がついたのね。それで、友達とうまくいっている?って聞かれたの。」
「二年生はなんでも御見通しかぁ。私も巴原さんに制服持って行くように言われたんよな。」
ハルヒはふうっと息をついた。
「巴原さん、実習先私と一緒なんよ。自分でここを希望したんだって。」
「そうなの?」
「そうみたいね。私の制服や白衣が破られてたのにも気がついてくれた。」
「巴原さんは見ていないのかしら。」
犯人、とは言わなかった。
「見ていたと思う。だからね、私、いざとなったら巴原さんはいってくれると思うの。」
艶のある仕草をする人だ。面倒臭そうにするけど、きっと言うだろう。
「巴原さんって、艶っぽいわ。ずっと思ってた。」
「男にもモテるんだろうな。」
そう言ったハルヒはふっと暗い顔になった。
「神田さんね、実習始まってからずっと、色々なことしてきたの。ダメよね、私。准看持ってるのに、実習先に迷惑かけて何してるのかしら。私は患者さんのことしか考えちゃいけないのにね。医療人として失格なのに。」
疲れ切っていた。
「寝た方がいいわよ。今夜はゆっくりね。」
ハルヒの足が止まった。明らかに足がすくんでいた。神田さんの取り巻きが、いた。
「華と帰ってきたんじゃなかったの。」
華、というのは神田さんのことだ。
「神田さんは先生とお話があるって言っていた。」
ハルヒが言うと取り巻きのうちの1人が顎をしゃくった。
「ちくったんだ?」
「ち、違うよ。」
「お隣さんもなんか知ってるでしょ。」
私は知らない、と言った。
ハルヒはその晩、ご飯を食べに下りてこなかった。毛布にくるまって、実習に行きたくない、と繰り返し続けた。私は寝ればなんとかなると思ったが、そう甘くはなかった。
翌日、巴原さんは朝、手慣れた仕草でシニョンを作った。私もせっせと作った。ハルヒは、毛布の中に入ったまま起きてこなかった。
「遅れちゃうわよ、送ってあげるから出てきなさい。」
巴原さんはいった。「昔奈津もこうなったのよね」と私に言いながら、「どうしちゃったのよ、患者さんが待ってるから、行かなくちゃ。」と言って起こし続ける。私も「一年生は今日で一旦終わりでしょ、あとはまたしばらく学内でしょう。今日がんばったらおしまいだから。」と説得した。ハルヒは「白衣ないから……」と言った。「そんなの借りればいいでしょ、とにかく行こう。」
とうとう、巴原さんは制服を着せ始めた。
「こうなって怠け癖がついちゃうのが一番駄目。今日は行こうね、絶対。帰ったら話聞くから。」
ハルヒはされるがままになっている。私はちょっと驚いた。もっと怒ると思ってたのに、優しい。
「あんた、遠いんだから先行きな。春日井は私が連れて行くから。」
私は先に寮を出ることにした。相方の三郷さんは、ふんわりとした笑顔を向けた。
「ハルヒちゃん、大丈夫かねぇ。だいぶ酷いことされやったよ。お金も盗られてたんと違うかな。」
心配そうに円い顔をこちらに向ける。
「実習行きたくないって、言ってた。」
「そりゃそうやわぁ。だって、神田さん、昨日先生になんて言ったと思う?それはハルヒの思い込みです、ハルヒがハサミを私の鞄に入れたんです、私の評価を下げようとして、って泣きながら先生落とすんだもん。騙される先生も、馬鹿。」
「今日が最後だから、って言ったけど大丈夫かな。」
「神田さんはあのまま来るし、ハルヒちゃんはこんなことになると実習の評価がつくかもわからないよ。これで終わりじゃない。むしろ、イジメはここからが長いのよ。」
「三郷さん、何か他に知ってることない?」
「なんで私なの?同室なんだし、あなたの方が知りよらんと。ハルヒちゃんが自信なくしてくの、見てた?」
私は何も見てなかった。
目の前の患者と、記録に追われて見てなかった。
だから大切なものを失いそうになっているのかもしれない。
「帰ってきてほしい……。もとのハルヒに戻ってほしい。」
「そうね、でも目の前のことに集中して、とにかく実習を終わらせよう。今夜私も頑張る。神田さん捕まえて、物的証拠を先生に突きつける。あなたは、ハルヒちゃんの心を癒すの。一緒に頑張ろ。」
そう言って私たちは、結託してハルヒを救うと決心した。