羽をかけた戦いはどうなるか
大島さんに言われた通り、控え室へ向かった。だいたい実習生の控え室は、ナースステーションの裏手にある。私はすぐに控え室を見つけられた。
制服姿で控え室に入ろうとした私を看護師が呼び止めた。
「あなた、東亜の人ね?」
その眉間は明らかに邪魔だと言っていた。
「はい、そうです。」
「春日井さんのことなんだけど、神田さんとうまくいっていないみたいなの。チームワークが必要とされる現場なのに困るわ。あなたはいいわよ、教員に連絡してあるし。」
「え、待ってください。それじゃ、ハルヒは、もう学校に帰ったということですか?」
ハルヒは絶対に悪くないのに。きっとこの人が連絡したんだ。ハルヒが悪いことになって伝わっているに違いない。
「さぁ、とにかく忙しいから。」
そう言って看護師は去った。
「また東亜か」「そうなのよ、もう面倒くさくって」「まぁ春日井さんってほら、准看持ってるんでしょ。だからちょっと知ってるみたいなところあったし。可愛げがなかったのよね」「実習受けてあげてるんだからせいぜい感謝して欲しいわぁ。」
看護師の声が横を過ぎる。
絶対にハルヒは悪くなんかないのに。
私は控え室のドアを開けた。そこには教員とハルヒがいた。
教員は面倒な奴が来たとばかりに、私の方を見た。
「なぜ来たの?」
「同期だから、来ました。」
息がつまる。ハルヒは病院から借りたのだろう、見たことのない白衣に身を包んで、身を縮めていた。
「制服を届けに来ました。」
「ふん、もう帰っていいよ。」
女の教員は豚に似た鼻を鳴らした。私はドアを閉めて聞き耳を立てた。
「それで、神田さんが破いたという証拠はどこにあるの?」「実習先で面倒起こしたら、実習停止なのは分かってるでしょう。准看持ってるんだから。」「実習停止になると退学するしかないのよ」
………
退学させる気なんだ。
めんどうだから。
私はロビーへ降りた。そこには制服に身を包んだ神田さんがいた。
「ねぇ、ハルヒはまだかかりそうなの?」
実習生はペアになって帰るように義務付けられている。
とぼけた表情で言った。
「あなたでしょ、破いたの」
ちょっと突いてみる。
「何言ってるのぉ」
シニョンが揺れる。実習が始まっても、まだ神田さんはちゃんとシニョンができていなかった。だから、揺れる。
「ねぇ、勘違いなら言って欲しいの。神田さん、あなたでしょう。」
「しつこいわね。どうしたの、いきなり。」
そう言った手から、バッジが落ちた。本来なら白衣に付けるように決められているバッジが、神田さんの手の中にあった。
「これ、どういうこと?いちいち付け外ししてるの?」
神田さんは明らかに焦っていた。わたしには分かった。それはハルヒのバッジなのだということが。
「え?」
「バッジよ。胸につけているでしょう。」
「そうね」
「いちいち外すの?寮で外した方が無くさないとか思わないの?」
神田さんは微笑んでいた。
「だって、間違って洗濯したら寮でうるさいでしょう。」
そうね、バッジを洗濯したら確かに怒られる。
神田さんは私がなぜこんなに食ってかかるのか、分かったようだった。
「ははぁ、ハルヒのことでしょう?ハルヒの白衣が破られてたのは本当に知らないわよ、私。私がハルヒのこと羨んでたとかいろいろ噂はあるかもしれないけど、私違うから。」
「そうなの?じゃあそのバッジは偶然ってこと?」
「そうよ」
神田さんのシニョンがグラグラしている。
「後ろ、グラグラしてるわよ。Uピン貸そうか。」
「いいわよ、別に。」
私はさらに突いた。
「そろそろ先生来るかもね。ちょっとグラグラしてるから直してあげる。かがんで。」
神田さんはかがんだ。茶色い縮毛が揺れる。私たちの中で髪を染めているのは神田さんだけだった。そもそも染髪もパーマも許されていないのだ。教員に見咎められると神田さんはいつも地毛だと言い切っている。
そんな嘘つきに。
ハルヒを渡さない。
ハルヒの羽を毟らせない。
私はUピンをさしていった。かがんでいる神田さんの鞄の中にはハサミが見える。
「実習中刃物は持っていてはいけないんじゃないっけ。」
「しつこいわねぇ」
「友達だからね。ほら、終わったわ。いくらかマシになった。」
「ありがとう」
そこに教員が現れた。教員は神田さんが鞄を病院の床に置いていたことを見咎めた。
「神田さん、それ」
「ごめんなさい。鞄は床に置いてはいけないんですよね。忘れていました」
「そうじゃなくて。」
「え?」
神田さんはとぼけた。
「ハサミよ。実習中は持っていてはいけないわ。どうしてそんなところにあるの?」
「すみません。間違えて持ってきていました。」
そう言いながら、神田さんはハサミを隠した。
「持ってくる理由なんかあったの?」
神田さんにしろハルヒにしろ、教員からはあまり好かれていなかった。むしろ、ハルヒの方が勉強ができて素直な分まだマシだったかと言える。神田さんは髪を染めていたし、素行が良くなかったりしたので油断ならないと感じている教員も少なくなかった。
「神田さん、あなたのことを疑っているわけではないけれど、少しお話を聞かせて。同じ病棟で実習してたんだものね。」
教員は神田さんを連れて行く傍ら、「春日井さんは同室の子と帰りなさい。」と言った。