『いまなら無料で聖少女ナイチンゲールがついてくる!』
もう何もかもうまくいかなくなって、首を括ろうとした。自室にロープなんてなかったけど、ちょうど首に良いものが掛かっていた。なるほど、ネクタイとはこのためにあったのか。
脱ぎ捨てられたジャケット。就職祝いで両親から貰った通勤カバン。書店で買ってきた雑誌。床に散らばっている。発見されたときのことを考えれば多少は整理した方がいいのだろうか。
あ。あの雑誌についてきたシリアルコードまだ入力してないや。と、首にネクタイをかけ、台に上がったところで思い出す。いまハマっているソシャゲの限定キャラ、聖少女ナイチンゲールが無料でついてくる。大人気で品薄になっているとネットで見て、昼休みに買いに走った。最後の一冊で危ないところだった。
こんなことになるのなら、その時間で田舎の母親にでも電話をすればよかった。っていうか、いまからかけてみようか。『いま何時だと思っているの!?』と怒られそうだけど。スマホはたしかジャケットの胸ポケットに入ったままだから――。
と、台を踏み外したぼくだった。
筆舌に尽くしがたい、踏み潰された蛙のような声を上げて、ぼくのからだは地球に曳かれた。支えているのは首のみの一点で、それは数分でぼくのいのちを容易く奪う。
あまりの苦しさにもがいていると、不意にからだが浮くような感覚がした。次の瞬間には、どしんと床に着地していた。ネクタイが千切れていた。
「なにいきなり死のうとしてるの……」
ぼくひとりしかいないはずの部屋に似つかわしくない、女性の声が聞こえてきた。ぎょっとして振り返ると、どこかで見たようなコスプレをした少女がいるではないか。露出多めのナース服。無表情の中にも、強い怒りを滲ませている。
「ど、どこから入ってきたんですか!?」
「ここ。あなたが買ったんでしょ」
少女が指差したのは、ぼくが買ってきた雑誌だった。ダウンロードできる限定キャラが大きく描かれている。それは、目の前の少女の格好と同じだった。
「だってこれ、『いまなら無料で聖少女ナイチンゲールがついてくる!』って」
「よく見てよ。『いまなら無料で聖少女ナイチンゲールが憑いてくる!』って書いてあるでしょ」
まさかと思って見てみると、本当にそう書いてあった。
「この世で一冊の大当たり」
ビシっと彼女はぼくを指差す。
「私が憑いているからには、簡単には死なせないわ。覚悟しなさい」