夕暮れブライド
恋愛小説なんて書く日が来ようとは...←
どうせ死ぬなら、海に沈んで死にたい───なんとなく口にした私の言葉を君は真に受けた。
私は冗談のつもりで言っただけなのに、わたわた慌てて目に涙まで溜めて。
「何言ってんだバカ!そんなの死ぬほど苦しいに決まってんだろ!」
「そりゃそうでしょ。だって死ぬし」
「お前が居なくなったら俺が寂しいだろうが!」
───場所はファミレス。午後七時のディナータイム。目の前には制服を着た学校帰りの馬鹿。
故に、こんな馬鹿が馬鹿みたいに恥ずかしい台詞を言い放つと周囲の視線は馬鹿みたいに集まる。
私はテーブルから身を乗り出して、そんな馬鹿の口にお絞りを突っ込んだ。
「アンタちょっと黙んなさい...そーゆーコト言ってるから私達が付き合ってるなんて噂が広まるのよ」
「いいじゃん、別に。ウワサなんて気にすんなよ」
───殴りたくなる、その笑顔───
気にしない訳がない。意中の相手との間にそんなウワサ広まってんのよぶっ殺されたいのと照れ隠し込みで告白してやろうかと、つい思考が短絡的になる。
私の気持ちに気づくはずもない君は、窓の外の海に目をやりながら淡々と口を開いた。
「でもまぁ、分からなくはないな。海に沈んで死ぬのってなんかロマンチックだもんな」
...改めて言っておくが、私が先程言ったのは冗談だ。コイツが長年一緒に過ごしている友人だからこそ分かるが、今彼が言ったことはきっと本心である。
「ねぇ、さっき私が言ったこと単なる冗談だからね?」
「そっかー、安心した」
そう言うと同時に、食べかけのスパゲティを多めに口に運ぶ。
私はそんな君を見て溜息を吐いてから...自分でも気付かない内に口元が緩んで笑んでしまう。
「...このパスタに入ってる海老さ」
「うん」
「つい、さっきまで海で泳いでたんだよな...」
「アンタが言いたい事は何となくわかったけど、わかった上でひとつ言うね」
───とっとと食え───
深刻な表情でパスタの海老を本気で憐れむやつがあるか。恥ずかしいわ。
───ひとつ。無いだろうけど、もし日常の会話の中で『どこの世界にパスタに入ってる海鮮類の命の重みに同情する男子高校生がいるんだよ』的な会話になった際には、是非思い出して欲しい。
今私の目の前にいると。
私は空になったパフェのスプーンをじっと見つめる。湾曲したスプーンの表面には、中心からぐにゃっと広がった私の顔が映し出されていた。
───ぶっす...。思わずクスッと笑ってしまう。
試しに口の端をきゅっと上げてみたり、口の先を尖らせてみる。
「何してんの、お前」
「ぎゃああああ!?ちょ、食べ終わったなら言ってよ!!」
「スゲー顔してたぞ」
「聞けぇ!!」
───銭銭銭───
店の外に出ると、夕日が沈む所だった。いつもは波に乗っているサーファー達も、今日はその姿が見当たらない。
夕日が水平線の向こう側から反射して、大きなオレンジ色の線を海面に作っている。
「おー、むちゃくちゃ綺麗だなぁ」
「こーゆーの見るとさ、田舎も捨てたもんじゃないって思うよね」
うんうんと首を振って同意する君の顔が、夕日で違う色に見える。...思わず吹き出してしまった。
「ぶっ...あっははは」
「な、なんだ急に」
「だって、だって...あはっ、アンタ光りすぎ」
身をよじり、腹を抱えて笑う私をちょっと不機嫌ながらも照れ臭そうに顔をしかめ───その表情の変化が、再び笑いを誘ってくる。
一通り笑うと、いよいよ夕日が沈む頃に。
互いに無言な時間が十秒程。それが過ぎると、いい加減私としては気まずいので...何か言葉を探す。
「...ねぇ」
「んー?」
私は目下に広がる砂浜を指さして...鏡やスプーンがなくても容易に想像できる自分の赤い表情を、なんとか袖で誤魔化しながら。
「ちょっと下りたい...砂浜まで」
これが『もう少し一緒にいる時間を伸ばそうとする恋する乙女の計らい』である事は、きっと君は気付かない。入院必須な位、こっち系統のセンサーは鈍感だもんね。
「なんだなんだ、俺と一緒に居たいってか」
「何言ってんの馬鹿!!」
コレは、冗談だ。顔を見れば分かる...その笑い方の時、君は冗談を言っている。だがしかし───
だからといって、私が動揺しないかどうかは、別の話だ。
石階段を下りていくに連れて、波の音が大きくなっていく───満潮だ。
水平線に映る夕日が先程よりも少し大きい。
「これさ、もっと近づけばもっと大きくなるのかな」
「太陽に近づいたら燃えちまうぞ」
コイツを燃やしてやりたい。そういう意味で言った訳じゃないっつーの恥ずかしいわ。
「...それにしても綺麗だなー」
「ん...だね」
「...海老さん」
「嘘でしょ?」
───こいつ早く何とかしないと(以下略)───
「あのさ」
「なに」
「すっげぇ言いにくいんだけど、いいか」
「場合によっては殴る」
君は少しビクッとして、それから唸りながら迷った結果私の方に体制を向けて、
「言う」
「来い」
夕日が沈んで辺り一帯が夜の闇に包まれる。それと同時に、浜辺付近の外灯が一気に灯り、スポットライトの様に私たち二人を上から照らした。
「俺たち二人が付き合ってるって噂、俺が流した」
殴った。