八話 剣と銃
「無事かしら」
ノアは倒れたまま茫然としてるヒビキに手を伸ばす。
「……あ、ああ。ありがとう」
ノアの手を掴み、起き上がるヒビキ。
「それよりもノアがここにいるってことは襲われていた方は?」
「安心しなさい。無事に救出できたわ」
「そっか」
ヒビキは胸をなでおろす。
囮としての役割は果たせたようだ。
「一つ聞いてもいい? どうして囮になんてなったの?」
「どうしてって……」
ヒビキは少し考えてから答えた。
「化け物の数が多かったから、そいつらを引き寄せる囮が必要って思ったんだけど……」
これは後付けだ。
本当は体が勝手に動いただけで、そこに確かな理由などはなかった。
「確かに貴方が囮になってくれたおかげで救出は楽だったわ。でもその代わりに貴方が危なかった。私が少しでも遅れていたらこの場に首なし死体がひとつできていたわよ」
「……ごめん」
ヒビキはノアに謝った。
よく考えなくても、何も言わずに勝手に囮になったヒビキはノアにとって迷惑にしかなっていない。
いくら人を助けたいとはいえ、もう少し上手いやり方はあったはずだ。
「いいのよ。私は人にとやかく言う資格なんてないから。ただ、もし次があるのなら私に相談はしてほしいの。約束できる?」
「ああ、約束する。あと、また助けてくれてありがとう」
「気にしないで。それよりも助けた商人のところに戻るわよ。命を助けたんだからある程度、物をたかっても罰は当たらないでしょう」
「私は行商人をしているガリス、手綱を握っているのは弟子のテテ。先ほど女性の方には言いましたが、危ない所を助けてくださいましてありがとうございます。本当に助かりました」
ガリスは深々と二人に頭を下げた。
移動する馬車の荷台にガリス、ノア、ヒビキの三人は乗っていた。
「無事に助けられてよかったわ。でも、どうして護衛もなしでこんなところに?」
襲われていた場所には死体がないことから、最初から二人だったか、護衛が途中放棄したかのどちらかである。
「それが恥ずかしい話ではあるのですが、この一帯で起きている『子供誘拐事件』についてはご存知で?」
ヒビキはノアに視線を送るが、ノアは首を振る。
ノアも知らないらしい。
「最近の話ですので、知らないのも無理はありません。なんでも親が目を離した隙にまだ十にも満たない子供が消えるという事件でして……」
「貴方は『子供誘拐事件』って言ったわよね? 今の話だと誘拐とは限らないんじゃない?」
「おっしゃる通り。それに村の子供が消えたなんて話、嫌な話ですがよくある話なので普通は事件なんて騒ぎにはなりません。ですが、この事件の被害はこの村だけではありません。他の村でも同様に子供がいなくなっています」
「規模はどれくらいかしら?」
「ここら一帯、全ての村が被害に遭っていました。商人仲間によるとここから北にある村もやられているという話です」
「ここの領主は何をしているの?」
「一応は兵を出して調べているようですが、まだ何も……」
ガリスは深いため息を吐く。
その事件のせいで商売が上手くいっていないのだろう。
ガリスの顔には疲労が見えていた。
「事件については分かったわ。で、その話と護衛がいないことに関係が?」
「ええ、今日の昼前ぐらいでしたか。商売先の村に護衛を連れて到着したのですが、その事件のせいで部外者を村の中に入れさせてもらえなくて……。護衛の方も契約上はその村までとなっていたので、すぐに我々から離れてしまいまして……」
「だから言ったですよ! 万が一に備えてある程度は金を持っといた方がいいって!」
御者台に座るテテが会話に入ってきた。
「うるせえ! おめえは黙ってろ!」
「でも師匠。食料はあったし、せめて数日は村の近くで野宿をしててもよかったんじゃ――」
「客人の前だぞ! おめえは黙って手綱を握っていればいいんだよ!」
ガリスの一喝でテテは渋々と手綱を握りなおし、横まで向いていた顔を前に戻す。
「話を中断してしまい申し訳ありません。後で私の方できつく言っておきますので」
「いや、でも弟子さんの言うことも一理あるんじゃない? 戦えない者だけで旅する危険性は知らないわけではないでしょう?」
「……私も最初はそう考えたんですが、その村の誘拐された子供っていうのが、村長が溺愛していた孫娘だったらしくて、そのせいもあって村全体が殺気立っていましてね。もしよそ者が村近くで野宿しているなんてバレたらどうなるか……」
「その村の者にとっては、誘拐犯が新しい獲物を探していると見られる可能性があった、というわけね」
「はい、それだったら一か八かで新しい街に向かうべきだと判断しました」
結果、ガリスたちは化け物に襲われたという。
しかしだ。
「なぁ、護衛の話だけど、その護衛の奴らも村に入れなかったって言ってましたけど、だったら帰り道はそいつらについて行けばよかったんじゃないですか?」
今まで黙っていたヒビキが疑問に思ったことを聞いてみた。
それに答えたのはガリスではなくノアだった。
「護衛には大雑把に分けて二パターンあるの。受けた仕事は金銭外のアフターケアまできっちりとするタイプと、契約上だけ働くタイプ。後者の方には契約外で依頼主に死なれようがどうでもいいとすら考えている人たちもいるわ。もし護衛がこのタイプだったら、魔物と遭遇時に無理やり囮にされる可能性もあったし難しいところよね」
「そんなことをすんのか!?」
「戦うのにはどうじてもお金がかかってしまうの。武器が欠けたり、鎧が凹んだり、その修理のお金がね。できるだけ無報酬では戦いたくないのよ、彼らは。こういった場合のベストは護衛に次の街まで依頼を更新すること、お金さえ払っておけば相応の仕事はするからね。だけど……さっきの話を聞く限りは手持ちのお金がないみたいね」
「いや、お恥ずかしい。そちらの方の言う通りです。手持ちの金がありませんから――」
揺れる馬車の中、ガリスは器用に荷台に積まれた木箱を開け、中に入っている物を一つ一つ並べていく。
「助けてもらって恩の一つも返せないとあっては、商人の名折れというもの。ご迷惑でなければ、私たちを助けてくれた礼ということでいくつかプレゼントさせてください」
ガリスが置いていく物は、短剣、弓、容器に入った青い水、そこらに生えてそうな草、そして――
「……あ」
『ソレ』が置かれた時、ヒビキは思わず声を上げてしまった。
「お目が高い。『コレ』が気になりますか? どうぞ手に取って見てください」
ガリスはヒビキに『ソレ』を渡す。
受け取ったヒビキは『ソレ』をいろんな角度で見るが、間違いない。
それは紛れもなくドラマや映画でお馴染みの『拳銃』だった。
「ここから北西に行った所にある“ラオルード”という科学都市がありまして、それはそこで開発された最新モデルの“T-66”でありまして、従来の拳銃より飛距離性能を高め、より遠くの標的を撃つことができます」
「ちょっと待って。“T-66”って二年前の型遅れじゃない。それを最新なんて口が大きすぎるんじゃない? 大方、売れないマイナー商品だからバレないと思ったのでしょうけど」
「売れない?」
拳銃は現代の地球でも通用する武器だ。
もし、地球の中世時代、剣や槍が主流だった時代に拳銃なんて物が生まれていたら、革命的であり、口が裂けても“売れないマイナー商品”なんて言われていないだろう。
「最初は、銃が完成された時は世界が注目していたのよ。全く新しい武器の開発でこれからの戦場は変わるんじゃないかって。でも、実際は銃という武器は趣味で持つぐらいで、実践には使えないとされてしまった」
「なんか問題があったのか?」
「問題ばかりだったというか……。銃の利点は誰が使っても同じ威力を出せることだと思うの。女でも子供でも当てさえすればダメージは同じってこと。ここで出た問題は“当てさえすれば”ってところ。簡単に言ってしまえば避けるのは容易いのよ、銃弾は。少し鍛えている人でも銃声が聞こえてからでも避けられるし、自分の前に魔力の壁を張っていれば防げるし、鉄の小手でも着けていれば弾を掴むこともできる。前線で活躍している兵士たちにとって、拳銃という武器は弱すぎたのよ」
「弱すぎた……」
「でも、売れない本当の理由はそこじゃないわ。なによりダメだったところは“お金がかかる”ってところよ。矢は敵を仕留めた後、真っ直ぐ刺さっていれば使いまわすこともできるけど、銃弾は打ったらそれっきり。矢は品質問わなければそこらでも買えるし、原材料が木だから安く買えるわ。だけど、弾丸は流通は限られているし専門の知識で作られているせいで高い。さらには定期的に銃本体のメンテナンスをしないと故障率が上がる、どう? 売れない理由はこんなところでしょう?」
「はは……こちらの女性は中々にお詳しいようで……」
ガリスは汗だくになりながらノアに同意した。
「売れ残りね……」
ヒビキは手に持った銃を何度もひっくり返しながら眺める。
地球では主力である拳銃がこの世界では弓にも劣る。
その事実がヒビキにショックを与え、そして思わず口にした。
「なぁ、これ。俺にくれないか?」
「え? い、いいんですか?」
あれだけノアが銃の欠点を指摘したにも関わらず欲しがるとは思っていなかったガリスは驚きの声をあげる。
同じくノアも怪訝な顔をし、
「……貴方は私の話を――。いや、貴方には弓よりも“ソッチ”の方がいいかもね」
ため息と一緒にそんな言葉を漏らした。
「商人さん、この銃くれるかしら? あと弾も少しでいいから付けてくれると嬉しいんだけど」
「ええ、わかりました。弾と一口で言っても銃によって装填できる弾が違うので、他の店で買われる際は気を付けてくださいね」
ガリスから茶色の袋を渡される。
中を見てみると弾が十発ほど入っていた。
「あと、あればでいいんだけど、刃を潰した剣なんて売っているかしら」
「刃を潰した剣ですか? 兵の訓練用の剣みたいな物でいいんでしょうか?」
「そうそう、そんな感じの」
「少々お待ちください。えーと、確かこの辺りに……」
ガリスは積まれた箱をいくつか開けては閉めを繰り返し、
「あった、あった。これなんてどうですかね?」
ヒビキたちの前に置かれたボロボロなロングソード。
刃のところは傷だらけで、柄の部分は赤黒くなっている。
前の持ち主が長く使い込んだという証が刻まれていた。
「これは?」
「顧客である貴族様のご子息様が幼少期に使われていた剣です。今では立派に騎士様になられまして、もう必要ないだろうと頂いた物です。ご要望通りの物と思いますが?」
ノアは置かれた剣を持ち、まじまじと見る。
「魔剣や呪われた類ではなさそうね。いいわ、これをもらおうかしら。いくら?」
「いえいえ、元々は売り物ではありませんので、そちらも助けてくれたお礼ということで……」
「ありがとう。手持ちが少ないから助かるわ。ということで、はい」
「……へ? ちょっ!?」
ノアはヒビキにロングソードを渡す。
想像以上に剣は重く、手から剣を落としてしまう。
「これからそれは貴方の物なんだし、しっかりと握りなさい」
「俺の……?」
「そうよ。さっきみたいに魔物に襲われた時、身を守る武器は持っていた方がいいわ。何も敵を倒せって言っているわけではなく、時間を稼げってこと。戦場では一秒稼ぐだけで命が助かる事なんてよくある話だしね。その剣と銃を上手く使えば、さっきの魔物にだって十秒は稼げるわよ」
「身を守る俺の武器……」
目の前にある剣と銃をヒビキは見る。
ボロボロな刃を潰したロングソード。
物を斬ることを否定された剣ならざる剣。
売れなかった銃。
欠点だらけで、買い手が見つからなかったスクラップ。
この世界で自分の立ち位置がわからない自分には相応しい武器かもしれない。
敵を倒すのではなく、身を守る武器。
これで“誰か”を守れるのならと、ヒビキは武器を取る。
「さっきの銃といい、剣を初めて見たかのような反応といい。あんたはもしかして――」
「あら? ガリスって言ったかしら、貴方は行商人ではなくて詮索屋だったかしら?」
ガリスの小さな呟きにノアが答えた。
「いや、はは……。散らかした物を片付けなくては……」
顔を青ざめたガリスは床に置いた商品を箱に戻していく。
「そろそろ街に着くかしらね」
いつの間にか森は抜け、向かう先の空には人の生活の証である煙突の煙が上がっていた。