五話 ギフト
「…………」
ヒビキが瞼を開け、最初に見たのは木目が見える天井だった。
心のどこかで『やっぱり……』と諦めに似た感情が湧いてくる。
ここは自室ではない。
自室でないとしたら、あれが夢でないのなら、あの見知らぬ場所で袋叩きにされたことは夢ではないということになる。
体の痛みも嘘でないと訴えている。
「やっと起きたわね」
「おわっ!?」
急にヒビキの目の前、お互いの鼻がぶつかりそうなほど近くに女の子の顔が現れた。
「だだだだ、誰だ!? とりあえず近いから離れろよ!!」
「はいはい、さっきまで死んだように寝ていたのに元気なことね」
ヒビキは上体を起こし、少女から離れるように後ずさる。
ベッドの真横で椅子に座った少女は、ヒビキの体を上から下へマジマジと見てくる。
「体に異常はなそうね」
そう頷く動作で綺麗で長い青髪が揺れていた。
「青い髪……?」
まだ若干寝ぼけていたヒビキの頭が動き出す。
気を失う前、最後に見た光景。
あれはたしか――
「俺はあんたに助けてもらった……で間違いないか?」
恐る恐るではあるが、ヒビキは少女にそう聞いた。
「ええ、そうよ。そこを覚えていてくれて助かったわ。私が敵だと勘違いしないで済むもの」
少女はあっさりと答えるが、ヒビキはいまいち信じられなかった。
ヒビキをリンチしていたのは体格のいい男が三人。
目の前にいる椅子に座った少女は見た目が十五歳ぐらいの細身な女の子。
普通に考えたら、どっちが勝つかなんて火を見るよりも明らかだろう。
「女子供があの状況を助けられるはずがないって?」
そんなヒビキの表情を読み取ったのか、少女がそう聞いてきた。
「いや、そういうわけじゃ――」
「いいのよ。見た目で舐められるのはよくあるから。……で、見えたかしら?」
ヒビキの首の横、さっきまでは確かに何もなかったのに、今は剣がそこにあった。
「…………」
「言葉じゃ中々信じてもらえないからこういう形で証明させてもらったわ。怖がらせて悪かったわね」
少女は謝りながらヒビキに向けていた剣を鞘に納める。
ヒビキの頬に汗が流れる。
全く見えなかった。
彼女を見ていたはずなのに、彼女がいつ剣を抜いたのかさえわからなかった。
“早業”なんて言葉じゃ足りていないスピード。
彼女の言う通り、こんなのを見せられたらヒビキは納得するしかなかった。
彼女がヒビキを救ってくれたのならやることは一つである。
「……えーと、何度も聞いて悪いんだけさ、俺を助けてくれたのはアンタで間違いはないんだよな?」
「ええ」
「ならアンタは命の恩人だ。見た通り何も持っていないからお礼とかできないけどさ、感謝の言葉ぐらいはさせてくれ。アンタのおかげで助かったよ。本当にありがとう」
「…………」
頭を下げるヒビキを少女は珍しいモノを見るように見てくる。
「うん? 俺、なんか変なことを言ったか?」
「……いや、剣を突き付けた相手を警戒するんじゃなく、すぐさま感謝を述べるとは思わなかったのよ。ジロジロと見て悪かったわね」
「いや、謝られても困るんだが……」
「…………」
少女は一度咳払いして空気を変える。
「まずはお互いに自己紹介しましょうか。私の名前はノア。呼び捨てでいいわよ。趣味やら特技やらを語ってもいいけど、今のあなたにとっては無駄話にしかならないでしょうね。はい、あなたの番よ」
「は? あ、えーと俺の名前は白井 ヒビキ」
「ヒビキね、なんだよ、この間は? って言うか、そっちが色々と説明してくれるんじゃないのか?」
「いや、今まで何度かあなたのような人を助けたことがあるけれど、多くが自己紹介もそこそこに取り乱して私に質問攻めしてくるからね。今回もそういうパターンかと身構えてたのよ。まぁ、冷静でいてくれるのなら助かるわ。人によっては説明しても信用してくれず、しまいには発狂して襲ってきたこともあったから」
「…………」
ノアの顔は笑っている。
笑っているが、ヒビキが目を覚まして今まで、ノアは右手が腰に、もっと言えば剣の鞘を常に触っていることに気が付いて、ヒビキの背筋に冷たい汗が流れる。
「さて、なにから話そうかしら。……うん、最初はやっぱりこの世界のことについて説明したほうがいいわね。あなたも薄々は気づいているかもしれないけど――ここはあなたが暮らしていた世界とは別の世界なの」
ああ……やっぱりな……。
予想はしていた。
もしかして、と。
だけどそんな考えが浮かぶたびに、そんな非常識なことが起きるはずがないと否定し続けていた。
だが、他人の口からこうもはっきりと言われてしまうと納得するしかないだろう。
『ねえ、この世界とは別の世界――そう、異世界って存在していると思う?』
(ああ、“異世界”ってやつは確かにあったよ、彩歌……)
「……大丈夫?」
ノアは心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
ヒビキはできるだけ笑顔を作り、
「ああ、大丈夫――とは言えないけどさ、深く考えるのは後にするよ。話を進めてくれ」
「……妙に物分かりがいいのが気になるわね。まぁ、いいわ。あ、そうだ」
ノアは近くのコンビニに行くかのようにさらりと言った。
「私もあなたと同じ、地球から来た一人よ」
「……は?」
完全に不意打ちだった。
ノアがヒビキと同じように地球から来た人間だと言う。
だが、それはありえない。
だって、
「……いやいや、それはおかしいだろ。ノアの髪の色、染めたにしてはそこまで自然な青は見たことがないし、さっき見せたありえないスピードで剣を抜いたことだって地球の人間では無理だ」
今までノアは世界が違うからと半ば強引に納得していた。
だが、ノアがヒビキと同じ地球から来ていたのだったらおかしい部分が多々あった。
ノアはヒビキの質問に涼しい顔のまま、
「それもこれから話すわよ。まずはこの世界はさっきも言ったとおり地球とは別の世界で、名前は『ゼラクティス』。科学は私たちが暮らしていた地球ほど発達していないけど、変わりに『魔術』っていう技術がこの世界に存在している。いや、この『魔術』があるから科学は中々発展しない感じかしらね」
「『魔術』? 『魔法』じゃなくて?」
「『魔術』と『魔法』の違いについては、この世界の専門用語を交えての説明になるし、本筋から大きく脱線することになるから今は説明しないわ。些細な違いだから、名称が違うって思ってくれればいいわ」
「……その『魔術』って子供向けの絵本とかに書かれているああいうやつ?」
「絵本次第だけど、何もない所からお菓子とか出せるメルヘンな感じじゃなくて、火とか雷とか出す感じ。ああ、あなたの怪我は私の“治癒魔術”で治したわ」
「ノアの『魔術』? ノアって『魔術』使えるのか!?」
「専門には負ける程度にはね」
「だったらさ。その『魔術』を俺に教えてくれないか?」
また襲われないとも限らない。
そのときの撃退手段の一つとして覚えておいたほうがいいと判断しての提案だった。
あとほんの少しの興味本位で。
だが、
「残念だけどあなたには『魔術』は使えないわ」
「ん? なんでだ?」
ヒビキと同じように地球からこっちに来たというノアが使えるのだ。
だからてっきりヒビキも使えるのだと思っていたのだが、
「『魔術』っていうのはこちらの世界で生まれた人にしかできない『技』なの。ヒビキの生まれは地球でしょ? どんなに頑張っても『魔術』は使えないわ」
「おいおい、待ってくれよ!? こっちで生まれた人にしか使えないんだったら、俺と同じようにこっちの世界に来たノアが『魔術』を使えるのはおかしいだろ!?」
「そうね。そこも説明しましょうか。まず地球から来た人間には三パターンに分けられる」
ノアは左手を上げ、三本の指を立てた。
「一つは『転生』。地球での記憶を持ったまま、赤子としてこっちの世界で生まれるパターン。『転生』は地球で死んだ人がなるのが特徴。二つ目は『憑依』。こっちの世界で暮らしてた人に乗り移るパターン。これは地球で暮らしていたら突然こっちの世界に魂だけ移される。地球に残された肉体がどうなっているかは不明。最後は『転移』。突然こっちの世界に来てしまうパターン。つまりあなたはこの『転移』に当てはまる」
「あー、ちょっと待ってくれ。そんな細かく分けられるってことはさ……もしかしなくても俺とアンタ以外にいるの? 地球から来た人……?」
「ええ、いるわよ。現在、確認されているだけで三百人強。未開の地とか、外との接触を禁忌としている民族、そういった場所にはまだ調査の手が行き渡ってないから、もっと増えると予想されているけどね。あと現在だけでなく、この世界の昔から地球から来た人間の痕跡は確認されている。過去の科学技術では作ることが不可能な物が見つかったときや、その時代の科学が突然急成長をしたときはだいたいは地球から来た人間の介入があったのではないか、とか言われているわ」
この世界は昔から地球の人間が来ていた。
その来てしまった人間の一人が、科学者だったり技術者だったとしたら、その当時の科学技術に手を加えることが可能である。
科学者や技術者だけでなく、その時代で作られるはずがないものを持ってそれを研究するだけでもその時代の科学技術は上がるだろう。
当然ではあるが、完成品が目の前にあるだけで大分違う。
ノアたちはそうした不自然な科学の発展の影に地球の人間の気配を感じているということだ。
「さて、少し脱線したけど話を戻すわ。さっき話した『魔術』を使う条件、覚えている?」
「……この世界で『生まれたこと』」
「そう。そのことを頭に入れて、『転生』、『憑依』、『転移』の特性を考えれば見えてくるものはないかしら?」
なるほど。
ノアの言いたいことがわかった気がした。
『転生』は地球の記憶を持ったまま、こっちの世界の赤子として“生まれる”。
『憑依』はこっちで“生まれた”人に乗り移る。
……この二つは『魔術』を使う条件をクリアしている。
つまり、
「『転移』だと“生まれた”世界は地球なのだから、当然魔術は使えない」
「その通りよ。よくできたわね」
まるで問題を解いた生徒を褒める先生のようにノアはヒビキを褒めた。
明らかに年下なノアが先生役というのもどうなんだと思いながらヒビキは言った。
「……だけどさ、『転移』された人だけ魔術が使えないって酷い話だな」
『転生』と『憑依』には『魔術』という武器があるのに、『転移』だけがなにもない。
正しく“生まれ”で決まってしまっているということだ。
そんな理不尽な世界にヒビキは愚痴をこぼす。
その言葉を聞いたノアは首を振った。
「あなたが考えているほど『転移者』は悪いものじゃないわ。――ああ、『転移者』って転移してきた人のことね。同じく、『転生』した人のことを『転生者』、『憑依』した人を『憑依者』って呼ぶわ。で、『転移者』には『転移者』が使える『技』があるの」
「『転移者』が使える……技?」
「そう、それは『魔術』ではなく、『魔法』でもない未だに誰にも解明されていない力。その力のことを私たちは『ギフト』って呼んでいるわ。――誰からの『贈り物』かはわからないけどね」
「『ギフト』……」
ヒビキは自分の手の平を見た。
なんとなく手の平を開いたり、閉じたりをしてみる。
当たり前だが変化はない。
「……俺にもその『ギフト』ってやつが使えるのか?」
ノアのことを疑ってはいないのだが、正直言って信じられなかった。
今のヒビキは地球で暮らしていたときと、何も変わってはいない。
「あなたが地球からこっちに『転移』してきたのなら、なにかしらの『ギフト』を使えるはずよ。……まぁ、いつ使えるかは個人差があって何も言えないわ。最初から使える人もいるし、命の危険にならなきゃ発現しない人もいる。……あとは“すでに”使われているとか?」
「は? もう使われている?」
「たまにいるのよ。持っている『ギフト』が目に見えないと自分でも発見が遅れるパターンが。例えば……そうね、そこまで強力じゃない『幸運のギフト』を持っているとして、もし無意識に使ったとしても、今日は運が良かったで自己完結しちゃう」
「じゃあ、俺がその勝手に発動してる『ギフト』だと?」
「結論を焦らないで。可能性の話をしているだけよ。『ギフト』は十人十色。本当に多種多様で似たような『ギフト』は見つかっても、全く同じ『ギフト』は確認されていないほどよ。まぁ、この旅の途中にで見つかればいいわね」
「……旅?」
ヒビキの疑問にノアはポンと手を打つ。
「肝心な話をしていなかったわ。私はあなたに『用』があったのよ」
「俺に『用』?」
おかしな話だ。
この世界には知人はおろか、ヒビキの顔と名前を知っている者は存在しない。
ここは地球ではないのだから。
「その前に私の仕事を教えてなかったわね。まぁ、仕事って言ってもしっかりとした職についているわけではないけどね。この大陸を旅しながら街や村の困っている人を助けて報酬をもらう『何でも屋』みたいなものよ。で、今から十四日前に一通の差出人不明の手紙と少量の金が入った袋が届いたの。その手紙には『“タラス街”に転移者が現れるので、彼を“サイレントアース”まで連れていってほしい』と書かれていたわ」
「『タラス街』? 『サイレントアース』?」
「えーと、『タラス街』はあなたが最初にいた街の名前よ。で、『サイレントアース』は地球からこっちに来た人を保護する団体の名前。『サイレントアース』の構成員の多くは私たちのような地球から『来てしまった』人間で作られているわ」
なるほど。
ノアが『地球から来た人は三百人強』とやけに正確に言えるものだと不思議に思ったが、『サイレントアース』という団体が人を集め、そして人を使って、この世界にいる地球から来た人を見つけていったのだろう。
そして手紙にはその団体にヒビキを連れていくようにノアに依頼した。
ここでヒビキは一つ、聞きたいことができた。
「……なぁ、俺ってどれくらい寝ていたんだ?」
「七日よ」
「七日!?」
自分が予想以上寝ていたことに驚くヒビキ。
今まで特に大きな怪我をしたことがなかったヒビキにとって、七日も意識不明の重体など考えたこともなかった。
(ん? おかしくないか?)
さっきのノアの話が本当なら矛盾が生まれている。
「俺が重症で寝ていた期間が七日。つまり俺は七日前にこの世界に来たってことだよな?」
こちらの世界に来てすぐに殴られたのだから一日も経っていないはずである。
「でもそれっておかしくないか? 十四日前にノアの元に手紙が届いたんだよな? 十四日前ってまだ俺はこっちの世界にいないはずだ。なのに手紙の主は俺が七日後に、えーと『タラス街』に現れることを知っていた。いや、そもそも『現れる』ってなんだ? 『現れた』じゃないのか。これじゃ手紙の主はまるで――」
「『予知』をしているのでは? そう言いたいのでしょう?」
「…………」
ノアが嘘をついていなければそういうことになる。
「半信半疑って顔ね。『予知』については説明しなくてもいいわよね? 地球でもわりと有名だし」
『予知』。
人の身ではありえない、未来を視る力。
分類的にオカルトなのか超能力なのか分からないが、ヒビキの常識では存在しないとされている力。
「何事にも例外ってものが存在するのよ。特に『ギフト』や『魔術』なんて不可思議なものが当たり前のように存在するこんな世界にはね」
「……それはつまり手紙の主は『ギフト』か『魔術』を使って俺のことを知ったってことか?」
「私の知っている限り、この世界には『予知』ができる人間が三人いるわ。その内の一人は『ギフト持ち』だけどね」
「じゃあ、その中の一人が手紙を送ったってことか?」
「そうだったら話は早いんだけどね。『未来を知る』ってことは上手く使えば富や名声、権力を手にすることはできるし、敵と対峙するときの武具にもなる。当たり前だけど欲しがる人が多いのよね、『予知』って。そういった人たちから『予知』を使って逃げている人がいてもおかしくはない。特に『予知』って自己申告じゃないとわかりにくいからね」
つまり手紙の主は『予知』を使ってヒビキがこの世界に来ることを事前に知ることができた。
手紙を送った人はノアが知っている人か、それとも『予知』の力を隠し、未だに逃げ続けている人なのかは不明。
「俺が『サイレントアース』ってとこに行くことによって、手紙の主には何か得があるのか?」
「さぁ? 手紙にはさっき教えたことしか書かれていなかったから、そこらへんのことはさっぱりわからないわ」
「一回、手紙を見せてもらっていいか?」
「手紙は読んだその場で燃やしたわ。手紙で依頼してくるってことは内密な話な場合が多いしね」
「……そっか」
もしかしたらノアでは気づかないことがヒビキにはわかることがあるかもしれないと提案したが、すでに灰になったと言う。
「どうしてノアはこの依頼を受けたんだ?」
「うん?」
「だって話を聞く限り、怪しいところしかないじゃないか。手紙に名前がないし、手紙の内容は必要最低限しか書かれていない。前金は入っていたけど、肝心な報酬の話もなし。正直言ってノアがこの依頼を受ける理由が見つからない」
重度のお人よしなら依頼を受けるかもしれないが、少しの間話した感じ、ノアはお人よしとは違う、感情的にならず物事を冷静に分析し、常に自分の利になるように動くタイプに見えた。
「いやいや、普通はあんな怪しいところしかない手紙の依頼は受けないよ。だけどね、私には依頼を受けるしかなかった」
「なんでさ?」
「……人間、生きていればいるほど秘密の一つや二つあるものよ」
「…………」
暗に『言う気はない』ということらしい。
ノア顔は笑っているが、話す気はないと強固な意志が感じられた。
「さてと……」
ノアは椅子から立ち上がる。
「私は寝るわ。あと二時間くらいで朝日が昇るほどの深夜だしね」
外の景色が暗すぎて、部屋に窓があることにヒビキはここで気がついた。
月明りがほとんどなく、窓に顔を近づけさせても外の様子がわからなかった。
「それで……あなたはこれからどうするの?」
「は?」
突然の質問。
これからどうするかなんて聞かれても、ノアはヒビキを『サイレントアース』に送る依頼を受けたのではなかったのか?
「ええ、そうよ。私はあなたを『サイレントアース』へと送らなければいけない。でもね、それはあくまで私の都合。あなたが従う理由にはならないわ。それに、この世界に来たばかりのあなたから見れば私は相当胡散臭いと思う。『魔術』や『ギフト』なんて非常識なことを口にし、しまいには『この世界が地球ではない違う世界』なんて自分で言うのもなんだけど怪しさ満点だと思う。もしかしたら私の言っていることは全て嘘で、ここは本当は地球って可能性もある。――だからあなたが選びなさい」
ノアは右手を腰の位置まで上げる
「一つ、目の前にいる胡散臭い女と一緒に『サイレントアース』へ向かう道」
続いて左手も上げる。
「二つ、私とここで別れて自分一人で自分だけの道を切り開く道」
「…………」
「これはあなたの人生だもの。私の恩や義理で選んでほしくはない。これは他の誰でもないあなたが選んで決めなければいけないことなのだから」
これは人生で何度かある岐路であろう。
どちらかを選択することによってヒビキの人生に大きな影響を与える選択。
ヒビキはそれを承知でノアに手を伸ばす。
ゆっくりとだが迷わず一直線にノアの『右手』を掴んだ。
「……理由を聞いても?」
「あんたと一緒にいたいと思った」
「……なんで突然ナンパするの?」
「ナンパじゃねーよ!? こんな右も左もわからない場所に一人で生きていけるとは思っていない。あと……」
「あと?」
「アンタと一緒に見る世界は楽しそうだと思ったんだ」
ヒビキを助けた理由は善意ではなく確かな理由があった。
ノアが自分で言うように胡散臭いし、話の全てが本当の事を言っているとは限らないだろう。
でもヒビキにはノアが悪い奴には見えなかった。
この世界に来て散々な目にあったが、目の前にいるノアと一緒に旅するこの世界はとても綺麗に映るんじゃないか、そんな気がしたんだ。
「なんで突然告白するのよ!?」
「告白じゃねーよ!?」
「まぁ、理由はどうあれ、あなたが選択したのは間違いないわ。あなたの選択に感謝を。私はあなたを『サイレントアース』まで無事送り届けるとここに誓うわ」
「ああ、こちらこそ短い間だけどよろしく頼む」
ヒビキは掴んだノアの右手を緩め、そのまま握手した。