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ゆっくりと吐くため息

 静かな、冷たく冷ややかな空気が部屋を満たしていた。

 ジーンと小さな機械音でPCを立ち上げると、モニターの灯りに向かってキーボードを叩き始めた。

 カチカチと小さな音が響く静寂は心地よかったが、いくらか文字が並ぶと、無理に押し込まれたピースのように波打って、ボロボロと崩れ落ちる。

 少し気分転換でもするか……。

 ネットゲームを立ち上げると、そこにはいつものメンバーが、とりとめのない会話を続けていた。

 新たな参入者に気づくと、ゆっくりとしたペースのやり取りであった会話と違って直ぐに挨拶で埋め尽くされた。

「こんばんは、ずいぶん遅いINだね」

「うん、ちょっと寝付けなくてね」

「そう言えば家も、隣が夜中に五月蠅くて、なかなか寝付けない時期があったな」

「へぇー、学生でも住んでたのかい?」

「いや、そうじゃないと思うんだけど、夜中に重い荷物を引きずっているような音が」

「そりゃきっと死体だな」

 今まで黙っていた彼の一言に私はドキリとした。死体、その単語に目が惹きつけられるように、何も言えなくなっていた。

「起きてたのか、行き成り物騒な話だな」

「夜中に、死体を床下に隠そうと引きずっていたんだ……、成人女性の遺体だな……うまく床下に隠しきれず、あっちこっちと引っ張りながら……」

「なんで、成人女性なんだよ」

「引きずって床下に隠すのは、大人の死体。子供の死体は屋根裏と、昔から決まっているんだ」

 彼らの会話に入れず、ただ打ち出される文字を眺めていたが何やら言いヒントを聞いた様な気がした。

(死体と言っても、年齢次第で、大きさも重さも異なる訳だよな……)

 まずは、どの様な死体かを考えれば、隠せる場所がおのずと決まって来る。

「そして、死体には、蠅がたかり始め、次に蝶が集まり、最後はカナブンが……」

「最後は、カブトムシじゃないのか?」

「そうだっけ?」

 彼らの会話は続いていたが、自分の考えを纏めようと天井に目を向けていた。

 重い物を動かすような軋む音はしない。今日は全くの無音、この部屋の上には誰も住んでいないかのように感じられるほど、生命に気配は感じられなかった。

 代わりに、喉の渇きを感じていた。

 冷蔵庫から、よく冷えたペットボトルのお茶を取り出す。モニターの前に座りながら、キャップをまわすと、カチリとプラスチックがねじ切れる音が静寂の中に響いた。同時に、ごくりと喉がなる。

 こんな何気ない音でも、行動に直結する記憶を秘めているのだ。

 荷物を引きずる音、何かが動き回る音、壁越しにわずかに伝わる音でもその向こう側で何が起こっているかを連想するのは容易い。

「そうそう、死体で思い出したけど、公園で最近よく死体が見つかるらしい。ベンチに腰掛けたままの死体が……」

「何で公園なんだよ? リングサイドじゃないのか?」

「それは、燃え尽きちまった……ってやつだろ。そうじゃなくて、公園で毒入りの飲み物を飲んで死んでいるんだよと、あまりにも人目に付きすぎて、居眠りでもしているんだろうと、誰も声を掛けずに何日もそこにあったりするらしいぞ」

「まじかよ、何もそんなとこで死ななくてもな……。死体の横で遊んでたとなるとゾッとしないだろう」

「それがさ、もう何件も見つかっているんだが、死体の年齢も性別もバラバラで、連続自殺かとも思われていたんだが、どうやら、誰かが毒入りの飲み物を配っているらしいぞ」

 モニターの画面を見ながら、口を付けようとしたペットボトルを思わず見返した。

(ははは……。まさかな。しかし、このお茶は、公園で手渡された物だ。……感じの良いあの声の持ち主が連続殺人鬼だと? 馬鹿馬鹿しいな……)

「公園で知らない人間に、手渡された飲み物何て飲む奴いるのかよ?」

「ペットボトルだったら、封切ってるか分かるから飲むだろ?」

「まぁ、そうだな」

(そうだ、あのプラスチックをねじ切る音、あれこそが未開封の印だ。それにこの辺りでそんな事件は聞かないし、そんな事件に巻き込まれるなんて、それこそどんな確率なんだ)

「俺の知り合いのマジシャンが言ってたけど、ペットボトルって、キャップねじ切らなくても簡単に蓋を外して中に物を入れられるらしいよ……」

 喉に流し込まれようとしていたお茶を思わず、むせて吐き出していた。

 有り得ない。公園で毒入りのペットボトルを渡されることなど有り得ない。しかし、ベンチで居眠りしている人間に、ペットボトルのお茶を差し出す理由は?

 有り得ないと言えば、私の手にペットボトルが渡されたこと自体が有り得ないのではないか?

 毒殺と言う手口からして、犯人は女性である可能性が高い。相手に警戒心を抱かせないあの声は、格好の武器ではないか。逆光で顔が見えない立ち位置も計算ずくで合ったとしたら……。

(有り得ないなどと言う事は有り得ないか……)

 外したキャップを固く締め直した。それを飲む気にはなれなかったが、ただ、疑心に捕らわれたというだけで、そのまま捨ててしまう気にもなれなかった。

 冷蔵庫にペットボトルをしまうと、代わりに取り出した缶ビールを一気に仰いだ。

 小さな空気の粒が弾ける刺激が喉を通り抜けると、そこにわだかまっていた毒も洗い流されたようで、代わりに、ゆっくりとした長いため息が漏れた。

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