漂う空気
夕日の熱気がこもった部屋は蒸し暑く、ザラついた空気が体に纏いつく。
窓を開ければ少しはましになるかと思ったが、振るえるガラスは手を触れられることを拒んでいた。
ぬるくなったペットボトルのお茶を冷蔵庫にしまうと、手にかかる冷気が心地よかったが、内側の冷気が逃げてしまう前に慌てて扉を閉めた。
扉を閉めたまま、しばらくそれを眺めていたが、やはり小さすぎるな……。
この冷蔵庫では死体を浸すのは無理だろう。
もう少し大きければ、いや、人ひとりが入れる冷蔵庫など、この部屋に置ける場所などありはしない。
待てよ……。
何も立ってはいる訳でもあるまい、小さく折りたたんで……。
それでも無理な事には違いなかった。
ガタガタと部屋の壁が震え出す。
時折、スピードを落とさず走り抜ける電車が、一際大きな振動で、思考を中断させる。
その度に、リセットされた思考を一から積み直さねばらならなかった。
早く、音の無い静かな場所へ埋めてしまわねば。
床に横になると天井を動き回る音の行方が気になったが、今はそれがどこに居るか分からなかった。
天上の薄い板の上には、どれくらいの隙間があるのだろうか?
そこには人が寝そべる位の空間があり、死体を隠して置けるのではないだろうか?
そうだな……。
あそこの板を一枚はがして、そこから、死体を天井裏に押し込めば。
それが現実的でない事はすぐに分かった。
天井まで持ち上げるにしても、小さな穴に押し込むにしても、一人では、かなり大変な作業であろう。
2階の床を捲って、落とすのなら話は別だが、しかし、階下の住人がその音に気が付かない訳はないだろう。
ガラスから振動が天井の薄い板を伝わって走り抜ける。
慌てて体を起こして両隣の部屋との境である壁に目をやると、振動が慌てて逃げ去っていく。
盲点だった……。
皆が寝静まり、静かな時間ではなく、金属を叩く音が鳴り響くこの時間なら、天井裏に死体を押し込んでいても、その物音に気が付く者などいないのではないのか?
今この時に、二階の住人が、そこに死体を隠している姿を思い浮かべ、その物音を聞き取ろうと耳を澄ませていたが、震えるガラスがそれを邪魔していた。
天井裏に籠った空気が、板の継ぎ目から、染み出して、部屋の中にザラついた空気を漂わせる。
体に纏いつく様な胸を締め付ける重苦しい蒸し暑さは、死体から溢れ出た死の匂いだった。
部屋の空気はゆっくりと染め上げられ、やがて天井に寝そべる人の形が浮かび上がる。
今の自分と同じように、だらりと力なく。
不意に訪れた、鋭利な刃物で痛みを感じる間もなく皮膚をそぎ取られるような冷たさに、床を転がって抗おうとしたが、知らぬ間に天井裏に埋められたかのように目の前は真っ暗で何も見えず、何度も目を閉じては開いてを繰り返し、気が付けば部屋の中は暗い闇に覆われていた。