軋む天井
部屋のドアを開けると、支えていた空気を抜かれて、窓ガラスがビリビリと非難するように鳴り出す。
終電まではまだかなりの時間があるが、定期的に繰り返される騒音の合間に、小説の構想を練る。
家に帰って来ると、おとなしく待っている死体を確認する訳か。
死体が勝手に動き回る訳でも無いし、そこに居るのは間違いないが、ドアを開けてすぐ目につく場所に置いているのはおかしいな。
そうなると、もう少し奥の……。
狭い部屋の間取りでは、人目に付きにくいとなると、トイレか風呂であるが、生活するにはこの二つは欠かせない。
死体をどけてから風呂に入るなんぞ、考えるだけでもぞっとしないな。
腐る前なら一緒に入れない事も無いか?
毎日洗えば、腐敗の進行も遅くなりそうだし……。
いや、それならトイレに座らせていた方がましだろう。
考える人のようにポーズを取らせて……。
これなら、うっかりドアを開けても、直ぐ閉めて見なかった事に……。
その提案を非難するように、窓ガラスがビリビリと鳴っていた。
どちらにしても、早い所、埋めてしまわないとな……。
いつもの様にPCに向かうと、思いのほか筆が進む。
時間も忘れてキーボードを叩けるのは気分がいい物だ。
これくらいのペースで話が書ければ、1冊書き上げるのも苦にならないのだが……。
おっと、そろそろ約束の時間か、この辺りで一息入れるか。
懸命にキーボードを叩いていた疲れも、清々しく感じられ、オンラインゲームを立ち上げながら、軽く伸びをした。
「こんばんわ~」
「ばんわ~」
「ばわ」
「おっ、みんな居るね~。早速攻めに行こうか」
「のりのりだね。まぁ、ボチボチ向かいますか」
「そやね、遠いし」
「遠いの? 城までどれくらいかかる?」
「1時間くらいかな?」
「腰が痛いからちょっときついな」
「結構かかるな~。けど、今日は活躍できるぜ。この前言ってたスキル覚えたしね」
「この前って、いつ? なんのスキル~?」
「ああ、スキルの話したのSUZUさんとだっけ?」
先程から、キーボードを叩く音に混じって、天井がギシギシと軋む音がしている。
折角良い気分で会話をしているというのに……。
恨みがましく天井を睨んでも、仕方が無かったが、天井は急に息を潜めて静かになる。
「ん? ああ、あのスキルか~」
「ほうほう、中々いいね~」
取り留めのない会話はいつまでも続いていたが、静かになった天井は10分置きに軋んだ音を立てていた。
こんな時間に歩き回っている訳でも無さそうだし、寝返りだろうか?
上にはよほど寝相が悪い人でも住んでいるのか?
今まで、気が付かなかったが、一度気にし出すと、妙に気になる。
天井が軋む音がする場所を正確に探そうと目で追っていると、カンカンカンと外部階段を駆け上がる音がけたたましく響く。
まぁ、あれに比べれば、大した音でも無いしな……。
「こんばんは! もう始まってる?」
「ばんわ~、いつも遅くまで大変だね」
「今からだよ~」
「すぐ行くよ! 急いで帰って来たし」
「慌てなくても、待ってるから」
彼もこんな時間に帰宅か、終電の終わった時間まで残業とは大変だな。
そう思うと、少しくらい階段を急いで登っても大目に見てやれるか。
……足音の彼が、仕事帰りとは限らないけどな。