8 ツンデレ? な精霊
大魔導士ルーティアに出会った翌日。
俺たちは馬に乗って、森の精霊がいるという森を目指していた。
俺たちといっても、エリザはハチの姿をしているので馬は一頭だけだ。
馬はミルカ姫に頼んだら、すぐに用意してもらえた。
「アルトさんのお手伝いをできて本当にうれしいです!」
とすごく笑顔で言われた。
あと、女騎士のマリシャも、
「精霊というものはずいぶん気まぐれだと聞く。護衛で私も参ろうか?」
と提案されたが、断った。
これが街の平和を守るとかだったらいいけど――
俺の体力を増やしてもらうという理由しかないからな。
「お前はどこまでも真面目な奴だな」
また褒められた。
褒められることをしてないのに褒められると微妙に罪悪感がある。
大魔導士ルーティアの話だと、なんでも森の精霊は泉に出現するらしい。
ルーティアいわく、
「精霊というのは土地に土着していないので、実は精霊の出てきやすい地形には遍在してるの。たとえば、森の精霊なら、深い森ならどこでもいいのよ」
ということらしい。
なら、森に行けばすぐに会えるかというと、そういうわけでもないらしく、
「特定の合図をしないと精霊は出てこないわ。そして、その合図はごく一部の魔導士や精霊に仕える宗教者しか知らないはず」
ということのようだ。
なお、そのための合図になるものももらっている。
背中に背負っている皮袋にはルーティアから借りた小型の牛の角がある。
牛の角を泉に入れられると、精霊は反応して出てくるらしい。
もっとも、ルーティアはそんなに楽観的ではなかった。
ほら、気まぐれというやつだ。
「森の精霊はどこの馬の骨かわからない人間に友好的な態度をとるとは思えないから気をつけなさい。まあ、森の精霊は直截的な害悪を加えてきたりするような子じゃないけど」
以上、ルーティアのアドバイス。
そういうことを参考にしつつ、俺は森を目指している。
そして目的の森に入った。
泉は少しわかりづらいところにはあったが、ルーティアから地図ももらっていたので迷うことはなかった。
泉にたどりつくと、エリザも姿を人間に変える。
「ふう、疲れちゃいましたね」
「お前はずっとハチになってひっついてただけだろ」
さて、早速、牛の角を泉に入れた。
途端、泉が緑色に発光した。
そして、半透明の体の十代半ばぐらいの容姿の女の子が現れた。
髪の毛は発光に近い緑色。
なるほど、この子が森の精霊だろうな。
「私は森の精霊ファルシェンナよ。あなたたち、いったい何者なの?」
「大魔導士ルーティア様の紹介で来た、冒険者アルトです」
「そのアルトが何の用なの?」
すごくだるそうに言われた。
うわあ、こっちの勝手な要望だから言いづらい……。
「あの、なんでそんなことしなきゃならないんだって思うでしょうけど、俺、体力が全然ないんで、森の精霊の加護みたいなのをもらえないかなと……」
「本当に勝手ね。そんなの、してあげるメリットないでしょ。はいはい、帰った、帰った」
やっぱり塩対応だ。
そりゃ、そうだよな。
石油王のところに行って、あなたお金たくさん持ってるからくださいとか言うようなものだもんな。
「おい、エリザ、これ、どうするんだよ……?」
「アルトさんがやれることなんて一つだけですよ。【チャーム】ですって。ほら、見つめてください!」
たしかにそうだ。
最初から【チャーム】で乗り切るつもりだったのだ。
俺はじっと森の精霊ファルシェンナを見つめた。
――キュピーンッ!
「うっ……何よこれ……胸があったかくなる……ふわふわした気持ちになる……」
おっ、精霊にも効くのか。
人間の姿をしている女性には全員効くということで間違いないらしい。
しかし、効いたとしても、そこまでらしい。
「ふ、ふん! なかなか強力な【チャーム】みたいだけど、このぐらいなら私は耐えられるからね! かっ、帰りなさい! あなたの顔なんて二度と見たくないんだから! 本当なんだから! か、かっこいい顔してるけど、それだけじゃない……。こんなことぐらいで好きになったりなんてしないんだからねっ! さあ、帰って! あなたと会いたくなんてないんだから!」
「おい、エリザ、効いてないぞ。どうする?」
耳元でこそこそエリザが言った。
「アルトさん、マジで言ってますか? けっこう効いてますよ」
「え、どこが? 帰れって言われてるぞ」
「いや、これ、いかにもツンデレキャラっぽい反応じゃないですか。可能性はありますよ。問題はツンデレの攻略って時間がかかることなんですよね。また、私の言うとおりにしれくださいね」
ごにょごにょ。
エリザが俺に作戦を告げる。
「ところでこうして耳元で囁かれるとえっちい気持になりませんか?」
「ならん」
というわけで、作戦を実行することになった。
「ほら、何してるのよ。帰ってよ……。ずっとここにいてほしいなんて思ってないんだから……」
エリザは俺にぎゅっと抱きついた。
「アルトさん、大好きです!」
「うん、知ってた」
ちょっと、惰性でエリザの髪を撫でる。
まあ、エリザもかわいいから嫌ではない。
「アルトさん、今日はここにテントでも張って眠りましょうか!」
交渉が長期化した時のためにテントの用意はしていた。
「そうだな。そうするか」
ちょっと棒読みすぎるかな。
「な、何よ! あなた、そのアルトの何なのよ?」
「妻です」
「冒険者仲間だ」
妻だと認識されたら作戦に支障きたすだろ……。
そして俺とエリザは本当にテントを張って、そこで寝ることになった。
モンスターが来るかなと思ったけど、まったく襲われなかった。
冷静に考えたら、ここに上級の悪魔がいるんだよな。
そりゃ、低級モンスターなんて近づいてはならない空気を感じて、出てこないか。
テントは狭いのでエリザと密着する。
「アルトさん、森の中で獣のような野性に目覚めたりはしませんか?」
「一応言っとくけど、寝てる間に貞操奪うの厳禁だからな……」
だいたい、作戦もやりづらくなる。
「わかってますよ。悪魔からそういうことをするのは禁止なんです。あくまでも、悪魔は人間をそそのかさないとダメですから」
そこは悪魔なりのルールがあるらしい。
そして翌朝。
『女神です。女性の中には素直じゃない子もいますが、時間をかければ大丈夫ですよ。溶けない氷はありません!
本日の恋人候補! 変わらず、森の精霊ファルシェンナ』
次回は夜結構遅くの更新になります。