5 初ハグと初キスの味
「ここは危ない! お前は来なくていい!」
女騎士が悲壮な声でそんなことを叫ぶ。
「バカ! 女の子がピンチなのに助けない男がいてたまるか!」
非モテでもそれぐらいはやるからな!
好感度とか関係ない。人として当然のことだ。
俺は軍隊蟻の中を割って入って、女騎士のそばに近づく。
それで女騎士の近くの蟻を叩く。
――ガッ! ガッ!
すぐに倒せるほどのダメージは与えられない。
でも、これで俺のほうに蟻の意識を向けさせて、女騎士を守ることができる。
こっちを狙わせたら、すぐに女騎士から離れる。
「今のうちに近くの蟻から各個撃破しろ!」
つまり、女騎士は蟻の集団だから苦戦したんだろ。
密度が薄くなったらどうとでもなるはずだ。
「わかった! 恩に着る!」
俺の計算は当たった。
女騎士は状況を好転させていく。
腕に傷があるようだが、剣の動きはそう鈍ってない。
一方、俺は思ったよりもヤバい。
蟻から逃げていたのだが、向こうからも蟻が来て、囲まれてしまった。
「あっ、どうしよ……」
一対一でもきついのに、囲まれてどうやって勝てというのか。
噛み付かれたら痛そうだなと思っていると――
「そんなにすぐに命懸けないでください!」
エリザが入ってきた。
すぱすぱすぱすぱっ!
次々に蟻が切断されていく。
「ていうか、巣ごとまとめて焼きますか」
エリザは右手を蟻たちのほうに伸ばすと――
「全部焼けちゃえ! 【ファイア・オブ・ヘル】!」
その手から豪炎を撃ち放つ。
結局、周囲の蟻は瞬く間に全滅した。
それから人間が出入りできそうな穴を見つけると――
「これが巣ですね。はい、【ファイア・オブ・ヘル】!」
もう一発、炎を穴の中にぶちこんだ。
それでもう蟻が出てくることもなくなった。全滅したらしい。
「お前、そんな魔法使えたんだな」
「この世界に転生した時はわからなかったんですが、戦ってるうちに覚えてることをなぜか理解しました」
数字的なステータスはわからないけど、自分が何をできるかはわかるということか。
「無理をしてはいけませんよ、アルトさん。死んだら何にもなりませんよ」
こつんと、エリザは俺の頭を小突いた。
無理をしたのは本当だから、説教されてもしょうがないか。
だけど、すぐに俺はエリザに抱き締められる。
「それでも、しっかり知恵をしぼって戦った勇気は褒めてあげますよ。さすが、私が惚れた男性です」
人生初の女の子によるハグ。
うわあ、こんなにうれしいのか。これじゃ、何度だって命懸けるわ。
「まあ、戦場ですし、今日はここまで。べたべたしないのが私の信条ですので」
さっとエリザは俺から手を離した。
女騎士のほうも最後の蟻を倒して、こっちにやってきた。
そして、俺の前でわざわざ膝をついた。
「礼を言う。お前が来なかったら、おそらく屍をさらしていただろう」
「いいって、いいって! こんなの、お互い様だ」
やっと、女騎士は顔を上げた。
それで俺とはっきり目が合う。
――キュピピピーン!
これは【チャーム】発動っぽいな。
「わ、私の名はマリシャだ……。覚えておいてほしい……」
「うん、覚えておく」
「お、お前みたいな勇敢な男と出会えたことを光栄に思う……」
勇敢なだけでエリザがいないとダメだったんだけどな。
実際、後ろで、
「倒したの私ですけど、まあ、ご主人様が褒められるのは悪くないです」
とエリザが言っていた。
「それで、何か、お前に感謝の気持ちを伝えたいのだが……あいにく、無骨な騎士なもので、何もやれるものがない……」
古風な奴だな。そんなことまで気にしなくていいのに。
そこで何か覚悟を決めたように、マリシャは――
俺のほうに抱きついてきて――
俺の頬に短く口付けした。
くちびるではないけど、初キスだ……。
恥ずかしそうにすぐにマリシャは体を離した。
「こんなものでは何にもならないのはわかっているが、その……私の気持ちだ……。受け取ってもらえると……ありがたい……」
「ありがとう。ちゃんと受け取っておくけど……」
【チャーム】のせいでここまでさせちゃったんだったら悪いような……。
そこにエリザが耳打ちしてきた。
「アルトさん、それは体を張って彼女を助けたことによる正当な対価ですよ。それに【チャーム】は魅力的に見せるだけで人の心を自在に操るものじゃないでしょう。あくまで、これは彼女の自由意思です」
それなら、いいけど……。
ただ、まだマリシャの一件は終わってなかった。
「そ、その……こ、これれでも足りないと言うなら、いや、足りないのはわかっているのだが……」
わざとマリシャはボロボロの服を破った。
そのせいで、柔肌がすべてあらわになる。
「わ、私の体をやってもいい……」
「おい、何やってるんだよ!」
完全にあわてた。
人生で経験のない自体が起きている。
「命が助かったのなら、私の処女など安いものだし……」
「安くない! 安くない! それはそんなにあっさり捧げていいものじゃないから!」
あと、後ろでエリザが、
「夫と肉体関係結んだ人は呪い殺しちゃいますよ~。許容範囲はハーレムまでですよ~」
と言っている。
「マリシャ、俺はお前の体を戦利品みたいに扱いたくない。だから、変な気は利かせなくていい」
俺はさほど傷のついていない革の鎧を外した。
マリシャのほうは鎧はついてないから、おそらく戦闘中に留め具の部分でも噛み切られて鎧を失ったのだろう。
「これを着て帰れよ。その恰好だと変な噂がたっちゃうからな。それだとミルカ姫にも失礼だ」
少し戸惑っていたが、マリシャはそれを受け取った。
それから、とても幸せそうに微笑んだ。
「お前は本当に紳士なのだな。女っけのない高潔な生き方が表情から伝わってくる」
それ、多分だけど、30年間非モテだっただけです。
「結婚は考えたことなどなかったが、お前のような剣士となら一緒にいるのも悪くないのかもしれないな」
これ、ほぼフラグの立った発言だよな。
「マリシャならもっといい人がいるさ」
もし、エリザがいなかったら「じゃあ結婚しよう」って言ってたかもしれない。
しかし、結婚したらハーレムはできないわけで、ハーレムってけっこうつらいものだな……。
「パートナーのあなたにも世話になった。ありがとう」
マリシャはエリザにも礼を言って、街のほうに去っていった。
こっちも帰る方向は同じなのだけど、そそくさと行ったということは一緒に帰るのは恥ずかしいのかもしれない。ちょっと時間差を空けるか。
「さてと、私たち夫婦も反省会ですね」
「夫婦ではない」
「そうですね、今はまだ夫婦ではないですね。ですが今晩ぐらい――」
「何もないからな!」
魂は一ミリであろうとやらんぞ。
「さて、真面目な話はこのぐらいにして、もう一つの真面目な話ですよ」
今のも真面目な話だったのか……。
「アルトさんの戦闘能力の難はやむをえません。個性と言えなくもないですから。しかし、体力もないのは困りものです。かっこよく救いに入っても、それで死んだらしょうがないですからね」
「たしかにそれは認める……」
「そこで私にいい考えがあります」
ぱん、とエリザは両手を叩いて鳴らした。
「体力をチート状態にして、ちょっとやそっとじゃ死なないようにするんです。そうすれば、かなり安全になりますよ」
「言いたいことはわかるけど、そんなことできるのか?」
「任せてください。おそらく、アルトさんの【チャーム】はとてつもない情報収集能力を発揮しますよ」
本日も3回更新目指します! 次回は夜7時頃を予定してます。