16 レストラン開店
その夜。
俺がエリザの誘惑に耐えて(エリザはかわいいのでなかなかつらい)眠っていた時のこと。
誰かの影が俺の顔にかかった。
「ん……? いったい誰……?」
角が目に入って、やっと認識ができた。
「あぁ、ミランダか――えっ、ミランダ?」
少しどきっとした。完全に気を許していたが、相手は魔族だ。俺の首でも手土産にして、魔族に復帰しようとすることだって絶対にないとは――
「我をお前の嫁にしてくれ」
「え?」
なんか、変なことを言われたような……。
そういえば、ミランダは下着姿だった。
「お前は食事の時に我を嫁にしたいぐらいだと言ったではないか。実はその言葉がずっとひっかかっていた」
あれ、そんなこと言ったかな……?
あっ。
ミランダの料理が美味くて、そんな表現を使ったのだ。
「でも、あれって告白したわけじゃなくて――」
その時にはミランダが俺の前に迫ってきていた。
多分、こっちの話を聞いてない。
「人間と魔族が結婚するなどありえないと考えていた。しかし、我はお前がいなければ生きることすらできなかっただろう。ならば、お前に隷属する身分となったとしてもやむをえない……」
ちょっとミランダは涙声だ。
「別にお前の慰み物でもいい! さあ、抱け!」
「落ち着け、落ち着け! なあ、エリザ、非常事態だ――」
「う~ん、むにゃむにゃ、アルトさん、体にオクラと納豆かけるのやめてくださいよ……」
こんな時に限って熟睡してるし、すごい夢見てる!
そのまま抱きつかれた。
ミランダからすごくいいにおいがした。
それでいて、こう、なんか、むらむらとするような……。
まずい、このままでは俺の理性のほうが持たなくて、一線を越えそうになりかねん……。
しかし、ほぼ同時にミランダのこんな声が聞こえてきた。
「怖かった……」
ミランダの声はふるえていた。
「このまま殺されるんだって……見つかっちゃうと思うと、怖かった……」
そうか、こいつ追われてたんだよな。
だから、ぬくもりがほしいんだろ。
「少し、ここでゆっくりしてろ」
「うん、恩に着る……」
そのままミランダは眠りに落ちた。
どうせ、ほとんど眠れてなかったんだろう。
今晩もこの調子じゃ目が冴えて起きたままだったはずだし。
朝になったら、エリザが怒ってたけど。
「どうして、この人と抱き合ってるんですか! 説明を求めます!」
「心配するな。何もしてないから! 抱き合ってただけだから!」
「だからって、私が寝てるところに連れこむなんて、あんまりです……。ネトラレじゃないですか~!」
いや、それだとお前と何かしらの関係があったみたいじゃないか。
別にお前との間に何も起こってないからな。ここは強調しておく。
あと、ミランダもそれなりに反省していた。
「嫁というのがそういうたとえの話だとは思っていなかったのだ……悪かった……」
俺が告白したわけではないと気づいてもらえたらしい。
「そうですよ。妻に対して失礼ですから、よ~く反省してくださいね」
「お前は妻ではない」
「ところで、アルトよ、妻がいないということは、お前はまだ結婚はしていないのだな?」
「結婚してないも何も彼女いない歴イコール年齢だったから、未婚に決まってる」
「そ、そうか……。もし、結婚を考えるようなことあったら、我のところに来るがよい……」
リンゴみたいに顔を真っ赤にされて、それから泳いだ目で言われた。
【チャーム】が効いたらしいな……。
本当によく効く魔法だ。
こうして、俺の周囲で【チャーム】の影響を受けた奴が一人増えたのだった。
◇
ちなみにそのあと、ミランダはクリスタという偽名を使って、レストランをはじめて、すぐに大評判になった。
設定では角はニンフのものということにしてごまかしたらしい。まあ、もともと平和な地域だし、どうにかなったらしい。
あと、俺が伯爵の娘であるミルカ姫に頼み込んだというのもある。
俺が言うなら大丈夫だろうということで許可が下りた。
街を歩いていても、
「あのニンフの店、すごく美味いぞ!」
「王都の一流店でも勝てねえって!」
「実際、王都から来た客がびっくりしてたぞ!」
そんな声が聞こえてくるから、味は本物なのだ。
いいレストランが街にできて俺もいいことをしたな。