15 天職発見
あっ、ミランダと目が合っちゃった……。
しかし、すぐにミランダは顔をそらす。
「なあ、なんでお前は我なんかのためにここまで手を尽くしてくれるのだ……? これは我のためだけなのか?」
「たんに困ってる奴が前にいた、それだけだよ」
「そうか、わかった……」
今回はあまり大事にならなくてよかった。
その時――
ぐぅぅぅぅ~~~~
と大きなおなかの音がミランダから鳴った。
「恥ずかしい……」
でも、生理現象だからそこはしょうがないだろう。
「実は逃げていたので、朝から何も食べておらんのだ……」
「いろいろと疲れたし、メシでも食うか。角は布をかけて隠しておけばいいだろ」
宿の一階は食堂も兼ねている。
まだ時間がちょっと早いので、食堂は空いていた。
ミランダに意識を向ける客もいないので気楽だ。
なお、エリザは一度ハチになって人間になってもう店に一度入ってきた。
これ、ややこしいので今度からエリザの宿代も払うか。
とにかく三人で食堂に座る。
「おかみさん、どんどん作ってくれ」
「はいよ、今日は女の子が一緒なんだね! 任せときな!」
おなか空かせてる奴がいるからな。
けれど、ここで意外な落とし穴が待っていた。
料理は大皿に入ったスープに野菜を炒めたもの、豚肉を焼いたものに鴨肉のローストなども出てきた。
これでミランダも笑顔になるだろうと思った。
しかし――
「うむ、悪くはないな。だが、少々スープの塩気がきつすぎる。きっと、疲れた冒険者用の料理なのであろうな。そう考えるとこれでもよいのか」
「肉もわずかに臭みが残っているが、血抜きが上手くいっていないのか。こういう野趣あふれる味も嫌いではないがな」
けっこう、こいつ、食にこだわりあるな……。
美味い美味いって言って、ばくばく食べる奴ではないらしい。
そして客が少ないので、おかみさんにもその声が聞こえてしまった。
「そこの子はずいぶんと注文が多いみたいだね」
おかみさんも苦笑していた。
なんか、失礼な奴がいてすいません。
「その味で満足できないなら、あんたが作ってもいいんだよ」
その発言はきっと冗談だったのだろうが――
ミランダが席を立つ。
「そうであるな。では、我が納得のいく味のものを用意いたそうか。我も難癖をつけただけと思われるのは残念だ。少しの工夫でさらに味がよくなることをお伝えいたそう」
なんと、ミランダは本当に料理をする気らしい。
「おい! さすがにやりすぎだだぞ……」
食堂で料理を作る客なんて聞いたことないぞ。
「いいんだよ。どうせ今の時間はのんびりしてるしね」
おかみさんが問題ないなら大丈夫なんだろうけど。
俺も責任を感じて、ミランダとともに厨房についていった。
厨房に入った途端、ミランダの表情が変わった。
なんか、戦場だと勘違いしそうなほど真剣な顔だ。
「では参る!」
とにかく手さばきが華麗だった。
桶で泳いでいた川魚はすぐに内臓を抜かれた。
これはムニエルになるらしい。
値段の高い牛肉はさっとパン粉をつけてフライに。
ソース作りも果物の果汁を加えたり、ゴマを入れたり、手抜かりがない。
「こんな才能があったんですね、この人」
エリザも不思議そうにその様子を見つめている。
「たしかに一丁前に料理の批評するだけのことはあるな……」」
しばらく後――
宮廷料理みたいな皿がずらりと並んでいた。
「さあ、食べてみてほしい。及第点程度にはなったと思う」
実直な表情でミランダが言う。
結論から言うと及第点なんて次元じゃなかった。
一口食べたおかみさんが感動して泣いていた。
「あの食材だけでこんなにすぐれたものが作れるんだね……」
たしかにおかみさんの料理は大衆食堂的な味だ。それはそれでいい。
しかし、ミランダの料理は超高級店の味がするのだ。客単価が一人一万二千円以上は確実にするやつ。
「これはすごいですよ! もはや悪魔的なおいしさです!」
エリザが悪魔だけに悪魔っぽい表現を使った。
とにかく笑顔になっちゃう味だ。
「おい、マジですごいぞ! お嫁さんにしたいぐらいだ!」
冒険者やって疲れて帰ってきて、この味の料理が出てきたら、そんなもの吹き飛ぶはずだ。
ただ、ミランダ自身は料理には謙虚なようで、あまり喜んではいなかった。
「我は長らく軍の料理係だったからな。もっと実戦で戦いたいと言っていたら、今のポストに移ったのだが……」
「自分の特性わかってないだろ!」
確実に料理係のほうが向いている。
そして、その時、ひらめいた。
これ、店を開いたらいいのではないか。
俺はミランダに小声で言った。
「ミランダ、お前は街で料理人をやれ。これならよその街からでも人が来る」
「そ、そこまでか? 褒めてもらえるのはありがたいのだが……できれば戦場で……」
「いや、潜伏するためにも料理人として生きろって!」
この味が出せるなら、それだけでどうにかなる。これで生計が立つなら、そのまま街に定着すればいい。
「わ、わかった……。ならば、そのようにしよう!」
こうして、ミランダの次の職が決まった。
しかし、俺は忘れていたのだ。
【チャーム】の効果があることを……。