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死体と死に体のぼく  作者: 秋花
第一章 いのり
5/29

1-3

 後日、雨の中の長丁場で過ごしたからか、ぼくの体は非常に弱っていた。

 咳で喉を痛む。頭がぼうっとした。完全なる病人だ。

 しかし不安はなかった。それどころか学校を休んで彼女と共にいられることを喜んだ。

 部屋が彼女の香りに包まれるのを感じる。ぼくと彼女が混ざり合う。ぼくは安らかな眠りに包まれる。

 眠りの中でたゆたうぼくは、夢を見る自分の中に入っていく。熱で苦しむぼくから、夢を見るぼくになる。熱で火照る脳が見せる夢は不思議なものだった。

 そこは四角い箱の中だった。箱と言うには端を確認できない。それどころか果てのない白色の世界と言ったほうが正しいだろう。しかし、ぼくにはそこが箱であると理解できた。いや、それこそ理解という言葉すらおかしい。ぼくはその箱の中に入る前から、そこが箱であると知っていたのだ。

 空間は広く、教室二つほどの大きさはあるようだった。中央にはぼくがいる。そして白い風船を人型に膨らませたような何かがいる。それの背丈はぼくの腰ほどしかなく、表情は認識できない。ただの白い面にも見えるし、黒いペンで乱雑に書き上げた顔にも見える。それはぼくの袖を掴んだ。

 何かを話したがっているように感じた。しかし、口がないために、それはぼくの袖を下に引っ張ることしかできない。


 ふと、白い人型の後ろに黒い人影が見えた。それはぼくよりも大きな存在だった。いつの間にか、ぼくは白い人型と同じ大きさになっている。辺りも白から黒へと転じている。ぼくは暗い廊下から、扉の隙間に顔を覗かせていた。

 部屋の中に黒い人影は二つある。一つは寝転がっている。もう一つはその上で踊っている。腰同士を叩きあっているようだ。踊っている誰かの髪が、上下するたびに跳ねている。その髪は長い。

 踊っている人が動くのをやめて後ろを振り向いた。ぼくの瞳に、踊っていた人の瞳が映る。

 ――ああ、怒られる。帰らなきゃ、お部屋に。

 しかし、ぼくは動けない。ぼくと目を合わせたまま、踊りは続行された。ゆらゆらと、瞳が上下に動く。ぼくと瞳は繋がっている。目が離せない。

 瞳が揺れる。ぼくも揺れる。気がつけば人影は消えて、ぼくが踊り人と成り代わっていた。

 下にいるのは彼女だ。しかし、あの夜とは違う。この彼女は生きている。

 ぼくは彼女の首を絞めていた。彼女の両手がぼくの腕を引っかく。彼女は苦しそうに、停められた酸素を吸おうと足掻いている。

 いや、違う。彼女ではない。

 女の髪は長く、その表情を隠している。


 ――ねえ。


 ぼくはその人に言葉を投げる。その人の力が弱まり、ぼくの腕から手が離れる。ぼくは一層握り締める手に力を込めた。


 ――あなたは、だれ。



「――――――ぁっ……!」


 がばりと勢いよく起き上がった。荒い呼吸をする。汗が首筋を走っている。寝巻きで汗を拭おうとするが、その寝巻きはすでに汗で濡れていることに気がついた。仕方なく素手で汗がはりついている肌を滑らせる。手のひらに湿った感触が残った。


「……ゆめ」


 後ろに倒れこむ。枕がぼくの頭を受け止めた。額に触れると、すでに熱は冷めている。

 カーテンの隙間から光が射した。時計を見る。時刻は九時を差している。とうに学校は始まっている。ぼくは不良少年になることを決めた。それに病み上がりだ。許されるだろう。

 ぼうっと部屋を見渡すと、携帯が光っていることに気がついた。

 見てみると、非表示の着信が数件にも及んでいた。相手の検討はついている。面倒に思って、それをベットの上に放り投げた。――同時に、携帯が振動し始める。

 通知は非表示。少し待つが、着信は止まる様子はない。ぼくは諦めて電話に出ることにした。


「もしも――」

『おはようございます』


 静かな怒りを受話器から感じて、ぼくは一度電話を切った。

 再度着信を知らせる振動が携帯に訪れる。ぼくは躊躇いもなく電話に出た。


「もしもし」

『あなたはとても残酷なことをしました』


 台詞に対して悲壮な様子は塵も声色に表れていない。


『私の手持ち金は、それこそ掌にそっと収まる貴重なものです。それも10円という大金、あなたは砂漠で数日彷徨いようやく手に入れた一口ぶんの水を溝に捨てたのと同じですよ? それがどれほど残酷か……』

「砂漠で溝っていうのもおかしいな」

『だまらっしゃい』


 この少女、今どきの若者にしてはどこか古さを感じさせる物言いである。

 ぐちぐちと文句を続けようとする少女の言葉を遮り、ぼくはそもそもの話――電話の目的――を切り出した。


「それで、何か用でも?」

『……白々しい。社の様子を見ました。あれを移動させましたね』


 アレ、と無粋な石動の言葉に苛立ちを覚える。


「わざわざ掘ったのか。暇なんだな」

『意外ですね。素直に認めるとは思いませんでした。……過度な移動は危険です。あなたも、わかっているはずです』

「君は勘違いしている。ぼくはまだ君を信用していない」

『そうですね』石動は戸惑いもなく肯定した。

「……意外だな。てっきり困惑するかと思ってた」

『あなたばかですか。あれだけで信用できるわけもないじゃないですか』

「……」


 危ない。危うく電話を切るところだった。この石動という女、どうもぼくの感情を動かすのが得意らしい。当初に醸し出されていたしおらしさはどこへ行ったのか。


『まあいいです。本題に入りましょう。死体をどこに隠したのか知りませんが、そのまま置いておけるとは思っていませんね?』


 ――また、死体だ。死体と呼んだ。

 ぼくは黙る。下にいる彼女を思って身動きする。ぎしりとベットが軋んだ。

 ぼくが病の床に臥していた間、彼女はずっとそこにいた。例え病だろうと、誰一人とこの部屋には入ることを許さなかった。少しでも紛らわそうと冷房をつけても、家の中にいる誰もが違和感を抱いている彼女の香りは弁護できるものではない。これ以上は限界だ。


『……私は、元の場所に戻すべきだと思っています』

「戻す……? あの廃墟に? なぜ」

『彼女は自殺です。自殺死体として、見つかるまで放っておくべきです』


 彼女を、またあそこに吊るすのか。

 清らかであったぼくの心臓が黒く染まるのを感じる。きっとそれは彼女をあるべき場所に返すだけのこと。ぼくは彼女を降ろしてはならなかった。最初からわかっていたことだ。

 だが、拒絶の楔がぼくの心臓を鈍く締めつける。

 ぼくは、彼女から離れたくないのだ。


「……過度の移動は危険だと言ったのは、君だろう」

『だけど、これを終えれば完全な安全を得られる。違いますか』


 石動の問いが頭に木霊する。

 ぼくは苦悩する。ずっと傍にいると思っていた。ずっとここにいられると思っていた。だが、それは違うのだ。ぼくは生きていて、彼女は死んでいる。

 ぼくは口を開いた。


「……わかった。彼女を戻そう」


 彼女は、ここにはいられない。





 深夜、カーテンの隙間から石動が家の前にいるのが見える。こんな夜でも変わらずに制服を着ている。闇の霧に囲まれている彼女は、まるで魔から生まれ出でた亡霊のようだった。何も知らない者が見れば恐怖に騒ぐかもしれない。少女の未成熟な美貌も相まって、石動の立つ姿は幻想的に映った。

 布団で包んだ彼女を抱えて慎重に部屋を出る。木崎家は健康的な人間が多いのか、夜遅くまで起きていることはない。だが、今日に限っては明かりが点いていた。一階の居間だった。彼女を玄関土間の前に置いて覗きこむと、そこにいたのは母だ。台所で調理をしている。そこには新妻に似た喜びが見えた。

 だが、こんな時間に?

 疑問に思うも、時間はない。ぼくは母を背に家を出た。


「こんばんは」

「待たせた。……なんでぼくの家を知ってるんだ?」

「教えてもらいました。さあ行きましょう」


 まさか聞き込みをしたのか。ぼくは想定外の場所からの情報漏洩に身を震わせた。

 閑静とした住宅地を歩く。運動靴の砂を削る二つの足音が聞こえる。石動とぼくのものだ。

 そういえば、以前彼女と会ったときも運動靴だった気がする。真っ黒な服装に、使い込まれて緩んだ靴下、その中でも汚れた靴はわかりやすい。もしかしたら小学校の頃から使っている逸物なのではないかと思うほどに。

 しかし、ぼくは訊くことはなかった。このご時勢携帯も持っていない。友だちもいない。彼女の家にも何かしらの事情があるのだろう。ぼくには関係のないことだ。


「――誰かきました」


 言われて正面を見ると、強いライトが迫っていた。中型の白い自動車だ。ぼくは光に苛まれる目を細めた。

 隠れる場所はない。辺りは電柱もなく、高い塀で閉じられている。彼女を隠す場所すらなかった。ぼくらは自動車が横を通り過ぎるのを期待した。

 だが、期待に反して自動車はぼくらの前で停まる。ぼくらは一瞬身を固くした。

 運転席の車窓が開く。中から現れたのは見知った人物だった。


「善郎じゃねえか。どうしたこんなところで」

「そ、そっちこそどうしてここに?」

「ちょっとここらに用事があってな」


 隣にいた石動がぼくの袖を引いた。困惑した声がぼくの耳に吹きかけられる。


「すみません……お知り合いですか?」

「ぼくの叔父さんだよ。たまに来るんだ」


 この様子だとまた我が家に泊まるのだろう。母が作っていたのは叔父のためのものに違いない。

 母の嬉々としていた様子を思い出す。ぼくはまたかと思い、嘆息した。

 叔父は車窓から身を乗り出した。その顔は意地悪く笑っている。


「それで、そのお嬢ちゃんは誰だい? 恋人かい?」

「は?」


 あっけにとられる。石動を横目で見ると、目が据わっていた。

 叔父はこちらの反応も見ずに勝手に納得して頷いている。強引に解釈し勝手に話を進める。叔父の悪いところだ。助かったことも多くあったその悪癖だが、今とあってはそれが幸か不幸かはわからない。


「善郎も歳だもんなァ。いやあ年取った年取った」

「え、いや、ちが――」

「荷物持ってあげてんのはわかるけど、送り狼も大概にな。早く帰れよ? 美代を心配させんじゃねえぞっ」


 母の名前を最後に、叔父は車窓を閉めた。

 エンジン音を響かせて、自動車はぼくたちが歩いた道を戻っていく。白い自動車が角の向こうへと沈んでいく。光が消えて、また町の中に静けさが戻ってきた。


「えっと……ごめん」

「…………とりあえず、気づかれなくてよかったです。早く行きましょう」


 歩道灯の明かりが布団の裏地を照らす。暗闇に慣れた瞳だと、布団の白さに相まって眩しい。彼女は肩に重く圧し掛かっている。彼女との時間もこれが最後なのだと思うと胸が一層苦しかった。

 廃墟に近づくにつれて、ただでさえ少ない明かりの数も視界に入らなくなる。

 あの日同様、廃墟に人影は見当たらない。ここは暗闇の胞子の縄張りのようで、中には覗いても見渡せないほどの闇が住んでいる。見える闇という闇が、ぼくたちを睥睨しているかのような錯覚を覚えた。今更ながら、この中に入った己の度胸を褒め称えたくなる。

 ちらりと横目で石動を見た。この少女も自分の後ろにいたのだ。しかし深く考えてみると、知り合いでもない少女がなぜこんな廃墟にまで来てぼくの後ろをつけてきたのだろう。

 携帯の明かりで道を照らす。彼女を見つけた場所へ向かう片手間、石動に気になっていたことを訊いてみた。


「なんで、こんな廃墟に来てまでぼくを追ったんだ」

「……あなたの様子がおかしかったから」


 ぼくは振り返って石動の顔を照らす。彼女は眉を顰めて手をかざした。


「眩しいです」ぼくは明かりを下ろした。

「君はここらに住んでいないと言ったね。だっていうのに、あんな深夜に、偶然ぼくがここに訪れていたのを見かける? それはどれほどの確率なんだろうね」

「偶然が重なったのではないですか?」

「本当に?」


 石動の目がぼくを見据える。暗闇の中でも、一際輝く黒耀の瞳だ。廃墟の闇は、この少女の瞳に魅了されて吸い込まれてしまったようだった。

 彼女は言った。その手はもう片方の手首を握り締めている。


「……本当です。私、夜の散歩が趣味ですから」

「危ない趣味をお持ちで」


 ぼくは正面に向き直って、歩を進めた。興味がなくなったわけではない。ただ、この少女の口からこれ以上訊いても意味をなさないことを理解しただけだ。

 話している内に、目的の場所に辿り着いた。

 あの日と違うのはにおいと、ゆらゆらと揺れる彼女がいないこと。天井からぶら下がっているロープは途中で切れている。立てたはずの脚立は倒れていた。大方、ぼくが熱で倒れていた間にあったとされる台風にでもやられたのだろう。今は暗くて見えないが、ぼくが彼女を汚した跡も乾いて残っているはずだ。


「私が新しいロープに縛りなおします。善郎さんは死体をお願いします」


 石動は持ってきたビニール袋の中から天井からかけられたものに似たロープを取り出した。その先は丸く作られている。片手にはカッターがある。石動は脚立を立てると、それを使って天井に近づいた。


「……その、死体と呼ぶのは止めないか」


 石動はロープを切りながら応える。


「死体でなければ、何と呼ぶつもりですか。死体と呼ぼうと呼ばなかろうと、その女性は既に死んでいます。もう二度と動かないことには変わりありません」


 彼女とは違い、軽い音を立てて切れたロープが地面に落ちた。


「違う」


 ぼくは苦し紛れに言葉を吐いた。

 そういった話ではない。彼女は確かに生きてはいない。だが、死体などと軽々しく使っていい存在でもないのだ。


「彼女は――」


 その先の言葉は続けられなかった。見つからなかったのだ。今、ぼくが表現できる彼女への言葉が、ぼくにはわからない。吐き出せなかったわだかまりだけが胸に残る。

 彼女はぼくのなんなのだろうか。

 大切だ。安心だ。支えだ。だが、それらの言葉を重ねても物足りない。彼女という器に、すっぽりと収まる物が思い浮かばない。与えれば与えるほど、それらは燃え盛る炎に溶けてしまうかのようだ。

 彼女を手放したくない。それだけが今この瞬間での事実だった。

 黙るぼくを見て、石動は重い息を吐いた。どうやら天井に新たな首吊りのロープを縛り終えたようで、彼女は脚立から降りる。


「……わかりました。死体という呼び方がそこまで嫌なのでしたら、あなたが呼んでる〝彼女〟と呼ばせてもらいます。それなら文句はないでしょう?」


 ぼくはその言葉に頷いた。


「それでは、次お願いします。〝彼女〟を吊るしてください」


 ぼくは彼女を包んでいた布団を開く。彼女は以前の汚れた服に着せ替えられている。

 頬の肉の皮は少し剥げている。下には何かが蠢いている様子が窺えた。後ろには石動がいる。

 ぼくは彼女の合わせた両手と重ねて、祈りを捧げた。

 どうか御許しください。そのような言葉は数え切れないほどの人間が、いるのかどうかも定かでない神に捧げた無数の希望だった。

 希望を手にしたいか。否、ぼくにとってそれは違った。

 ぼくには希望(ゆるし)がない。必要がない。それは彼女に捧げたぼくの(いのり)だった。

 ああ、そうか。ようやくわかった。彼女に渡す言葉が。


「石動」


 背後の少女に声をかける。彼女は気味の悪そうに「なんでしょう」と応えた。


「石動、やっぱりこの方法はダメだ」


 振り返ると、石動は驚愕の表情でこちらを見つめていた。

 頬は今までにないほどに緩んでいた。笑いが堪えられなかった。嬉しいのだ。

 生きてきた今までで、今、ぼくはようやく生きていると実感できている。こんな最後になって気づくなんて、ぼくはなんと大馬鹿だったのだろう。

 ――彼女は、ぼくのすべてなんだ。

 ぼくは、泣いていた。


「……理由を聞いても」

「彼女には、ぼくが犯した跡がある。それも拭えないようなものだ」


 嘘だ。彼女の汚れは、彼女を土の中に埋めたあの日に全て洗い流した。

 これは目の前の少女を騙すための口実作りだ。

 石動はぼくの言葉に首を傾げた。その様子は初心な処女の姿にしか見えない。


「すみません、拭えない、とは……」

「中で出したってことだよ」


 少し考えるしぐさをすると、石動は暗闇の中でもわかるほど極端に赤面した。次に嫌悪の瞳でぼくを射る。元々酷かった視線がより痛ましいものとなった。


「そんなこと、彼女の体を調べられればすぐにわかることだ。ぼくには彼女を隠すしか方法はない。どんなに発見時の状態と同じようにしても、だ」

「…………気持ち悪い」


 ぼそりと、石動は吐き出した。その姿は先ほどよりも一歩遠い。


「いいかい。彼女はここにはいられない」

「よくわかりました。あなたのせいです」視線は刃物のように鋭い。

「だけど、時間も時間だ。一先ずはここに隠そう。それからどうするかは、明日にでも話すんだ」


 ぼくは彼女を抱きかかえると、壁の隅に下ろした。彼女を包んでいた布団のカバー――幸い白だった――を、彼女に被せる。暗闇の中に彼女は沈んだように見える。後は、この部屋に板でも貼り付けて隠してしまおう。ここは奇人でもなければ、彼女のような死人でもない限り訪れることはない。ぼくは彼女との未来を思って胸を膨らませた。

 問題は石動だが、事が終えれば彼女も黙るだろう。もし反対したときはそのときに考えよう。


「――あの、さっき会った男性は、善郎さんの叔父さん、でいいんですよね」


 思わない方向からの話題に、ぼくは足を止める。


「ああ。人の良さそうなおじさんだろ?」

「……ああ、そう、ですね。最初、あなたの父親かと思いました」

「よく言われるよ。母さんの兄さんなんだ。よく泊まりにくる」

「そうですか」

「君の家族は心配していないの? こんな夜遅くに」

「さあ……知りません」


 石動とぼくの帰路は違う。彼女は深い夜へ向かう。

 家族のことを知らないと答える彼女は、どこへ帰るのだろう。どこから来て、どこへ帰れるのだろう。


「石動」


 ぼくは一人歩く彼女を見ていられなくて声をかけた。振り返る少女の顔は暗闇の面を被っていて見えない。まるで彼女の閉ざした心を、わざわざ形作っているかのようにすら思える。


「帰り、送ろうか」


 初めて石動と会ったときと同じ、気まぐれだ。自分でも何を思ったかわからない。ただ、誰かに似ている彼女をぼくは放っておけなかった。

 影は首を振った。その表情は見えない。石動は振り返ることもなく自分の道へ戻った。

ここらで一度打ち止めです。次の更新は少し先になります。

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