死体と死に体のぼく
ぼくは頭上のものを引っ張る。強度は十分だった。
「よかった。まだ残ってた」
遠見聖子は嫌いだが、残してくれたものに罪はない。あんなことをしてなんだが、彼女に感謝を言っておけばよかったのかもしれない。
既に、そこに石動はいない。ぼくがいるのは過去に彼女と出会ったあの廃墟であり、あの一室である。
ぼくは脚立を立たせる。彼女が過去に立ったであろう脚立を上る。
結局、最後までぼくを愛してくれたのは彼女だけだった。ぼくの居場所を作ってくれたのも、ぼくの在り方を導いてくれたのも、すべて彼女だけだった。なればこそ、この帰結に至ったのは当然のことだ。
――彼女と同じ死を選ぶ、それで、ぼくは彼女と永遠にいられる。
ぼくは縄に首を潜らせて、脚立を蹴った。
足元に幸慈がいたような気がした。
音がする。落ちる音だ。水滴が落ちる音がどこからか響いている。
緩慢な動きで目蓋を上げると、最初に白い天井が目に入った。自分がどこにいるのか認識できなかった。視線を右に移すと、そこには愛しい人がいた。呼びかけようとしたが、うまく声がでなかった。喉が痛いのだ。
彼はふっと顔を上げると、私が目覚めたことに気付いたようで涙ぐんだ。よかった、と私の手を握りこんでいる。どうしたというのだろう。
彼がナースコールを押すと、それほどの時間も経たずに医者がやってきた。
私は咳き込みながらも医者に言葉を投げる。
「あ、の」
「あまり喋らないように。あなたは今とても疲労しているんです」
「いえ、ひと、つだけ。しつもん」
医者は私の状態を見ながら、いいでしょうと頷いた。
「あの、あには――」
そこから先は咳で途絶えた。こんなときに限って私の体はなんと脆弱なことだろう。
私は、私の復讐がどうなったのか、それだけでも聞きたいのだ。私の子の敵はどうなったのか。
「あに……?」
首をひねる医者に対して、彼が「この子の兄の善郎のことかと」と代弁してくれた。医者は納得したようで頷くが、それでもまだ不思議そうに首をひねっている。
「その、兄が何か?」
私は喉から必死に声を絞り出す。これだけは、私の言葉で聞かなければならない。
「くび、つりをした、はず」
さあ、言え。死んだと言え。私の復讐を叶えろ。私の悪夢を終わらせろ。
あの兄を追い詰めるのに、どれほどの時間をかけたのか。どれほどの労力を使ったのか。私は、あの兄が、殺したあの子のために――あれ。
違和感があった。頭の中のピースが噛み合わない。
あれ、あれれ?
脳に酸素がいかない。思考ができない。
医者が看護師に目を向けると、看護師は首を振って医者の代わりに次の言葉を口にした。
「首吊りをしたのはあなたです、木崎幸慈さん。――あなたの兄の善郎さんは、既に十三年前に交通事故で亡くなっています」




