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死体と死に体のぼく  作者: 秋花
第四章 けぶる灰

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16/29

4-1

 過去、木崎一家は理想の家庭であると誰かが囁いた。

 妻の美代はその類い稀なる美貌でありながら夫に尽くし、家を空けることは滅多になく、夫の明彦(あきひこ)は寡黙であるが、色に惑うこともなく仕事に向かい家のことを忘れることはなかった。

 良縁に恵まれたと讃えた者すらいた。だが、彼らの家に訪れた者はどこか冷たさを感じる家だったとも言った。


 幸いにも二人の間で子宝が恵まれた。双子だった。

 二人とも母の美貌を受け継いだ玉のような子だったと聞く。明彦の遺伝は母の美貌の前では霞んでしまったのだと手を叩く者さえいた。


 品行方正な子だった。理想の家庭だった。子にも恵まれ、世に出ても恥ずかしくない家だった。


 だが、二人の子を産んでいようと夫婦の間はどこか冷めており、理想と口に出そうとも羨望の瞳を向ける者はどこにもいなかった。











 遠見聖子が木崎善郎に恋をしたのは一年ほど前に遡る。


「――木崎善郎です。よろしくお願いします」


 彼は時期外れに訪れた転校生だった。新調したばかりなのか、二年は使い込まれた遠見たちの制服とは異なる、糊の利いた黒塗りの学ランが浮いていた。

 クラス内の拍手が彼を迎える中、善郎は色のない瞳で一同を見ていた。体格は細いが、中性的で美しい顔立ちがそれをよしとしていた。女だけではない。男ですらその美貌に惹かれた。

 善郎は端麗な顔立ちに人を寄せつけない空気が女生徒からもてはやされたが、遠見はそれよりも自分に任せられた仕事に務めるだけで手がいっぱいであった。

 遠見が任されたのは委員長という役柄だ。誰に対しても平等に接し、笑みを振りまく。遠見聖子自身には自覚はないが、人気者とはこの少女のことを言うのだろう。

 決して自分から立候補して得た立場ではない。周囲の人間による推薦だった。だが、遠見は喜んでその推薦を受けた。それが正しい行為だったからだ。

 遠見は誰に対しても笑みを向ける。それが良い行いだからだ。

 すべてに平等に。誰かに嫌悪を向けられない人間であらねばならない。それが遠見が生きる上で志している誓いだ。

 ある人はそれを八方美人と言うだろう。だが、それで正しい人間でいられるのであれば遠見はよかった。何一つ不満はなかった。


 だが、ある日のことである。文化祭まで日も近く、委員の仕事も増えてきた頃だった。


「遠見さんってさ、悩みなさそうだよね」


 帰り際、あるクラスメイトが遠見にそんな言葉を投げた。瞬時に返す言葉は浮かばなかった。だが、遠見が最初に行ったのは笑みを浮かべるという動作だった。


「ありがとう。わたしの良い部分見てくれてるってことだよね」


 なにそれ、と目の前のクラスメイトは笑った。遠見も笑った。それは安堵の笑みだった。今日も一日平和に過ごすことができた。


 帰るクラスメイトに手を振り、自分の荷物の整理を行っていると、視線を感じた。気になって目を向けると、木崎善郎がこちらをじっと見ていた。

 遠見は驚く様子を見せないで、頬を上げることで返した。


「木崎くんは初めての文化祭だよね。みんなで楽しもうね」

「ねえ」


 男性にしては高いが女性にしても低い、耳に心地よいの声が遠見の耳に入った。善郎が言葉をかけたのだ。善郎から誰かに何かしらのアクションをしたのは初めてなのではないかと遠見は内心驚きを隠せなかった。


「それさ、楽しいの」

「えっ」


 予想だにしていなかった言葉に、遠見は初めて体裁を繕うこともできずに顔の動きを止めた。その時、遠見は笑うことができなかった。


「いや、ただ単に笑いたくないなら笑わなければいいのにって思っただけ」


 じゃあ、と善郎は遠見に背を向けて教室を出た。追いかけようとしたときにはもう手遅れだった。彼は遠見の見えない場所へと行ってしまった。


 わからなかった。恐ろしかったのかもしれない。遠見の世界に介入する一人の美しい少年が、遠見は恐ろしかった。だが、自分の胸に去来したその思いは、遠見のその後の生活で善郎を是が非でも意識するようになった。


 彼を観察していくうちでわかったことがある。

 善郎は一人を好んだ。否、周囲の環境が善郎を一人にさせた。

 転校当初、善郎に話しかける者は多く、善郎も話しかけられれば対応はしていた。確かに、その中でも彼は孤独であり続けた。しかし話しかける者はいた。だが、ある一つの噂が善郎を確固たる孤独にした。


 ――木崎善郎は人殺しである。


 その話の種を撒いたのは、引っ越し前の木崎善郎と同郷だった生徒だった。

 無論、事実を確かめようと善郎に問いかけた者はいた。だが、善郎はそれを肯定した。それが真実になった。善郎は、自身で自身の世界を閉ざしたのだ。

 遠見には、それがどうしても善郎の口から出た真実とは思えなかった。


 放課後のことだ。

 遠見は意識もしていなかった男子生徒に告白をされた。その場では保留にしたが、どう対応すべきか遠見は頭を悩ませた。何が正解なのか見えなかった。


 ――笑いたくないなら笑わなければいいのに。


 彼なら、どうしただろう。

 そんな考えが浮かんだ自分に驚いた。他の人間の選択など、一度たりとも想像などしたことがなかった。初めての経験だった。

 後日、遠見はその告白を断った。遠見の視線の先には木崎善郎がいた。



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