2-4 予言は信じない方がいい
「裏目や! めっちゃ裏目に出とるやん! こんなんやったら占わん方がよかったわ!!」
阻止すべき予言の内容がすでに――しかも自分たち魔族の手によって実行されたと知った先詠みの魔女は、大いに取り乱していた。
「お、落ち着けトリル」
「せやけどぉ……不吉な予言してしもうた上に、こないな事実を知らしめる結果になるやなんて……」
メリエルの境遇に涙を浮かべたのとは別の理由で、またしても泣き出しそうになっている。取り乱したい気持ちはこちらにもあるが、このような態度に出られては怒るに怒れない。
「良かれと思ってしてくれたことなんだし、危機を予知して伝えてくれたことは嬉しく思うよ。それに、救済の予言が魔王打倒に関わっているかは判らないと言ったのはトリルだろ? ……あるいは、まだ――」
トリルのフォローのつもりであったが、言いかけて、その言葉の残酷さに気が付いた。
「――救いの時は訪れていない。彼女には、今まで以上の苦難が待ち受けている可能性があるということですね」
テューロが言葉の続きを引き継ぐ。
「例えば、善人気取りの勇者が魔王の城から彼女を救い出し、元の生活に逆戻り……」
「やだ!」
普段は傍で大人たちの会話を聞いていても首を傾げているだけのメリエルだが、今回ばかりは不穏な空気を感じ取ったらしい。初めて聞く、はっきりとした拒絶の叫びだった。
「もどるのはいやだよ……『すくう』ってなんで? まおーさんといっしょにいることはいけないことなの? メリエルはここにいたらいけないの……?」
ぽろぽろと、南海のような瞳から雫が零れ落ちる。
「メリエル……」
玉座から降りると、膝を折りメリエルの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、メリエル。メリエルがここにいたいと思うのなら、そうすればいい。メリエルをここから無理矢理連れ出そうとする奴がいたら、俺がそれをさせない」
「ほんとうに……? メリエルはここにいていいの? まおーさんはいやじゃない?」
「嫌じゃないさ」
その答えを聞くと、メリエルは涙で濡れた顔を俺の胸に埋めてきた。
メリエルは自分たちの知らないところで確かに不安を抱えていた。しかしそれは望郷の念ではなく、ようやく手に入れた安息の場所を失うことへの不安だったのだ。
小さな背中に手を回し、ぽんぽんと軽く叩いてやると、嗚咽の音は次第に小さくなっていった。
「幼い少女にお優しいのですね」
「お前の言葉にはいちいち含みが感じられるんだが……」
折角きれいに纏まりそうなところでテューロの茶々が入ってしまった。
「せやけど本当にええの? もしこれが、聖女にとっての救済になってまうとしたら……」
不安そうにトリルが尋ねてきた。
「いいさ。もしこれが俺にとって不都合な結果になったとしても、予言に振り回されてこの子を不幸にする理由にはならないよ……少なくとも俺にとってはな」
予言をないがしろにする発言。しかしメリエルへの感情移入が大きくなっていた先詠みの魔女はそれに対して憤慨する様子はなく、むしろほっとしたような表情を見せた。
「……せやな。予言を鵜呑みにするよりも、魔王はんの思うようにした方が案外上手くいくんかもしれへん。そもそも先詠みはあくまで助言のためのものであって、完璧な未来予測をするためのものやない。初代の先詠みは完璧な未来予測も可能やったらしいけど……予言が曖昧なところまでしか判らんようになっとんのは、未来を変える余地を残すためなんよ」
「そうだったのか……」
だから先詠みの儀式を重ねなければ魔王の予言の子細を知ることが出来なかったのか……と考えたところで、嫌な予感がよぎった。
「……ということは、予言の子細を知ってしまったことで俺の未来の可能性は狭まってしまったんじゃないのか?」
「あ……」
トリルの目が泳ぐ。
「ど、どないしよう!? やっぱ占わん方がよかったんやあぁぁぁ!!」
「落ち着けトリル!」
再びパニック状態に陥るトリル。やはりこちらにも取り乱したい気持ちはあったが、予言に振り回されないと発言した手前、彼女を宥めるしかなかった。
テューロはというと、例によってマイペースに何事か思案している。
「やはり、聖女陵辱を前向きに検討された方がよろしいのでは?」
「お前はいい加減その考えから離れろ!!」
騒ぎ立てる魔族たちを余所に、聖女未満の人間の少女は魔王の腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
2話終了。