2-2 ネタは多い方がいい
「お初にお目にかかります、陛下。先詠みの魔女、トリルにございます」
玉座の前で跪いた先詠みの魔女の容姿は、想像していたよりも幼いものだった――が、相手が見た目で実年齢を計れない魔族だと判っていたため、聖女に出会った時ほどの驚きはなかった。
見た目はメリエルよりも年上、人間で言うと一二・三歳といったところか。魔族の年齢に換算すると五十歳は軽く越えているだろうが、強い魔力を持つ魔女ならばそれよりもさらに年を重ねている可能性もある。
格好は『魔女』のイメージに違わず黒のケープに先端の折れ曲がった鍔広帽。帽子は礼儀に伴い胸に当てられ、今は赤紫の巻き髪が露わになっている。螺旋を描くその髪の形状はまるで――
「どりるー?」
メリエルの言うそれだ。
「ドリルやのうてとーりーるッ! ウチは先詠みの魔女、トリルさんや!」
妙に訛った魔女である。
「アカン、地がでてもうた……! えらいすんませ……すみません。先王が臣下の礼節や言葉遣いをあまり気にされない御方でしたもので、こういうのに慣れていないんです……」
慌てて言葉遣いを正すが、イントネーションは訛ったままである。
「話しやすいように話してくれて構わないよ。俺もそういうの気にしないから」
なるほど、先王と臣下の関係性は意外とフランクなものだったのだな。その辺りは先王に倣うのも悪くなさそうだ。ちらりとテューロの方へと目をやる。
「なにか?」
「……いや、別に」
言葉遣いは馬鹿丁寧でも言動に問題があるのは先王の時代の体制に起因しているのだろうか。
「訛り系幼女がお気に召したのですか? 見た目は幼いですが彼女は陛下より年上ですよ?」
「ちょっ……! 歳のことは言わんといてや! これでもウチ、乙女やねんで?!」
真っ先に反応したトリルが顔を真っ赤にして抗議した。
「そういうことを考えてたんじゃない! というか、ヒトをロリコン前提で扱うのはやめろ!」
こいつの場合は元の性格に問題があるのか。おそらく、元来のサディストだ。
握り締めていた帽子を被り、こほん、と咳払いをしてトリルは話を仕切り直した。
「……えー、それでしたら、普通に話させて貰います。陛下にお話したいんは、予言のことなんやけど……」
やはりそうきたか。
「戴冠式の日に予言を伝えてすぐ、大臣たちに『不吉だー』とか『占い直せー』とか言われてな。またすぐに先詠みの儀式の準備をし始めたんよ。……あンのオッサンども、簡単に言いくさってからに……! 儀式にはそれ相応の準備っちゅーもんが必要なんや! 正直しんどいっちゅーねん!」
相当に怒り心頭の様子。それほどまでに未来を詠む儀式の実行は困難を極めるものなのだろう。これまで姿を見せることがなかったのは準備に追われていたのが理由だったようだ。
「それで、わざわざ占いなおしてくれたのか?」
「いや……それは出来ひんのや。先詠みはこれから先に起こる出来事を読み取るもの。占い直したところで別の結果が出ることはあらへん。……まぁ、当事者の行動によって運命が変わることはあるんやけど、この短期間ではそれもないやろ思うてな」
あの予言は、やはり決定されたものなのか。
「それじゃあ、トリルは今まで何をしていたんだ?」
「はい……さすがに不吉過ぎて、ウチも予言の内容が気になってしもてな。占い直すことは出来ひんけど、せめて何かもう少し詳しいことが判れば思うて、聖女の未来を詠んでみたんよ」
「メリエルの?」
話題を振られたものと思い顔を上げるが、そうではないと気付くとメリエルは床に座り込み、先程のお絵かきの続きを再開した。
「何か判ったのか?」
「はい、いくつかは」
予言を回避するための方針は一応定めてはいるものの、不安は多い。回避に役立つ情報は多いに越したことはないだろう。
「言ってくれ」
「はい……まず判ったことは、ここにいるメリエルは聖女ではないっちゅーこっちゃな」
いきなり重大発表。
「ちょっ……と待てぇ!! 聖女じゃないって、それじゃ、メリエルは……!」
「なんの変哲もない、普通の人間の子供、ということでしょうか」
慌てふためく俺を余所に、テューロはいつもと変わらない調子で応えた。
「普通のってことは……じゃあ、俺たちがメリエルを攫ってきたのは……」
「ただの女児誘拐ということになりますね」
――なんということだ。命じたのは俺ではないが、メリエルは俺のために連れてこられたのだ。だとしたら、この誘拐は――……
テューロに俺を貶めるための絶好のネタを与えただけではないか!!