2-1 魔女には会った方がいい
「まおーさんみてみて! メリエル、まおーさんのえをかいたよ!」
「へぇ、よく描けているな。メリエルは絵が上手だな」
聖女と呼ばれる人間の少女メリエルとの共同生活が始まってから数日、新米魔王が治める魔族の国は平和そのものであった。
攫われて魔王の城に軟禁されている身の上であるにも拘らず、メリエルは取り乱すこともなく魔族との暮らしに順応していた。この気丈さはさすが聖女と呼ばれるだけのことはあるということか。自分の置かれた状況を理解していないという可能性もあるが、それにしても普通ならばこのくらいの年の子供は家族恋しさに泣き出してしまうものだ。しかし、今のところそういった兆候は見られない。
持ち前の明るさと人見知りをしない性格から、今では城内のちょっとした人気者になっているようだ。よく城の中を探検しに行っては、メイドや子供好きの兵士から貰ったお菓子を抱えて帰ってくる。人間であっても子供は子供だと受け入れている者が多いらしく、メリエルと臣下の関係性は良好なようで安心している。
――だが、安心できない部分もある。
メリエルにはある程度の自由が与えられているが、常に監視が付けられている。逃げ出されないようにするための監視でもあるが、メリエルを警護するための監視でもある。城内には、聖女の殺害を企てる一派も存在しているのだ。
そして、人間の軍隊の動向だ。戦争の準備をしているという話であったが、それ以降行軍を開始したという話は聞かない。
お陰で公務の合間に呑気に保父の真似事をしていられる訳なのだが――おそらく、すぐ傍に控えた空色の髪と瞳の宰相、テューロが何か手を打ったのだろう。軍隊の指揮や政治的なやりとりに関しては、優秀な宰相に『センスがない』と一蹴されてしまったため、下手に首は突っ込まず具体的な内容については任せきりにしてある。先王の懐刀と呼ばれた優秀な男だ、任せていても間違いはないだろう。今も兵士からなにやら報告を受けていたようであるし――
「幼女を愛でてにやけているところ申し訳ありませんが、陛下」
――このように主君を貶めるような発言さえしなければ、本当に頼りになる男なのだ。
「先詠みが陛下に面会を求めているらしいのですが、通してもよろしいでしょうか?」
「先詠みの魔女が?」
先詠みと聞いて、真っ先に頭に浮かんだのはあの『予言』のこと。
『聖女と崇められし少女は神の子を孕む。神の加護を受けし聖女の第一子により、黒き魔王は滅ぼされるだろう』
先代から王位を引き継いだあの日、先詠みによって下された予言。あの予言のせいで俺は臣下に理不尽に貶められる羽目に――いや、今はそのことは置いておくとして、とにかく紆余曲折あった末に、聖女メリエルと生活を共にすることになったのだ。
先詠みとは、未来に起こる出来事を詠み、助言を与える者――つまりは宮廷占い師のことを指す。強い魔力を持つ魔女が代々その役目を引き継いでいるとのことだが、まだ会ったことはない。新しい魔王に不吉な予言をしておきながら戴冠式には列席せず、その後も姿を見せることはなかった。
その先詠みが、今頃になって姿を見せるとはどういうことなのか――
「俺も先詠みとは話がしたい。すぐに通してくれ」
「かしこまりました」
先詠みの魔女――果たして如何なる人物なのであろうか。




