1-4 説明はしない方がいい
俺の魔王として最初の仕事は、当初の予定とは違った形ではあるがなんとか無事にこなせたと言っていい。むしろ大変なのはこれからなのだろう。
「ところで陛下、聖女を手元に置くとおっしゃいましたが……」
「ああ、どうせ部屋はいくらでも余ってるんだ。適当に一部屋与えてやればいいだろう。あと、虐待みたいなことはナシだ、鎖は外してやれ。」
王城というのは馬鹿みたいに大きく、部屋数も多い。地下牢も存在するが、そんなものは使わずとも子供が城の外へと逃げ出すことなど不可能だろう。
「外してしまってよろしいのですか? てっきり、鎖に繋いで飼いならすおつもりなのかと」
「俺にそういう趣味はない! ……だが、そうか、飼いならす、か……」
テューロの言葉に、ある考えが頭の中をよぎった。
「やはりそのような願望が?」
「ち・が・う! 飼いならすって言い方は悪いが、聖女が俺たちに害を為さないように教え込むのはいい考えなんじゃないかと思って」
「なるほど、懐柔するというわけですか」
方針は決まった。となると、次に必要となるのは魔族の言うことを信じ込ませるだけの信頼関係を築くこと。コミュニケーションをとる必要がありそうだ。
――そういえば、まだこの子の名前も知らないな。
「君、名前は?」
鎖を解かれ、身軽になった聖女に尋ねる。
「メリエル! おにーさんは、まっくろだけど、おーさまなの?」
聖女――メリエルはこれまでの会話の端々から目の前にいる相手が王であることは理解したようだが、イメージしていた王様像と違うことに疑問を感じているようだった。イメージと違うのはお互い様なのかと考えると、少し笑えてきた。
「そうだよ。『様』を付けられるほど立派ではないだろうし、王は王でも魔王だけどね。……よろしく、メリエル」
「うん! よろしくね、まおーさん」
「そういえば、もうひとつ気になることが……」
挨拶を済ませたところで、再びテューロが口を開いた。
「まだ何か、人間たちに動きがあるのか?」
「いえ、国勢のことではなく、陛下個人ことで少し」
まだ付き合いが浅いため、このテューロという男の人柄を把握し切れていない。これまで真面目な男だと思っていたが今日に至っての王を貶める暴言の数々、しかしただふざけているわけでもない……と、今日一日だけで印象が二転三転している。そんな男が自分の何を知りたがっているのか興味が湧いた。
「言ってみろ」
「では失礼ながら……陛下は女性経験が足りていないのではありませんか?」
訊いてみて激しく後悔した。
「な……ッにを……!!」
「彼女の姿を目にする以前から、聖女を抱くことに抵抗がおありのようでしたので。即位なされる以前から浮いた話を聞かないとは思っていましたが……」
「ぐ……っ!」
図星である。そう、確かに俺は今まで一度も女を抱いたことがない。
初めては本当に愛する者同士で……などと夢見ていたところに聖女陵辱の話が持ち上がり、人間の女で妥協する決意を固めたのはいいが、連れてこられたのは人間の幼女だった――というのがこれまでの流れだ。
「童貞ですか」
「はっきり言うな!! 貞操守って何が悪いーっっ!!」
もう涙目。
「悪くはありませんが……処女に幻想を抱いているタイプですね、ドン引きです。よろしければお相手を都合致しますよ? ほら、こちらにちょうど良い処女が……」
そう言ってメリエルを前へと押し出すテューロ。
「俺もドン引いてるよ! お前のそういうところにさっきからドン引きっ放しだ!! 結局お前はこの子に俺の子を産ませようとしているのか?!」
「いいえ、陛下がはっきりと拒否なされたことを押し通そうとは思ってはいません――それに、そもそも彼女はまだ子を成せる身体ではないでしょうに」
言われてみれば、確かにその通りである。何故そんな簡単なことに今まで気付かなかったのか……
――待て、こいつはそのことに気付いていながら聖女陵辱を進めようとしていたのか?だとするとやはり、幼女愛好者のレッテルを貼って王を貶めたかっただけなのか?!
「あんたは悪魔か?!」
「まぁ、魔族ですから」
喚く漆黒と、涼しげな顔の空色の魔族の間に立たされたこの場で唯一の人間である少女は首を傾げる。
「どーてーとしょじょってなぁに?」
「童貞というのはですね……」
「説明するな!!」
――本当に……これからが大変そうだ。
こうして、魔王(童貞)と聖女(幼女)の奇妙な共同生活が始まったのでした。
1話終了。