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予言の聖女は囚われる  作者: ナルハシ
外伝 紅玉の王
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2 つまらない話

「アルトゥナ様ー! どこにおられるのですかアルトゥナ様ーーぁ!」

 

 メイドたちが主君の名前を叫びながら中庭の周りを走り回っている。中庭へと向かっていた少年はそれに気付くと、彼女らに見付からぬように進路を変えた。

 人が多く、騒がしいのは苦手だった。人が多ければ、それだけ多くの者の未来が視える。騒がしい場所で多くの未来を視ると、現在と未来の区別が付かなくなり悪酔いを起こす。

 そしておそらく、見付かれば捜し人を見付けるために未来を視ることを望まれる。望まれれば拒否することが出来ない。少年はそれを厭うていた。

 歩きながら、静かに過ごせる場所はないだろうかと思案する。庭園はどうだろうかと考えたところで不意に、現在ではない光景が眼に映った。

 一瞬足を止めてため息を吐き、再び歩き始める。


 少年の足は、真っ直ぐに庭園へと向かっていた。

 バラのアーチを潜り、植え込みの間を進んでいく。

 やがて、計算し造られた庭園には不釣合いな、周りをレンガで囲っただけの手作り感溢れる花壇のある一画へと辿り着いた。

「陛下……皆さん、捜していましたよ」

「ん?」

 花壇の前に立っていたアルトゥナが振り返った。その手にはブリキ製のじょうろ。

「なんだお前か、蒼穹。まったく、何処におってもお前はすぐに我を捜し出すなぁ」

 アルトゥナは面白くなさそうに少年を一瞥して、再び花壇へと向き直った。



 この王には臣下に黙って姿を暗ますという悪癖があった。大抵は城内のどこかで昼寝をしているのだが、その度に臣下は王を捜して走り回ることになる。

 心配性な忠臣達とは違い、少年はわざわざ王を捜して走り回ったりはしない。しかし一番初めにアルトゥナの姿を見つけ出すのは決まって彼であった。

 捜さずとも、彼女を見つけ出す未来が視えてしまうのだ。視えたところで構わず放っておけば良さそうなものだが、困っている人がいると解っている手前、結局は無視出来ず彼女の元に一番に辿り着いてしまうのだった。


 それに、自分が何を考えたところで視えた未来は変わらない。受け入れようと、拒もうと。

 それならば、初めから運命に従ってしまう方がいいと少年は考える。

 決められた運命に背くことに、意味など見出せはしなかった。



 アルトゥナはじょうろを傾け、中に入った水を花壇に撒いた。

「……何をしているのですか?」

「見て判らぬか? 花に水を与えておるのだ」

 見たままの答えが返ってきた。

「園芸の趣味があったのですか?」

 もっと派手で金の掛かる遊びもあるだろうに、一国の王の趣味としてはなんとも地味な趣味に思えた。

「花など、庭師に任せておけばよろしいのでは……?」

「庭師の爺がな、こんな小さな種から大輪の花が咲くと言ったのだ」

 アルトゥナはそう言いながら、振り返って左手の小指を立てた。水をやるだけではなく土もいじっていたのか、形の良い爪の先に土が詰まっている。

「爪の先ほどの小さな種だ。如何にして花を咲かすのか気になって、自ら育ててみることにした。すると庭師の言う通り、それは見事な花を咲かせたのだ。それから面白くなってしまってな、季節ごとにこうして種を植え育てておるのだ」

 この手作りの花壇は、庭師に無理を言って作らせたものだそうだ。

「今もな、新しい花をそこに植えておるのだよ。タマネギだかニンニクだか判らぬものからも花が咲くらしい」

 指された場所を見てみると、その部分だけ何も生えていなかった。よく見ると花壇の花は種類も成長具合もまちまちで、並びも疎らだ。この花壇は美しさや調和を意識したものではなく、あくまで趣味の実験場という印象であった。

「それは、球根というものではないのですか?」

「うむ、それだ。お前は永く生きているだけあって博識だな」

 球根を知っているくらい、大して珍しい事ではない。むしろお姫様育ちのアルトゥナが少し世間に疎いのだ。

「僕よりも、庭師の方が花には詳しいはずです。庭師の言うことに間違いはないと思います……何故、それを信じなかったのですか?」

「信じなかった訳ではない。我は話に聴くよりも、自分のその目で見てみたいと思っただけだ」

「……そのことに、何の意味があるのですか?」

「うん?」

 少年には、アルトゥナの考えが理解出来なかった。

「種から花が咲くことを理解していながら、何故それを試すようなことをするのですか?試さずとも、その種が花を咲かせるのは変わりようのない事実だというのに……」

 少年はアルトゥナの指先に目をやった。決められた運命を疑うことが、綺麗な指を土で汚してまでする価値のあることとは思えなかった。

「我のすることに意味を求めておるのか? 存外、面倒な奴だな。意味、意味なぁ…」

 アルトゥナは鬱陶しそうな視線を一度少年に向けた後、己の行動の意味を考えて首を捻った。

「種が花を咲かせるのが絶対の事実、とは限らぬのではないか?」

 しばらく考えていたかと思うと、質問の答えとは外れていると思えることを口にした。

「確かに種は花を咲かせる為に存在しておるのかもしれぬ。だがここで我が水を与えるのを止めてしまえば種は花咲くどころか、芽吹くこともなく土に還ることになるやもしれん。……まぁ、そうならぬようにこうして世話を焼いておるのだがな」

「それでは結局……その種が花を咲かせるという運命が変わることにはならないのでは?」

「うむ? そうかもしれんな」

 そう言って、じょうろに残った水を花壇に撒いた。

 結局、結末は何も変わらない。アルトゥナ自身もそれをあっさりと認めてしまった。


「やはり僕には、それが意味のあることには思えません……」


 少年はどこか悲しげに湿った花壇の土に視線を落とした。

「人には天に与えられた役割があります。僕にも、あなたにも」

 長い睫毛が、透き通った空色の瞳に影を落とす。

「人だけではありません。全ての生物……その種にも、花を咲かせるという役割があります。結局、全てのものは与えられた役割を果たすしかないのです……」


 だから、少年は未来を視続ける。それが天に与えられた役割であるから。

 自身が望む、望まないなんてことは意味を為さない。



 足掻いたところで、未来は何も変わらない。



「相変わらず、お前の話はつまらないな」

 暗く沈みかけていた少年に対して、アルトゥナは手加減なく言い放った。

「何故お前は終着点にしか目を向けられぬのだ?」

「え……?」

 問い掛けられ、少年は返答に詰まった。

 アルトゥナはじょうろをひっくり返し、乱暴に振って中に僅かに残った水を花の上に撒き散らした。落ちた雫が広げた葉を伝い、土に滲み込む。

「道のりを楽しむことが出来ぬのかと言うておる」

「道のり、ですか?」

「そうだ。知っておるか? 植物というのは驚く程に成長が早いのだ。数日芽も出ぬと油断をしておると、翌日には芽を出し、葉を広げていたりするのだ」

 このくらいだ、と言って指で芽の長さを表す。

「我が育てようと庭師が育てようと花は咲く。まぁ、庭師に任せた方が美しく咲くのだろうが、それだと我は花が日にどれだけ成長するかなど知ることはなかっただろう。それを自らの目で見たいが故に、我は自らの手で花を育てるのだ」

 少年は無表情に、しかし不思議そうな目でアルトゥナの姿を見つめている。アルトゥナはじょうろを花壇のレンガの上に置くと、少年を見つめ返した。

「……ふむ。解ったぞ」

「何が……ですか?」

「お前の話がつまらない理由だ」

 アルトゥナは唐突に、少年の片側の頬を摘み上げた。驚き、身を引いて手から逃れる。

「な、何を……?」

「つまらぬ話をいかにもつまらなさそうに話す故、つまらぬのだ。せめて顔だけでも面白そうにしろ。笑え」

 もう一度頬に手が伸びるが、今度は触れる前に身を引いた。

 つまらない話をへらへらと笑いながらすると言うのもどうなのだろうと思う。それ以前に、笑顔を作ることは苦手だった。

「む、無理です」

「何を言う。折角綺麗な顔をしておるというのに、笑わぬのは勿体ないぞ?」

「き……っ」

 更に一歩下がろうとしていた少年の動きが止まった。

「ん? どうかしたのか?」

 顔を横に向け、下を向く。先程摘まれたからという訳ではなく、頬が赤くなっている。

「……そんな風に言われたのは、初めてです……」

「そうなのか? 顔の造りもそうだが、我はお前のその髪と瞳の色を気に入っておるのだぞ? ……なんだ、照れておるのか?」

「照れてなど……」

 視線を彷徨わせるその目の動きを追って、アルトゥナの唇が意地悪く歪んだ。

「なんだなんだ、可愛いところもあるではないか。愛い奴め」

 アルトゥナが少年に手を伸ばし、少年が一歩下がる。それを何度か繰り返し、最終的に少年はアルトゥナに背を向けて逃げ出した。


「減るものでもなし、少しくらい笑って見せよ」

「い、嫌です」

「むぅ、強情だな」

「あなたが人のことを言えますか」


 早足で逃げる少年をアルトゥナが大股で歩いて追いかける。

 王の行方を捜していたメイドに見咎められ、アルトゥナが連行されるまでこの不毛な追いかけっこは続いたのであった。

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