1-3 感謝はした方がいい
「聖女の第一子、神の子が黒き魔王――貴方を討つ。それを阻むために、我らは聖女に魔王の精を注ぐ決断をしたのです。それを拒まれるというのならば、貴方はどうされるおつもりなのですか?」
「それは……」
そうだ、俺は魔王なのだ。
政治も、魔王としての在り方も心構えも何もかも判ってはいないが、魔王――民の上に立ち先導していく立場にある『王』なのだ。
それは判っている。議会の提案を受け入れるにせよ拒むにせよ、決めなければならないのは他でもない俺なのだと。
では『魔王』の役割とは何なのだろうか? 民を導くこと? 敵を排除して人間を支配すること? 敵とは誰のことだ? この幼い女の子が、魔王の敵であるというのか――
「この場で聖女を殺しますか? それとも聖女の子に殺され、この国を滅ぼしますか?」
「それは駄目だ!!」
考えが纏まらないまま、ほとんど反射的に応えてしまっていた。
「駄目……とは、どちらのことを言っているのですか?」
「……どちらもだ」
政治も、魔王としての在り方も心構えも何もかも、判っていない。考えたところで俺には判りはしない。
判りはしないが――
「人間だからといって、本当に当たるかどうかも判らない予言のために女の子を殺すのは……気に入らない。かといって殺されるつもりもない。王である以上、国を見捨てたりもしない」
「それでは……」
「聖女は手元に置いて監視する。要は聖女に子供を産ませなければいいんだ、それなら犯す必要も殺す必要もないだろう?」
「…………」
テューロが黙ってしまうのも無理はない、様子見では解決にはなっていないのだ。自分でもなんて頭の悪い考えなのだろうと思う。
「悪い。俺は父上――略奪の魔王のようにはなれないし、なりたいとは思わないんだ。結論を先送りにしただけの逃げだとか、ヘタレだとか思われるかもしれないけど、人間とはいえ小さな子供を殺すことで成り立つ国の王なんて俺はお断りなんだよ。国にとって、民にとって、魔王として何が最良なのかは考えても俺には判らない。判らないから、俺は俺にとって最良の選択をすることにする」
略奪の魔王の姿を傍で見続けていた男の目には、息子である俺の姿はひどく情けなく映っていることだろう。
「逃げやヘタレなどと……まぁ、思わないこともありませんが」
思うのかよ。本当にこの男は主君を貶めるようなことばかり口にする。
「たとえそうであっても、悪く思う必要はないのですよ、陛下。逃げることもまた決断。それが国のため民のため、そしてご自身のためだと考えて決断されたことであるのならば、臣下はそれに従うのみです」
そう言って、テューロは微かに口の端を吊り上げた。
なんともずるい反応だ。ヒトを試すような発言をしておきながら、俺がどんな決断をしてもこの男は同じ応えで返すつもりだったのだから。
「あんたの知っている中でも群を抜いて駄目な魔王だと思うけどさ、それでもいいんだな? テューロ」
「そのようなことはとうに判っておりますとも。どうぞ、御心のままに」
まぁ、こんな未熟でヘタレな新米魔王に、ベテラン宰相は付いてきてくれると言ってくれているのだ。文句は胸の中に留め、今は素直に感謝することにした。