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予言の聖女は囚われる  作者: ナルハシ
外伝 紅玉の王
39/45

1 蒼と紅

 予言の聖女は囚われる本編は一旦完結しましたが、こちらは本編最終話の補足的な話になります。

 物語が始まるずっと前のお話と、少しだけ未来のお話です。

 全7話。本編のついでにお楽しみ頂ければと思います。

 ……おや、どうしたのですか? 珍しいですね。


 相談ですか?

 構いませんよ、私でよろしければお聞きしましょう。


 ……そうですか。貴女もそんな悩みを持つ歳になったのですね。

 私ですか? ええ、私にもそんな頃がありましたよ。

 

 そうですね……では、少しだけ秘密の話をしましょうか。


 それは私たちがまだ『魔族』ではなく、ただの『異端』であった頃の話。

 私たちの世界を変え、そして私の世界を変えた、



 ひとりの王の話です。












「――年、四の月。西方国境へと侵軍を開始」

 少年は年表に書かれた文字を読み上げるかのように、玉座の前で淡々と歴史を語っていた。

「同年、九の月。駒鳥の砦を突破。同、十一の月、梟の砦突破」

 少年の瞳は玉座に鎮座する若き王へと向けられていた。しかし、少年は王を見てはいなかった。

「その年は大勝を収め、年の移りと共に王都へと凱旋―――」

 少年の語る歴史は、未だ誰も知り得ない歴史。少年の眼に視えているものは、現在ではなく未来。

 空色の髪と瞳を持つ少年が語るのは、未来の歴史。


「もうよい、やめよ」


 その言葉で、少年の意識は未来(さき)から現在(いま)へと引き戻された。


 紅玉(ルビー)の瞳を持つ王が、退屈そうに少年を見つめていた。

 長い黒髪に、髪と同じ色の細身のドレス。ドレスの裾には銀の刺繍が施されているが、それはあくまで瞳の色を引き立たせるためのものであるかのように、ごく控えめなものであった。墨を流したような黒に、(あか)がよく映える。

「思っていたよりもつまらぬ……こんなものを長々と聴いていられるか。やめだ、やめ!」

 玉座の肘掛に頬杖を突き、ドレスのスリットから覗く脚を組みかえる。

 王の言葉に、傍に控えていた王の補佐役である宰相は慌てふためく。

「し、しかし、アルトゥナ様……新王就任の先世視(さきよみ)の儀は格式と伝統のある――……」

「伝統ぉ? 我でまだ三代目ではないか。そんな浅い伝統は我の代でやめだ! 打ち切りだ!」


 国王自ら伝統が浅いと言い切ったが、国の歴史自体は古く、既に八百年近くその歴史は続いている。しかしその国の王の歴史は、まだわずかに三代しか続いていない。

 その理由は、世代交代が少ないことにある。

 この国の王、そしてこの国に住む民は皆、普通の人間と比べて長命なのだ。

 この国に住む長命の人間も、それ以外の短命の人間も、祖は同じであったという。いつの頃からかは判らぬが、同じ胎から生まれた者の中から時折成長に差のある者が現れるようになった。稀に生まれてくる心身共に成長が緩やかな人間を『普通』の人々は畏怖し、異端とし、迫害した。

 やがて虐げられ続けられてきた者の中から、一人の男が立ち上がった。自由を求めて戦いを挑み、国を興した。それがこの国のはじまり。

 一度目の世代交代を経て、国はその国土を広げ、人口を増やした。


 そして二度目の世代交代。


 この国の三代目の国王にして、初の女王――それが、アルトゥナだった。


「王たる我がもうよいと言っておるのだ。下がるがよい」

 アルトゥナは野良猫でも追い払うようにひらひらと手を振る。

「は、はぁ……――わざわざおいで頂いたというのに、申し訳ありません、先世視殿。さ、参りましょう……」

「ああ、違う違う」

 少年に退室を促す宰相をアルトゥナが止めた。

「出て行くのはお前だけでよい。蒼穹は置いて行け」

 蒼穹――少年の髪と瞳の色を指して、そう言った。

「は?」

 王の思いがけない言葉に宰相は、表情を変えない少年の隣でぱちくりと目を瞬いた。



 宰相が退室し扉が完全に閉められたのを確認すると、アルトゥナは組んでいた脚を投げ出し、つま先をピンと張って伸びをした。

「ふぅ……あやつが傍に居ると堅苦しくてかなわん」

 首を回し、肩をほぐす動作を少年は黙って見続けている。

「さて、蒼穹よ」

 ぐい、と身を乗り出す。

「何かもっと面白い話をせよ」

「面白い……とは?」

 少年は表情を変えず尋ねる。

「そなたの昔の話でよい。お前は他の者より永い時を生き、多くのモノを見続けてきたのだろう? 我は未来の話よりも、そういった話を聴きたい」


 そう、この先世視の少年は他の誰よりも永い時を生き続けてきた。

 見た目は幼いが、建国当初からこの国を見続けてきた存在である。

 稀に、長命の種族の中でも特に永い寿命を持った者が生まれてくることがある。その者たちは総じて強い魔力を有し、特異な能力を有していた。この少年もそれに洩れず、先世視――先の世を視る能力を持って生まれてきた。

 そもそもこの国の興りも、彼がその未来を視たことがきっかけであった、という話だ。


 期待の篭った瞳で食い入るように見つめられる。そうされても少年はやはり表情を変えなかったが、気まずげに視線を逸らした。

「僕の過去など……面白いことなど、ありません……」

「それは我が判断することだ。いいから話してみよ」

 そう言われたが、すぐには口を開かなかった。しばらく沈黙してみたが、アルトゥナは紅の瞳を向けたまま言葉を待ち続けている。仕方なしに、口を開く。

「……僕は……望まれて、ずっと未来を視続けてきました……僕の過去は、僕の視た未来が、ただ繰り返される……それだけ、です」

 未来の歴史を語った時とは違い、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

 それを聴いて、アルトゥナは残念そうな顔をした。

「本当につまらないな」

「…………」


 少年は無表情のまま、内心で少し困惑していた。

 先世視の能力を持って生まれ出でてからというもの、未来を視ることだけを望まれて育ってきた。過去の、そして自分自身の話を望まれることなど、今まで経験したことがなかった。

 変わった王だ、と少年は思った。

 未来を視ることで相手の行動の全てを視通すことが可能な少年は、それまであまり他人に対して興味や疑問といったものを抱いたことがなかった。そんなものを持たずとも、自然と答えが視えてしまうからだ。しかしそこからは感情や思考までも読み取ることは出来ない。

 少年は珍しく、今目の前に居る女性に興味を抱いた。


「あなたは……未来よりも、過去を知りたいと思うのですか…?」

 今までに乞われ、未来を視てきた相手の反応は皆、話を聴いた上でそれ肯定するか否定するかのどちらかであった。そのどちらでもない反応をし、未来ではなく過去を求めてきたアルトゥナに、少年は質問をした。

「ん? ふむ、そうだな……そなたの話を聴いていて、未来の話など聴いても面白くないということが判った」

 アルトゥナは少し考えて、そう答えた。肯定か否定かではなく、またしても面白いかそうでないかでだ。

「面白くない……ですか?」

「未来のことなど、今は知らずともいずれ必ず知ることとなるのだ。それをわざわざ今知ろうとして何となる? ――ならば、過去の話でも聴いた方が面白いかと思うたのだが――……アテが外れた。お前の話はどの道つまらん」


 つまらん、退屈だ、とアルトゥナは駄々っ子のように繰り返した。



 それが蒼穹と呼ばれた先世視の少年と、紅玉王アルトゥナの初めての出会いだった。

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