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予言の聖女は囚われる  作者: ナルハシ
最終話 蒼穹の賢者
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7-6 国は平和な方がいい

「しかし陛下……こんなことを勝手に決めてしまって……」

「城主が構わないと言っているんだ。別に構わないだろう」

 

 ユリシスの城への出入りを許可した件について、父親であるテューロは少し納得がいかないようであった。確かに親子の問題に他人が口を出してしまった感があるが、寂しがっている子供のためだ、これくらいの職権乱用は許されるだろう。

「お前だって、ユリシスを家で独りにしておくより、目の届く所に置いていた方が安心できるだろう?」

「それはそうですが……親の働いている姿など、あまり子供に見せるものではないと思うのですが」

「なんだ、そんな理由でユリシスを城に来させたくなかったのか? 俺はそうは思わないぞ」

 要は恥ずかしがっていたということなのか。意外だ。こいつでもそんなことを思うのかと考えると、自然と顔がにやけてしまった。

「それだけが理由という訳ではありませんが……あまり、陛下にも会わせたくなかったもので」

「俺に? なんで?」

 自分の子供が主君に無礼を働く心配でもしていたのだろうか。ユリシスはとても礼儀正しい、よく出来た子だ。そのような心配はないように思える。

「親の贔屓目ながら、ユリシスは可愛い顔をしていると思います」

「まぁ……確かに可愛いな」

 すぐ傍に佇む少年に目をやる。整った目鼻立ちに、どこか儚げな雰囲気。それらしい格好をして女の子だと言われれば、疑うことなく信じてしまいそうだ。


「陛下が、妙な趣味に目覚めてしまう危険性がありましたので」

「お前は何の心配をしてるんだ!!」 


 日常的に主君を変態扱いしてきたテューロであるが、さすがに自分の息子をその変態の餌食にはしたくなかったという訳か――だから、何の心配だ。俺にそういった趣味はない。目覚める気もない。

「まったくお前は――!」

「魔王様!」

 あわや子供の見ている前で暴力沙汰に発展か、というところで、俺は名を呼ばれ動きを止めた。

 少し高めの男の声だった。声の主を探して視線を巡らせると、自分たちが立っている廊下の先に、見慣れない青年の姿があった。

「えっと……誰?」

 兵士にしては随分と軽装だ。青年は無言で距離を詰めると、俺の真正面で動きを止めた。そして顔を伏せ、ふるふると肩を震わせたかと思うと、聞き覚えのある甲高い声を発した。

「ああッ! やっぱり我慢できない!!」

「ぎゃーーーーッ!!? ――って、サ、サーシャぁ!?」

 突然首筋に抱きついてきた男を引き剥がしその顔を見ると、確かにそれはサーシャのものだった。しかし長かった髪はばっさりと切り落とされ、いつもと違いその性別に見合った服装をしている。

「アレックスでいいわよ、魔王様」

 サーシャ改めアレックス――本名アレクサンドル――はそう言ったが、本人もまだその姿に慣れていないのか、声色と口調はサーシャのままである。

「ど……どうしたんだ、その格好……?!」

 ようやく自分の性別を理解して叶わぬ恋に諦めを付けたのかという考えが頭をよぎったが、いきなり抱きついてきたことを考えると、その可能性は低そうだ。

「だって、私がいくら『サーシャ』の姿でアタックしても、魔王様拒むから……」

 なんだか、嫌な予感がした。


「魔王様は『アレックス』の方が好きなのかと思って」


「…………」

 絶句。

 何も言えずに固まっていると、ふと、テューロと視線が絡み合った。

「ほら」

「『ほら』ってなんだ、『ほら』って!! 誰が男色だッ! ヒトを勝手にアブノーマルにするな! 俺は普通に女の子が好きです!!」

 何も知らないユリシスに妙な印象を植え付け兼ねないテューロの発言に、すかさず噛み付いた。

「なんだか賑やかですねぇ」

 状況に似つかわしくないのんびりとした声。状況が理解出来ずおろおろしているユリシスの後ろに、いつの間にかアブノーマルな医者が立っていた。

「ひっ! レレレレレ、レノンっ!?」

 その姿に気付いたアレックスは、異様な怯えを見せて俺の後ろに隠れた。城内無双状態のアレックスであるが、自分を捕らえたレノンだけはどうも苦手な様子だ。

「ん? どちら様? こっちの少年も、見ない顔だねぇ」

 レノンはアレックスがサーシャであることに気が付いていないようだ。背中に張り付いたアレックスに視線を向けると、懇願するような目でこちらを見上げ首をぶんぶんと振った。

「えーと……こっちは、ユリシス。テューロの息子だ」

「ど、どうも……はじめまして……」

 アレックスの正体には触れず、少年の方だけ紹介をした。

「へぇ~、テューロさんの! よく似ているねぇ。はじめまして、ボクはレノンだよ。で、こっちがリリアナさんです」

 そう言ってレノンは最近よく持ち歩いている壷を持ち上げた。

「リリアナさん……?」

「気にしちゃ駄目だ、ユリシス」

 気にしたが最後、レノンは嬉々として自らの恋人を詳しく紹介し始めるだろう。ちなみにその恋人とは骨となった屍体である。純情な少年に屍体愛好者のマシンガントークは刺激が強過ぎる。

「そういえば陛下ぁ、トリルさんと何かありましたぁ?」

 レノンは何かを思い出したようで、幸いマシンガントークには発展しなかった。

「トリルがどうかしたのか?」

「さっき書庫に行ったら、隅っこで膝抱えて落ち込んでたんですよぉ。どうしたのか訊いてみたら『ウチはまたいらんこと陛下を惑わせてしもうたー。もう嫌や、ウチこのまま壁の染みになりたいー』とかなんとか」

「あ」

 一気に色々あり過ぎてすっかり失念していたが、トリルとは昨夜『蒼穹』の話を途中で切り上げてからそれっきりであった。真実を知って俺の悩みは解消されたが、トリルはまだ一人で悩み続けているのだろう。

 しかし今ならトリルの悩みも解消することが出来るはずだ。彼女が知りたかった答えを持つ者は、今、ここにいる。

「とりあえず俺を含めて皆、ちゃんと話をしないといけないみたいだな」

「そのようですね。お茶でも淹れましょうか。――ノマ」

「はっ!」

 テューロが虚空に向かって呼びかけると、どこからともなく給仕服姿のシノビが降ってきた。

「人数分、お茶を用意して下さい。それと、先詠みもここに呼んで頂けますか?」

「はい、かしこまりました……――って、わあああ! 美少年! 美少年がいる!! だだだだだ誰ですかこの子!?!?」

 ユリシスの姿を見つけてノマ大興奮。

「落ち着けノマ、その美少年が怯えてるから。ノマもお茶会に参加するといいよ」

「い、いいんですか?! 判りました! 最っっ高に美味しいお茶を淹れてきますね!!」

 謎の美少年と見た目は幼女のトリル参加のお茶会に誘われたとあって、子供好きのノマは気合を入れて任務遂行に走った。そしてノマが近くにいたということは――もう一人子供の参加者が増えるな、と廊下の先に目をやった。


「まおーさーん」


 自分を見送ってから帰りを待ちきれなくなったのか、廊下の向こうから小さな少女が駆けてきた。

 メリエルはすぐ傍で立ち止まると、俺とテューロの姿をきょろきょろと見比べ、やがてにっこりと笑った。

「ちゃんとおはなしできたんだね」

「うん、もう大丈夫だよ。心配させてごめんな、メリエル」

 メリエルはそう言った俺の後ろに立つ少年の姿に気付き、身体を傾けてその姿を見た。

「あれ? ちょうちょのおにーさんだ。きょうはひみつじゃなくていいの?」

 姿を隠すことなく皆の前に立っているユリシスの姿を見て不思議そうに首を傾げる。

「あ……うん。もう秘密にしなくてよくなったんだ。だから、今日からは一緒に遊ぼうね、メリエル」

「ほんと? うん、あそぼっ!」

 二人は嬉しそうに笑う。やはり、ユリシスをメリエルの遊び相手に推薦したのは正解だった。

「陛下ーーっ!」

「おや、トリルさんも来たみたいですね」

 レノンが廊下の奥を眺めて言う。

「お待たせしましたっ! 用意が整いましたのでこちらにどうぞ!」

 トリルの到着とほぼ同時にノマが声を掛けた。相変わらずタイミングがいい。

「ほら、アレックスもいつまでも俺の後ろに張り付いてないで」

「うぅ……」

 俺がそう促すと、アレックスはレノンを怯えた目で見つめたまま渋々と歩き出した。


 皆の背中を見ながら黙って手を差し出すと、メリエルはその手をきゅっと握った。


「それじゃあ、皆でお茶にしようか」

「うんっ」








 ――お前にはその不確定な存在が必要なのだな。


 ――そうだな、では…



 ――お前は、お前の望む神を創り出すといい。



 王よ、見ておられますか?

 あなたの愛したこの国の歴史は、今も続いています。

 私はその歴史を見続けています。


 この国は今、概ね平和で、そして――……



 ――とても、賑やかな日々が続いています。

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