7-5 遊び相手はいた方がいい
温度差のある罵倒合戦を繰り広げ、喉が痛くなってきたところでようやく冷静さを取り戻してきた。
「悪かったな、引き止めて。用事があったんだろ、そっちの方は大丈夫なのか?」
感情に任せて行動してしまい相手の都合を考えるのをすっかり忘れていたが、テューロは元々用事があるといって部屋を出て行ったのであった。急ぎの用あるいはヒトを待たせているのだとしたら、悪いことをしてしまった。怒鳴ったことに関しては反省する気はないが、そのことについては素直に反省する。
「ええ、構いません。私の目的地はここですから」
「ここ……って?」
ここは中庭を囲む渡り廊下だ。周りにヒトもいない。こんな所に一体何の用があると言うのか。
テューロは中庭の方へと顔を向けると、声を張り上げた。
「ユリシス! 居るのは判っていますよ。そろそろ出てきなさい!」
(ユリシス……?)
呼びかけに対し、反応はない。
しばしの静寂の後、植え込みの葉が微かに音を立てた。
「ユリシス?」
テューロはもう一度呼びかける。
やがて観念したように、植え込みの陰から一人の少年が姿を現した。空色の髪と瞳の、美少年。
「君は、昨日の……」
見間違えようがない。昨日、暗殺者から逃げていた俺とメリエルを助けてくれた少年だ。
テューロと同じ色の髪と瞳を持つこの少年こそが蒼穹なのではないかと一時疑っていたが、テューロが蒼穹だと判った今、その疑いは晴れている。しかし、依然この少年の正体は不明のままだ。こんな場所、こんなタイミングで再開することになるとは思ってもいなかった。
「やはり、面識があったのですね」
「やはりって、なんでお前が知っているんだ? それに、この子は……?」
テューロにこの少年にまつわる話はしていなかったはずだ。それに、先程からそちらの方にこそ面識があるような口振りだ。
「数日前から城内で気配を感じていました。ユリシス、陛下にお会いしたのですね? 勝手に城に来てはいけないと言っていたでしょう?」
諭すような口調で問いただす。ユリシスと呼ばれた少年は気まずげに視線を逸らした。
「へ、陛下に会ったのは、城の外です……」
「しかし、城に来ていたことには変わりがないのでしょう? 現行犯ですよ」
あっさりと論破され、しゅんとうなだれる。
「……ぁぅ……陛下とメリエルの無事をどうしてもこの目で確かめたくて……その……すみません、父様……」
――今、少年の口から信じられない言葉が聞こえた気がした。
「父様ぁ?!」
突然の大声に驚き、ユリシスはびくりと肩を震わせた。
「どうなさいました? 急に大声を出して」
「い……今、この子が、お前を、父様って……!」
「それが何か? 私が母親に見えますか?」
「そうじゃなくて……! お前、子供がいたのか?!」
「はい、この子がそうですが」
さらりと言って、父親は息子へと目配せした。
「あ……ええと、改めまして……はじめまして、ユリシスです。お城に入ったこととか、陛下にお会いしたこととか、父様にばれたくなくて……昨日はいろいろと秘密にしていて、すみませんでした……」
一番知られたくない相手に事がばれていたと知り観念したのか、少年は自己紹介と謝罪の言葉を口にした。
「い、いや、それはもうこの際構わないんだが……結婚してるなんて、全然聞いてなかったぞ……!」
「言った覚えもありませんが……よもや私がこの齢で童貞だとでも?」
「いや、そこまでは……」
「この子は私似だと思いますし、木の股から生まれたなんてこともありませんよ。もちろん女の股から生まれています」
「うん、判ったから! とりあえず自分の子供の前でそういう話はやめてやれ!!」
ユリシスは俯き、気の毒なくらいに顔を真っ赤に染めている。見ているこちらがいたたまれなくなる。
「しかしなぁ」
テューロとユリシスの姿を見比べる。確かに、髪と瞳の色以外にも面差しに似ている所がある。少年と初めて出会った時、テューロの身内である可能性を考えなかったわけではない。しかし、どうにも素直にその可能性を受け入れる気にはなれなかった。
「子供にも驚いたが、そもそもお前と結婚して一生添い遂げようという女性がいたことに驚きだ……」
「失敬な」
「あ、あははは……」
否定も肯定もせず苦笑するユリシス。息子として、何かしら思うところがあるようだ。
「笑っていますけれど、ユリシス、私の話はまだ終わっていませんよ」
「あ……は……はい……」
テューロはユリシスの方へと向き直ると、再びお説教モードへ突入した。
「何故、私の言いつけを破って城に来たのですか?」
「それは……その……」
ユリシスはちらりとこちらを見た。
「ん? 俺?」
「その……父様が話してくれた、魔王様と聖女の話が気になって……人間との共存を望むなんて、どんなヒトなんだろうって。この目で見て、出来れば、お話をしてみたいと思ったんです……」
そのためにこっそりと城に侵入したというのか。大人しそうな見た目に反し、意外と度胸と行動力がある。
「それで、実際に会ってみてどうだった? こんな王様で失望したかい?」
「そ、そんなこと!」
少し意地悪く尋ねてみると、首をぶんぶんと振って力強く否定した。
「魔王様とメリエルが仲良くしている姿を見て、僕、安心したんです! 魔王様はちゃんと、ご自分の理想を叶えていらっしゃると……その理想を信じた父様は、やっぱり間違っていなかったんだって!」
「そんなことのために……」
少し呆れた様子で呟くテューロ。
「そう言うなって。多分、ユリシスは寂しかったんだよ。お前がもう少し家に帰って、ちゃんと話をしていればこの子はこんな無茶はしなかったと思う。父親ともっと話がしたくてもその父親が家に帰ってこないから、城まで来てしまったんじゃないのか?」
「……そうなのですか?」
テューロが意外だというように尋ねると、ユリシスは少し恥ずかしそうにこくりと頷いた。
思えばテューロはほとんど城に泊り込んでいて、自宅には小まめに戻っている様子はなかった。子供が家で待っていると知っていれば無理にでも帰らせたのだが、それが出来ないほどに多忙であったということだ。その責任の一端は、彼を働かせていた自分にもある。
「今度からは忍び込むんじゃなくて、ちゃんと遊びに来るといいよ」
「え……?」
俺の提案に、ユリシスは目を丸くする。
「君はメリエルと仲がいいようだから、彼女の遊び相手になって欲しいと思ったんだけれど……嫌かな?」
「い……いえ、そんな……! あ、ありがとうございます、陛下!」
ぱあっと顔を輝かせ、ユリシスは嬉しそうに礼を言った。その顔を見て、俺はしみじみと思う。
「やっぱり、こんないい子がお前の子供だなんて信じられないな……」
「本当に失敬ですね」
そんな俺たちのやりとりを見て、ユリシスはまたも苦笑いを浮かべるのであった。




