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予言の聖女は囚われる  作者: ナルハシ
最終話 蒼穹の賢者
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7-4 秘密はあった方がいい

「驚かないん……だな……」

「むしろ、貴方の方が驚いているように見えますが」

 

 それは驚くだろう。

 今目の前にいる相手が、現代では失われた完全な未来予知の法を知り、魔族の平均寿命を遥かに越える何千年という時を生き続けてきた男だというのだから。

 そして、その信じられない事実を、信じられないほどあっさりと認めてしまったというのだから。

 取り乱すとまではいかなくとも、眼を見開くとか口篭るとか、そういったリアクションをされるものと思っていた。しかし奴は憎たらしいほどに、いつも通りの落ち着いた態度であった。

 隠し事をされていると勝手に思い込んでもやもやと悩み続けていたが、当人は別段隠している訳でもなかったということか、それとも――……


「驚かないのは、俺にこの質問をされることを判っていたからなのか?」

「ええ、そうですね」

「やはり――……」

「しかしこれは予知などではなく、経験による予測です」

 言葉の先を読んだように発言を遮り、続ける。

「いつかはこの事を尋ねられると予測しておりました。私は常に王の傍に仕え、王の傍には常に私が存在しました。ほとんど姿を変えることなく存在し続ける私を、不審に思われるのは必然。歴代の王も――……貴方の父君も、同じ事を私に尋ねられました」

「父上も……」

 やはり、先王グライヴはテューロの正体を知っていたのか。今の俺と同じ事を尋ね、きっと同じ答えを返されたのだろう。

「訊きたい事というのはそれだけでしょうか?」

 この話題を終わらせようとしているようで、先を促している。この男はまだ俺の質問が終わっていないということを判っている。またしても心を読まれたようで――不安になる。

 それこそが、一番の胸のつかえ。

「お前は――……」

 言葉に詰まる。先が続かない。

「……陛下」

 テューロは言葉の続きを待っていたが、口篭る姿に見兼ねてか口を開いた。

「陛下、どうぞ思っていることを仰って下さい。私はそれについて、正直にお答えします。誤魔化すようなことも致しません」


 ――なるほど、メリエルがテューロに対する俺の態度を見て不審がっていたのも納得だ。

 こいつに優しい態度を取られると気持ちが悪い。やはり、俺たちは罵倒し合っている姿が常なのだ。


 少し、気持ちが落ち着いてきた。

 口を開き、今度こそ、胸のつかえを全て吐き出す。


「蒼穹――お前は、俺の予言の結末を知っているのか?」


 ――そう、テューロが初代の先読みかもしれないと聞かされた瞬間から、俺はその可能性を恐れていた。


「その質問に答える前に、一つ……――貴方は、その結末を知りたいとお思いですか?」

「いいや」

 俺は首を横に振る。


 ――予言の内容は、この際どうでもいい。問題なのは、こいつがその内容を知っているのかということだ。

 知っていたのだとしたら、何故そのことを黙っていたのか。あるいは、知っていながら俺を躍らせていたのか。

 その真意を、知りたかった。


 テューロは俺の答えを確認すると、今度こそ、俺の質問の回答を口にした。

「私は――……もう永く、未来を視てはいません」

「そう、なのか」

 どっと肩から力が抜ける。

「ですが、私は陛下が望まれるのであれば、その結末を視るつもりでいました」

 だから、先程あのようなことを訊いてきたのか。

「そうか……だが、お前はそれほどの大きな力を持っていながら、何故それを自分から使おうとはしないんだ? それに『視る』というのは……?」

 現代の先詠みは複雑な儀式の結果から未来を『詠む』のだと言っていた。しかし初代の先詠みの男は未来を『視る』のだと言っている。些細なことかもしれないが、その差異が妙に気に掛かった。

「言葉の通りです。私の眼には未来が『視える』のです。私はそれが――先詠みとして未来を視続けなければならないことが、恐ろしかった」

「それは――……」

 儀式を重ねることでようやく未来を詠んでいたトリルでさえ、あれほどに思い悩んでいたのだ。もし呼吸をするように、瞬きをするように、当たり前のように未来が視えるのだとしたら――そして視たものと寸分違わぬ映像が幾度となく繰り返されるのだとしたら――……想像力の限界を遥かに凌駕していた。

「私はある御方に逃げてもよいのだと教えられ……眼を閉ざし、その役割から逃げることを選びました。そしてその方との約束を守るために、これまで生き続けてきました」

「約束?」

「有事の際の道標――現在の先詠みの法を後世に伝えること。王が望むことがあれば、その眼を少しだけ開くこと。王の相談役となり、支え続けること。国の栄えも衰えも見届けること。国の有事には力を奮うこと……」

「お、多いな!」

「強欲な御方でしたので。少し、雰囲気がグライヴ様に似ていました。」

 雰囲気と言われて、農夫スタイルで豪快に笑う元魔王の姿を思い浮かべた。姿は兎も角として、おそらくは強引なところが似ていたのだろう。

「しかし……その約束が果たされる日は来るのか? その約束の相手はもういないのだろう。お前は、いつまでその約束を守り続けるつもりなんだ?」

「命の尽きるまで」

 さらりと途方もないことを言ってのけた。

「命の、って……それは、いつの話になるんだ……?」

「さあ? まだ死んだことがありませんので、判りかねます」

 ほとんど姿を変えずに存在し続けているということは、少しは姿が変わっているということだ。察するに、テューロはトリルのように姿を固定しているのではなく、今も緩やかに成長を続けているのだろう。見たところ、その外見は未だ人生の三分の一程度にしか達していない。

 この男は今まで生きてきた年月の倍以上の余生を、その約束だけを支えに生き続けるつもりなのだろうか。

「辛くないのか……?」

 同情など望んでいないことなど解りきっていたが、思わずそんな言葉が口に付いた。不快にさせてしまったかと思ったが、テューロは表情を変えなかった。

「約束の果たされる日は、いずれ訪れます。私の望みが叶う時がその日であると、あの方は仰いました。それに――……」

 あまり表情の変化を見せることのない男が、優しげな微笑みを浮かべた。そして、

「私の心の支えは約束だけではありません。このような私でも、支えてくださる方がいます。陛下――まことに勝手ながら、私は貴方にも支えられていると思っているのですよ」

 いつもと変わらない調子で、さらりとこちらの顔が熱くなるようなことを言った。


 ――今更ながら、解ったことがある。

 この男は、とても素直なのだ。

 とても素直で、馬鹿が付くほどに律儀。


「そ、そうか……ならいいんだ! ところで、その、お前の望みっていうのは何なんだ?」

 気恥ずかしさを隠すように、質問を畳み掛けた。

 テューロはその質問には即答することなく、少し考えてから、


「秘密です」


 と短く言った。

「な、なんでそこだけ秘密なんだ?! 俺の質問に答えると言っていたじゃないか」

「それは最初の質問に対してのみです。それに、初めに陛下は『答えたくないことは答えなくていい』と仰っていたように思いますが」

「う……それはそうだが……」

 ここまで素直に答えていたのに、急に秘密と言われてしまえば気になってしまうのが人情というものだ。

「それとも……そんなにも私のことが知りたいのですか? 秘密の一つも余すところなく? 全てを掌握しないと気が済まないと? 陛下が私などにそこまで関心をお持ちだとは存じ上げませんでした。どうしてもと言うのであれば、お教え致しますが……」

「いっ、嫌な言い方をするな!!」


 ――少し、修正と追加。

 本当は結構前から解っていた。

 こいつはとても素直で、馬鹿が付くほどに律儀で、そして……



 ――こういう奴、なんだよな。

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