7-2 話は後回しにした方がいい
「蒼穹……?」
その言葉を聞いて、頭の中で連想ゲームのように言葉が浮かぶ。
空、大空、青空――空の色。
「多分、陛下もウチと同じことを考えとる。おそらくは――……」
先代魔王の懐刀と呼ばれていた宰相。
黙っていればただの優秀な男であるのに、口を開けば君主を貶めるような事ばかり言うあの男。
空と同じ色の髪と瞳を持つ、あの男――……
「初代の先詠みが、テューロだって言うのか?! いや、でも、まさか……!」
自分で口にした言葉が信じられず、即座に否定した。
「せやけど、王に近しい人物で蒼穹言うたら、あの男しか考えられへん……」
「ま、待て待て、短絡的過ぎないか?! もし本当にあいつが関係しているのだとしても、その蒼穹の子孫か何かだと考える方が現実的だろう。テューロが蒼穹だと言うのなら、あいつは――……一体、何千年生きてることになるんだ……?」
魔族の寿命は長い。魔力の強い者であれば若い姿を保ったまま不死に近い寿命を得ることも可能だと聞くが、建国以前から生き続けている者の存在など見たことも聞いたこともない。魔力が尽きればその寿命も尽きる。魔力によって命を保つにしても、それだけ膨大な量の魔力が必要ということになる。
「魔王はんは、テューロがいつから王に仕えとるか聞いたことあらへん?」
「先代か……それより以前からだという話も聞いたことがあるが……トリルの方が、俺より詳しいんじゃないのか?」
王になったばかりの俺よりも、少なくとも先代の頃から宮仕えを続けているトリルの方がその辺りの事情には詳しいはずだ。
「まぁ……確かにウチはウン百年、王に仕えとるけど……」
何百年なのかは微妙に濁された。おそらくその辺りはトリルの乙女心によるところなので深く追及しないでおく。
「ウチが先詠みとして宮仕えを始めたんは先王の時代からや。思えば、テューロはウチより以前から王の傍におった……今とまったく変わらん姿でな」
「それは……テューロがトリルと同じように、姿を固定しているということなのか?」
少女の姿をした魔女が頷く。
「おそらくは。ウチがこの姿をしとるんは、未来を多く詠み過ぎんための枷……魔力を生命力に変換することで、未来予知に使う分の魔力を制限するため。それから、先詠みの術は秘術やから、簡単にヒトに教えるワケにはいかへん。世代交代を極力少なくするために一代の寿命を長くしとる――とまあ、そんな感じの理由があるんやけど、テューロも同じ理由かどうかまでは判らへん。……せやけど、テューロがウチと同等か、それ以上の魔力と寿命を持っとることは確実や」
トリルが宮仕えを始めた頃は、彼女はその見た目通りの子供であったらしい。その頃から、テューロは今と同じ青年の姿で宰相として仕えていた――その話は、テューロが長命であることの証明にはなるだろう。
「だが……やはり、にわかには信じられないな。あいつが、何千年も昔から生き続けているなんて……」
高い魔力、永い寿命――そこまでなら納得できる。だが、数千年という数字が現実離れし過ぎている。やはり、彼女の話は信じ難かった。
「ウチかて、確信を持って話しとるワケやない……やからこそ、陛下に聞いてもらって、それで判断してもらいたかったワケやし……せやけど、蒼穹がテューロやないにしても、城内に蒼穹がおる可能性はあるんよ!」
「どういうことだ?」
ここまでは自信無さげに話していたトリルであったが、その可能性とやらについては自信が感じられた。
「一度、城ん中で尋常やない強さの魔力を感じたことがあったんよ。どうもうっかり漏れ出た魔力のようやったんやけど、漏れ出たにしては強すぎる……――ウチなんか比にならんくらいの魔力やった」
それほどの魔力を持った者が城の中にいることは確実であり、それが蒼穹である可能性がある、ということか。
「それは、テューロのものではなかったのか? トリルなら魔力の質とか……そういうのが判るんじゃないのか?」
俺はさほど得意ではないが、魔術の扱いに長けた者ならば魔力の質を探ることでその人物を特定することも可能なはずだ。
「あの時は一瞬やったし……それに、そもそもテューロの魔力の質が判らんのや」
「質が判らないって?」
「隠すのが上手いんよ。滅多に魔力を外に出さんから、魔力の質を他の者に探らせない…まぁ、それも簡単に出来ることではないんやけど……」
結局のところこの情報もまた、テューロを疑う要因のひとつに繋がってしまっている。一度疑いを持ってしまうと、全てが疑わしく思えてくる。
「ノマはその魔力の主は美少年だとか何とか言っとったけど……あの女の言うことやし、あんまアテにはならんやろ」
「いや……それはそれで、なんだか逆に説得力がある気が……」
少年少女に対し、異様な執着を見せるノマの言うことだ。彼女ならば美少年の気配を嗅ぎ分けるくらいのこと、やってのけそうな気がしてきた。
もしノマの言うことが正しいとすれば、その魔力の主がテューロであるという線は消えることになる。整った顔立ちをしているとは思うが、テューロを『少年』と言うにはかなり無理がある。
「ちなみに、それっていつの話だ?」
「えぇと、いつやったっけ……? 割と最近のことなんやけど……メリエルが中庭で遊んどって、それで気配がしたんやけど――……」
「中庭?」
――こないだおにわでね――
そういえば、昼間出会った少年もテューロと同じ髪と瞳の色をしていた。
空色の――……美少年?
「どしたん、陛下? なんか、思い当たることでも……?」
急に考え込んでしまった俺に向かい、トリルがぐい、と身を乗り出してきた。
「……いや……なんでもない」
頭に浮かんだ考えを振り払うように首を振る。
――それこそ、短絡的だ。あの少年の正体も判らないというのに。
――いや、判らないからこそ、なのか?
考えれば考えるほどに分からなくなる。非現実が現実である可能性をいくつ挙げられても、それを受け入れることを頭が拒んでいる。
――もし、あいつが本当に先詠みなのだとしたら……
纏まらない考えを断ち切るように、ドンッと重低音の爆音が響いた。花火の明かりが闇夜を照らす。
「あっ、まずい……!」
花火の打ち上げが始まったということは、そろそろ祭りの終わりが近づいてきたということだ。それまでに祝辞の内容を完成させるつもりだったのだが、結局間に合わなかった。ほとんど白紙の原稿を掴み、席を立つ。
「悪い、トリル! この話はまた今度だ」
「あ……陛下……っ」
俺はこの話題から逃げるようにして、トリルを置いて部屋を出た。




