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予言の聖女は囚われる  作者: ナルハシ
6話 略奪の魔王
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6-6 悩みは聞いた方がいい

 城に戻って臣下からひとしきり心配と叱りの言葉を浴びせられた後、すっかり眠り込んでしまったメリエルを部屋へと送り、俺は一人執務室へと篭った。

 祭りが終わるまでに祝辞の原稿を完成させなければならず、ペンを持ったまま紙とにらめっこする。

 内容が浮かばず頭を抱えていると、ノックの音が聞こえた。

「開いている。勝手に入ってくれ」

「失礼しまぁす……」

 控えめに扉が開かれ、赤紫の巻き髪の少女が顔を覗かせた。

「ん? トリルじゃないか。珍しいな」

「魔王はん、今ちょっとええ? テューロは……おらへんようやな」

 きょろきょろと部屋の中を見渡し他にヒトがいないのを確認すると、トリルは滑るように部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。

「テューロがいるとまずいのか? 今はちょっと忙しいんだが……急ぎの用か?」

 正直なところ今は悠長に話をしている場合ではないのだが、トリルの異様な態度が気に掛かった。

「急ぎってワケやないんやけど、ウチ一人じゃどう判断したもんか判らんなって、テューロに聞かれたらまずいかは魔王はんに判断して貰いたいっちゅーか……とにかくもぉ、ウチ、陛下やないと駄目なんよ!」

「お、落ち着けトリル! ちゃんと話聞くから!」

 興奮し過ぎて何が言いたいのかよく判らないが、後半が愛の告白のようになってしまっている。あまり声を響かせて、近くを通りかかった物にあらぬ誤解をされてはたまったものではない。ペンを置き、トリルに椅子を勧めた。

「す、すんません……取り乱してしまいました……」

 椅子に腰を下ろすと、トリルは少し落ち着きを取り戻したようだ。

「それで、何の話だ?」

 自分も席に着き直し、用件を尋ねる。

「はい……その、ウチのお役目……先詠みのことなんやけど……」

「先詠み? もしかしてまた、何か未来を詠んだのか?」

 トリルは優れた未来予知能力を持つ宮廷占い師であり『先詠み』の肩書きを持つ魔女である。その役割は未来に起こる出来事を詠み、助言を与えること。戴冠式の日に彼女が詠んだ予言は、現在の俺自身の在り方に多大な影響を与えた。

 俺は身を乗り出して尋ねるが、トリルは手を大きく振ってそれを否定した。

「いや、そうやないんよ! ウチは予言によってもう充分に陛下を惑わせてしもうた。これ以上、いらん予言で陛下の理想を曲げてしまうようなことはしたないです!」

「そうなのか? けど、俺はトリルに感謝しているよ。確かに初めは驚いて迷ったりしたけど、あの予言は俺に考えることを教えてくれた。あの予言がなければ、俺は考えることをせず、玉座に腰掛けているだけの男になっていたはずだ」

 その言葉を聞いて、トリルは泣きそうな顔になった。

「うぅ……そう言ってもらえると救われます……せやけど、ウチはあんなおおごとな予言をしてしもうてから、悩んだんよ。先詠みは何のために未来を詠むのか。決して良いことばかりではない未来を伝えて、何の意味があるのか。どうして先達は、後世にそんな術を残したのか……」

「助言のため……じゃないのか?不完全な未来予測をすることで危険を回避し、運命を変える――トリル自身がそう言っていたじゃないか」

 何を今更と俺は首を傾げるが、トリルは納得がいかないというように首を振る。

「理屈ではそうやと理解しとる。せやけど、心で納得出来へんのや。……せやから、先達が何を考え、後世の先詠みにどんな想いを託したのか――それが判れば思うて、古い文献を片っ端から漁ってみたんよ」

 彼女の話を聞いて、予言によって悩まされていたのは自分だけだったのではないと気付く。考えてみればそうだ。自分の一言でその者の人生が、ましてその者が王という立場の者ならば国の未来が決まってしまい兼ねないのだ。自分が王としての役割を果たさなくてはならないのと同じく、トリルも先詠みとして自分の役割を果たさねばならない。その重圧から逃れることが出来ず、トリルは悩み続けていたのだろう。

「それで、何か判ったのか?」

「詳しいことはよぉ判らんかったんやけど……陛下には初代の先詠みの話ってしたんやっけ?」

 初代――なんとなく、聞いた覚えがある。

「確か……現在のように不完全なものではなく、完全な未来予知をすることが出来た魔女……だったか?」

 完全な未来予知をしてしまうと未来を変える余地がなくなってしまう。未来を変える余地を残すために現在の先詠みの術は不完全なものになっているのだと、確かそのような話であったと思う。

「確かに代々魔力の強い魔女が先詠みのお役目を引き継いどるけど、初代が魔女――女やったって確証はない。歴史が古すぎて、建国当初のことはその時代に何があったかすら曖昧になっとるくらいやからな」

 魔族の歴史は数千年続いていると言われているが、文献にも口伝にも詳細は残っておらず、建国当初のことは曖昧な部分が多い。いくら魔族の寿命が長く体感する時の流れが速いものであったとしても、一年は一年であり、百年は百年だ。数千年も経てば、時の流れと共に歴史の遺物もヒトの記憶も風化する。

「けど、それがどうしたんだ? 初代が女か男かなんて、瑣末な問題に思えるが……」

「三代魔王の手記に、それらしい人物の記述があったんよ。そこにはウチが望んでるようなことは書かれてへんかった……けど、一人の少年のことが書かれとった。国の歴史の始まりを知り、その歴史を見通し、見続けてきた少年――おそらく、それが初代の先詠み。そして、その少年のことはこう書かれとった」

 トリルは息を吸い込み、口を開く。


「蒼穹――と」

「蒼穹……?」


 蒼穹――……空?


「多分、陛下もウチと同じことを考えとる。おそらくは――……」


 脳裏に、あの見慣れた空色が浮かんだ。


 城下から上がった花火が、爆音と共に暗闇を照らす。



 晴れていたはずの心には、また、わずかな陰りが差した。

6話終了。

次の話が最終話です。

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