1-2 深読みはしない方がいい
テューロに命じられた兵士に鎖を引かれ、ひとりの人間の少女が魔王の前に姿を現した。
「この娘が、聖女……?」
長く艶やかな金色の髪。
南の海のように澄んだ青い瞳。
陶器のように白く滑らかな肌。
神の花嫁の名に恥じぬ、無垢なる肢体。
凡俗が思い描く聖女像に違わぬ容姿と言えるだろう。
――ただ一点を除いては。
「テューロ……本当に、この娘が聖女で間違いないのか……?」
「間違いはないはずですが」
その一点が、大きな問題だった。否、大きいというより、小さいことが問題だったのだ。
そう、小さいのだ。
手持ち無沙汰なのか首に繋がれた鎖を弄ぶ目の前の少女は、想像していた聖女像よりかなり幼い容姿をしていた。少女というよりは、むしろ幼女。
この幼い娘を陵辱するのが、魔王としての初仕事だというのか。――眩暈がする。
「陛下」
先王の懐刀と呼ばれた男にも、この事態は予想不可能だったのだろう。幼い聖女を見下ろしながら何事か考え込んでいたテューロがこちらに向き直る。
「寝所に移動させますか?」
「犯る方向かよ!?」
場所の思案をしていただけのようだ。
「いやいやいや! 無理! 絶対無理! 物理的にも倫理的にも無理!!」
「魔王たる者が倫理を気にされなくてもよろしいかと……大丈夫です、陛下はやれば出来る子です」
「褒めて伸ばそうとするな!!」
大声に反応したのか、聖女が顔を上げて初めてこちらを見た。おそらく会話の内容を理解するどころか、目の前にいるのが魔王であるというということすら理解していないのだろう。きょとんとした顔をしている。
「聖女って言うくらいだから若くて可愛い子だと思って、円卓会議の決定に踏ん切りを付けたのに、それなのに……!」
「若くて可愛いではないですか」
「若過ぎだ! おかしいだろ! こんな小さな子に俺が子供を産ませて、この国の何が変わるって言うんだ!?」
「この国の王は年端のいかない幼女を孕ませる極悪非道のロリペド野郎だという評判が広まるようになるでしょうね」
嫌だ、凄く嫌だ。特に後半のフレーズが。というか、この従者はそうなることを承知の上でヒトに幼女を犯させようとしているのか。
「魔族であれば、このくらいの見た目でも成人である可能性はありますが……」
魔族の平均寿命は人間の約五・六倍程度。魔力の強い者であれば、若い姿を保ったまま不死に近い寿命を得ることも可能だ。
聖女は相変わらず会話の内容が判っていないようで――判られても困るのだが――首を傾げながら玉座を眺めている。
「ええと……君は今いくつ?」
「五さいー!」
一応確認のために尋ねてみると、右手の指を目一杯広げて元気よく答えてくれた。やはり、普通の人間の子供だ。仮に成人であったとしても、この見た目では幼女愛好者のレッテルを貼られることには変わりがないように思える。
「うぅ……せめてあと十歳年を取っていれば……」
「五歳も一五歳も、長命である我々魔族からすれば誤差の範囲内です。そう変わりはありませんよ」
「人間の五年十年はかなり大きいぞ! ……とにかく、俺はやらないからな!」
「判りました」
あくまでGOサインを出し続けていたテューロであったが『やらない』の一言で拍子抜けするほどあっさりと引き下がった。
「やけに物分かりがいいな」
「我らとしては『魔王の子』であることに意味があったのですが、仕方ありません。我らの王が望まれることですから……相手はオークでよろしいですか?」
「は?」
何故そこで魔王軍傘下の化け物の名前が出てくるのか。
「視覚的に差異のある異種姦を鑑賞するのがお好みだという意味では? ……ああ、その手の趣味の方には人気のようですが、スライムは無理ですよ。あれは我々とも意思の疎通が出来ませんから」
「ちょっと待て! 判ってない! 全然判ってない!! 俺はやらないから他がやれって意味じゃなくて、陵辱自体に反対という意味だ!」
『やらない』の一言で深読みし過ぎだ。そしてどうもこの臣下は、主君を変態に仕立て上げようとしている気がしてならない。
「ああ、そういう意味でしたか。でしたら、どうされるおつもりなのですか?」
「え……?」
急に、空気が冷えたように感じた。