5-4 かくれんぼは見付からない方がいい
(危なかった……)
渡り廊下の三人組からは死角となる中庭の茂みの中に、一人の少年が身を潜めていた。
彼はヒト探しをするために魔力の流れを探ろうとしたのだが、逆にその魔力を探知されてしまった。彼自身もすぐにそのことに気付き、気配を断ったのだが――今のところ、魔力の出所を探しに来る様子はない。遠目に見る限り、気配に気付いたはずの三人は何故か内輪揉めをし始めたようだ。少年と同年代くらいの見た目の子供が、褐色の肌の大人に殴りかかっているのが見えた。
今のうちにこの場から離れようと、少年は植え込みの間を低姿勢で移動し始める。
ふと、茂みの間から覗く南海の色の瞳と目が合った。
「わっ!?」
「あっ」
遠くに気を取られていた少年はすぐ目の前の人物の気配に気付くことが出来ず、思わず驚きの声をあげた。しかし目が合った相手は少年には気を止めず、すぐに上方へと視線を逸らした。つられて同じ方向を見上げると、ひらひらと蝶が飛び去っていくのが見えた。
「にげちゃった……」
「ご、ごめん」
このまま知らぬ振りをして逃げてしまうべきであったが、声に落胆の色が感じ取れたため、責任を感じてほとんど反射的に謝ってしまっていた。
「だぁれ?」
声の主はここで初めて少年の存在に気付いたように、茂みの奥を覗き込んだ。先程は植え込みの葉に止まる蝶を見ていただけで、目が合ったと感じていたのは少年の方だけだったようだ。
「ぼ、僕は……」
不覚を取ってしまい、狼狽する少年。今からでも逃げてしまおうかと考えたが、葉の隙間から覗く少女の姿を見てその考えを改めた。
南海の色の瞳、白磁の肌、金色の長い髪。
彼が捜していた人物の特徴と合致していた。
「聖女……!?」
「メリエルのこと、しってるの?」
メリエル自身が一部の大人たちから『聖女』と呼ばれていることに気付いたのはつい最近の出来事である。現在では『聖女』という言葉に敏感に反応を示すようになった。
メリエルの姿を見て『聖女』と口にした少年は、顔を隠すようにフードを目深に被っていた。それでも露出した鼻筋と口元から、少年が整った顔立ちをしているのが分かる。
少年は少女の正体に気付くと落ち着きを取り戻し、すぐに動き出せるようにと浮かせていた腰を落とした。
「うん……こうして実際に会うのは初めてだけど、僕は君のことを知ってる――つもりだよ」
「そうなの? ねぇ、こんなところでなにしてるの? かくれんぼ?」
「そんな感じかな……本当は僕、ここに居てはいけないんだ。だから僕がここに隠れてることも、僕に会ったことも秘密にしていてくれないかな……?」
「うん、いいよ。わかった」
メリエルはきょろきょろと辺りを見渡した後、小声で少年の申し出を了承した。すっかりかくれんぼだと信じ込んでいる。しかし実際に見付からないように隠れているのだから、嘘を吐いていることにはなっていないだろう。
「君……メリエルは、一人で何をしているの? 魔王様は一緒じゃないんだね」
「まおーさんはおしごとちゅうなの。メリエルは、まおーさんのおしごとがおわるのをまってるんだよ」
「そうなんだ……でも、都合が良かったよ」
メリエルの傍に四六時中張り付かれていては、こうして二人きりで話をすることは叶わなかっただろう。
「ツゴー?」
「ううん……こっちの話。メリエルは、魔王様と仲がいいんだね」
「うん、メリエルはまおーさんとなかよしだよ」
にっこりと、嬉しそうに答える。
少年は、メリエルに尋ねる。
「魔王様のこと、好き?」
「うん、だいすき!」
迷うことなく、やはり嬉しそうに即答した。
その答えを聞いて、少年もどこか満足したように微笑んだ。
「そっか……きっと……やっぱり、間違ってなかったんだ……」
少年の呟きに、時を告げる鐘の音が重なった。いつもこの鐘がなる頃に、メリエルは魔王の元へと向かう。
「メリエル、そろそろいかなくちゃ」
「うん。それじゃあ、僕もそろそろ行くね。君と話ができて良かった」
メリエルは立ち上がり、少年も軽く腰を浮かせた。
「またね。みつからないようにがんばってね」
少年はメリエルにかくれんぼの最中だと思われていることをすっかり忘れていた。子供らしい気遣いに、笑みが零れる。
「うん……また、いつか」
少年は周囲を見渡しヒトがいないのを確認すると、近くの建物の陰を目指して走り去った。
被っていたフードが風で捲れ、ひとつに束ねられた髪が尾のように揺れる。
それは、空と同じ青色をしていた。




