5-3 感心はしない方がいい
「おやぁ……二人とも仲良しさんだねぇ」
渡り廊下を歩いてきたレノンは、進行方向の先にいた二人組の様子を見て声をあげた。
「アンタにはコレがじゃれあっとるように見えるんかい」
トリルは本を片手に仁王立ちし、ノマはその足元にうずくまり自身の頭を抱えている。
「私はトリルたんと仲良し大歓迎だが……って、なんだ、貴様か」
顔を上げ声の主を視界に収めると、ノマはトリル相手の時とは違い冷めた態度で応対をした。
「二人ともこんな所で何をしてるんだい?」
「ウチは書庫に調べ物に行く途中、不審者を見かけて声を掛けただけや」
「不審者? ……ああ、なるほどぉ」
レノンはトリルの言葉に首を傾げるが、中庭で遊ぶメリエルの姿に気付くと得心がいったように頷いた。
「確かに、ノマが子供の傍にいると危ない人に見えるよねぇ。上のヒトはなんでこんなのをメリエルちゃんの護衛にしたのかなぁ?」
鼻息荒く物陰から子供を見つめている人物がいれば、それは十中八九不審者だろう。トリルもレノンの発言に同調して頷いている。
「こんなのとはなんだ! 私は任を与えられた以上、命に代えてもメリエルたんを守り抜く所存だ。というか、それで死ねるのならむしろ本望!」
「まぁ、気合と実力は本物やから、いざとなったらホンマに命懸けでメリエル守りそうやけどな」
呆れとも感心ともつかない複雑な表情になるトリル。
「不審者のことは置いておくとして、トリルさんは書庫に行くのかい? 調べ物、ボクも手伝おうかぁ?」
「な……ッ! 貴様、何私のトリルたんに取り入ろうとしてるんだ! ――ぐぁっ!」
ごつ、と鈍い音がして、ノマは再び頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「ウチはアンタのやないし、この男にそういう下心がないんは判っとるやろ! ……せやけど、手伝いはええわ。ウチが用あるんは閲覧制限図書の方やから、手伝って貰うわけにもいかへんのよ」
書庫には閲覧を制限された禁書などを保管した場所も存在する。そこに入ることが出来るのは王族や先詠みの魔女であるトリルのような特殊な地位を持った者と、特別な許可を得た者のみである。
「そうかぁ。それならいいのだけど」
「何、アンタ暇なん?」
レノンは不親切な男という訳でもないが、普段から進んでヒトの手伝いを買ってでるような男でもない。自ら手伝いを申し出ることは珍しいことだった。
「暇というワケでもないけど、忙しくはないよぉ。お散歩デートがてら、ボクも書庫に行くつもりだったからねぇ。ついでに手伝おうかと思って」
「デート? 屍体も連れんでか?」
レノンの性癖はトリルも知るところである。この男は屍体愛好者――つまり彼のデートの相手となると当然それは屍体であるはずだが、とてもそれを連れているようには見えない。白昼堂々と屍体を抱えて歩く姿を見せられても困るのだが、デートと言うには不自然だった。
「そんなことないさぁ。ほら」
そう言うと、先程から大事そうに抱えていた壷を嬉しそうに顔の横まで持ち上げた。
「何やの、それ?」
「骨壷」
「こ……っ」
思わず絶句。
「いつでもどこでも手軽に連れて歩ける、携帯彼女のリリアナさんです」
商人がお勧め商品を紹介するような口調で壷の中の恋人を紹介するレノン。
「いや……そうやって使うモンちゃうやろ、それ」
トリルのツッコミに、レノンはがっくりとうなだれた。
「そうなんだけど、この間掘り出した屍体をそのまま連れ歩いていたら陛下に怒られてしまってねぇ……苦肉の策なのだよ」
「それは……陛下に同情するわ……」
屍体の状態にもよるが、魔王は相当にショッキングな現場に出くわしてしまったのだろう。魔王には同情するが、被害が広がる前によく注意してくれたとトリルは思う。
「ふん、相変わらず変態的な趣味の奴だな」
ノマは涙目で頭をさすりながらようやく立ち上がると、吐き捨てるように言った。
「未成熟な少年少女しか愛せない、非生産的な変態さんに言われたくないなぁ」
慣れた調子で売り言葉に買い言葉を返す。それに対してノマは更に噛み付いてきた。
「非生産なのはお互い様だろう、この屍体愛好者め!」
「一緒にしないで欲しいなぁ。生にしか価値を見出せない凡俗とは違って、ボクは屍体を愛している。それは無価値のものから愛という名の価値を生み出しているということなのだよ!」
「むむむ……屁理屈を! どう思う、トリルたん!?」
押され気味のノマは第三者のトリルにジャッジを任せた。熱の篭った二人を、冷ややかな目で見つめる。
「安心せぇ、ウチからしたらどっちも充分に変態――……っ!?」
言葉の途中で、トリルは突然後ろを振り返った。それと同時にノマも身構え、辺りの様子を探るように油断なく視線を巡らせる。
「……消えた……」
「ああ……せやな……」
そう呟くと、二人はゆっくりと警戒を解いた。
「どうかしたのかい?」
レノンだけが状況を掴めず、突如警戒態勢に入った二人に驚いている。
「いや……今、ほんの一瞬やったけど、物凄い魔力の気配を感じたんよ」
「貴様は感じなかったのか?」
構えは解いているが、ノマはまだ視線を彷徨わせている。
「ボクは君たちほど感覚が鋭くないのだよ」
魔力の扱いに長けた魔女であるトリルと、職業柄気配に敏感なシノビのノマ。彼女らだからこそ、ほんの一瞬の魔力の流れを感じ取ることが出来たのだ。
「しかし気になるねぇ……もしかして、メリエルちゃんの命を狙ってるっていう一派かい?」
敵は外部からの襲撃者だけではない。城の内部には聖女メリエルを疎ましく思い、暗殺を企てる一派も存在している。そういった輩からメリエルを守ることも、ノマの任務に含まれている。
レノンは小声で尋ねると、中庭にいるメリエルの姿をそっと盗み見た。メリエルはこちらに背を向けてしゃがみ込み、植え込みの葉に止まった蝶を観察している。特に変わった様子はない。
「魔力に殺気は感じられへんかった。一瞬やったし、誰かの魔力がうっかり漏れ出ただけなんかもしれへん。……せやけど、あの尋常やない強さは……」
トリルは口元に指を添え、考え込む。
「私も、今のが悪意によるものだとは思わない。魔力の主に危険はない……私の勘がそう告げている。あれが悪意のある存在であるはずがない」
「やけに自信満々だねぇ?」
ノマにとって保護すべき幼女であるメリエルに危険が及ぶかもしれないというのに、妙に落ち着き払っている。この自信はシノビとしての経験による確信からくるものだろうか。
「私には判る……魔力の他に感じた、あの匂い……」
「何……っ?」
トリルが顔を上げる。匂いというのは比喩であろうが、シノビにしか判らない気配のようなものを感じ取ったのかもしれない。
「あの匂い……あれは――美少年の匂いだ!」
トリルは少しでも感心してしまった自分を愚かしく思った。そして、無言で手に持った本をノマの頭目掛けて振り下ろした。
ノマは本日三度目、頭を抱えてしゃがみ込む羽目になった。




