1-1 仕事は速い方がいい
――なんでこんなことになってしまったのだろう。
俺の王位継承権なんてのは下の下の下の、そのまた下位くらいだったはずなのだ。順番が廻ってくることなど永遠にないと思っていたし、万が一億が一にも、王になった時のことなど微塵も考えたことはなかった。
――戦争し過ぎなんだよ、父上。
何人いたかもよく判らない兄たちは戦争で全員死んだ。
暴虐の限りを尽くし『略奪の魔王』として人々に恐れられた先代魔王――俺の父はつい先日、突然王位を譲って現役引退をしたのだ。
王城の離れで暮らしていた王位継承順位下位の俺は、父親と顔を合わせたことすらロクになかったというのに。政治も、魔王としての在り方も心構えも何もかも、判っていないというのに。気付けば父の跡を継がされ、今の俺の地位は『魔王様』となっている。
――どうしろって言うんだ……
「犯せばよろしいのです」
「ぶふッッ!?」
心の声に物騒且つ卑猥な回答が返ってきて派手にむせてしまった。
「聞いておられましたか? 陛下」
空色の瞳がこちらを見つめていた。先代の時代から――それ以前からという噂もある――宰相として仕えていたという、テューロという名の男だ。
どうやら心の声に対する返答ではなく、物思いに耽っている間になにやら話が進められていたようである。
「すまない、聞いていなかった」
「それでは改めて、先詠みの魔女の予言にあった聖女の件です」
「ああ、それで犯すとかいう話に……」
戴冠式の日に聞かされた、聖女の子が魔王を討ち果たすという『予言』
その予定された運命を捻じ曲げるために聖女に魔王の子を孕ませるというのが大臣たちの決定だった。
――俺の意思は無視か。
「その聖女とかいう人間の女を犯すのが、俺の魔王としての初仕事になるんだな」
「ええ、魔王の世代交代の情報は人間の間にも伝わっております。新王が戴冠間もなく人間の希望の種を奪ったとなれば、充分な牽制になりましょう」
「牽制、ね。つまり新米魔王をナメきって、現在人間の軍隊は魔族に戦争仕掛ける準備をしてるってワケか」
自身が未熟なのは自覚しているため、甘く見られたところで怒りが湧くことはない。右も左も判らぬ新米魔王がない知恵を絞るよりも、大臣たちの決定に黙って従うことが最良の手であることも理解している。
理解はしているが、抵抗はある。
「それで、聖女がどうしたって?」
「捕らえたそうです」
「へ?」
仕事が速い。速過ぎだ。まだ戴冠式から三日と経っていない。
心の準備も何も済まないまま、初仕事の時がやってきてしまった。